モハ1005ーモハ1006ークハ2003 が 好き

大好きな伊豆箱根鉄道を中心に、思い出の電車のことや、「小さな旅」のことなどを書き綴りたいと思っています。

思い出の八高線気動車

2012-06-06 22:39:00 | 鉄道(その他)
最近お世話になっている方の Blog に広島地区の気動車の記事があり、以前八高線にもキハ40が居て、ちょっと懐かしくなりました。

八高線は南線が電化され、北線が110系気動車化により以前の様なローカル線のムードはすっかり無くなってしまいました。
電化前は、30系気動車が主力でした。個人的には30系は乗り心地も、外吊りドアも、ロングシートも、編成も…好きになれなかったのですが、30系に混じっていろいろな形式が見られました。
キハについてはあまりよく分からないのですが、昔の懐かしい車両たちを振り返ってみたいと思います。

1986年11月3日 高麗川駅 キハ38 1001他


ちょっと分かり辛いですが、キハ38が2両続いています。

1987年11月8日 高麗川駅 キハ45 62


ほんの一時的でしたが、キハ45が配置されました。高崎所属ではなく、山形地区のものが借り入れられていたようでした。
両開きドアながらも、2ドア、セミクロスシートは八高線には似合っていたのですが。
キハ38との連結も八高線ならではです。

1988年8月14日 東飯能駅 キハ20 204+キハ30+キハ38


キハ20がまだ僅かながら活躍していました。
この編成も八高線らしいですね。

1989年8月5日 東飯能駅附近 キハ40 2089


この時は翌日のSL運転の試運転があり、運良く? キハ40がやってきました。
キハ40は乗り心地も良かった記憶があります。

1996年1月31日 東飯能駅附近 キハ30 1002


いよいよ南線も電化間近の頃。
途中からキハ38はすべて八王子向きにされてしまいました。理由は冷房率の平均化のようでした。
この為キハ38同士の連結が見られなくなってしまったのは残念でした。
八王子行なのに「高麗川」方向幕? 八高線は以前から方向幕を使ってなく、「普通」表示でした。でもこの表示は………

あまり良い写真はありませんが。
キハ38も大きな意味では30系に部類されるのでしょうが、私にとってはキハ30・35と違って魅力ある車両でした。塗装は変わってしまいましたが、房総地区でまだ活躍しているようです。