カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

この国には何も期待してはいけない(結論)

2009-02-08 | 時事

 今日もまったく歩けなかった。松葉杖を使うと腕と胸の筋肉が痛い。近い距離ならハイハイして移動する。横をうれしそうに杏月ちゃんが駆け抜ける。まあ、遊んでいるように見えるのかもしれない。

 テレビを見ていると政府紙幣の議論がなされている。理屈として面白いのだけれど、何故実行できないかという意味がどうしても分かりにくく、結局胡散臭くなっている。問題ないと分かっている人間が頭がいいのか、分からない人間が頭がいいのか、実行してみなければ分からないという結論がさらに経済学というものの胡散臭さであると思う。学問的に確立している話であるなら実行可能なはずであろうが、結果の分からないものだからこそ実現が難しいのではないか。
 返す必要が無いから借金ではないというが、その二十兆だとか二十五兆という金の影響が出ないわけはなく、いい面(それはよくわかる)と悪い面の比較が出来ない。はっきりしているのはそれだけ日本円の価値は発行された分下がるわけだが、円の価値が下がると確かにさらにいいことにカウントされそうな気がする。しかし、今の円高は消費不況がもたらした結果なので、故意に作られた日本円の動向で外国景気がどうなるということとはそれほど関係はないだろう。自国の通貨が信用できなくなって円に頼っているのに、迷惑に思う国だってあるだろう。
 日本がこの政策を実行することで、貨幣に対しての信用という根本的なものが揺らぐ可能性も皆無ではなかろう。現在は(100年に一度とやらの)有事であるという認識がポイントであるということがあるにせよ、このことが実行可能ならいくら借金したところで、このような方法でチャラにする究極の方法が生まれるということでもありそうだから、本来は紙に過ぎない紙幣というものの化けの皮がはがれるような気がしないではない。結果的にそのほうが日本の借金もチャラになっていいという考えも出来なくはないが、その時は日本経済が壊滅的状態であることも同時に知っておかねばなるまい。借金を返さない人間と商売をし続ける人間はいない。国だってそういう付き合いで貿易をやっているはずではないのだろうか。
 景気が良くなければどうにもならないというところまでいってしまったのは、現在が浪費を当てにしなければ成り立たないという異常性のためであるようにも思う。一気に悪くなったという現状は由々しきことではあるにせよ、異常な状態を維持する為に、今までも日本はかなり異常な行動を続けてきた為に、いわゆるバブルがはじけたのである。だから、今の大変な状態はまったく正常な結果であるということが先ずは大切な認識なのではなかろうか。
 今までも、そして今からも必要なのは、その異常であったものをしっかりとまな板に載せて分析し、今後のものも開示しておけるようなシステムを構築することなのではないか。もちろん様々な問題は複雑に絡み合っており、すべて開示されたからといってすぐに解析理解できるものではないとは思われる。しかし、分からないものが分からないまま故意に隠され続けることの弊害の方が遥かに恐ろしいことであることぐらい、猫が考えたって分かりそうなものである。
 今のところ政治に何の出番が無いにもかかわらず政治の役目を云々することは、もう既に何をしても始まらないということの証明であろう。ひどい政治だったのに最近まで経済は絶好調だったわけで、そのことに気づかないことの方がなんだか不思議でさえある。
 議論の最後あたりに、では日本にふさわしい首相は誰だということになり、オバマでは駄目か、という言葉まで出た。ジョークと考えてみる方が適当であるにせよ、議論している意味さえ何にも無い結論ではないか。強いリーダーシップで劇的に世間(日本はあくまで世間だ)を変えるという欲求で生まれるものは、歴史を見るとヒットラーのようなものなのではあるまいか。現代でまさかということはあるにせよ、そして今の日本の状況でそのような存在は漫画の20世紀少年の「お友だち」のようなものなので満足するよりあるまい。いくらそういうものを求めても意味が無いし、さらに危険に過ぎない。オバマが如何に羨ましく見えようとも、遠い国の大統領なのであって、この国にはそのような存在を生み出すシステムさえないということを先に鑑みるべきなのである。さらに偉大なオバマであっても、まだ現実に何もしてさえいないということを考えてからあこがれてはどうなのか。
 しかし見ていた番組は「たかじん」だったのだが、東大阪の工場の怪しい社長やその夫人たちのビデオが流れて、その部分だけでも素晴らしかった。自分たちが何かしなければ何にも始まらないことを、それこそなんともドン臭く話している。涙がこぼれそうになるくらいおかしくて、そして不思議と元気になる。言っていることには論理もクソも無いのだが、人間真理であることは確かである。メディアが本気でこの国を立ち直らせようというのなら、この人たちのような人たちを連日流し続ける方がよほど効果が高いだろう。しかし、そのことに気づいていても崩壊する危機感の方が人間は喜ぶのである。地道な努力が報われない社会をつくっているのは、それを欲求しない人たちが多くなってしまった為なのではないだろうか。
コメント (2)
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