初めて島の旅をしたのは、1985年のことでした。
仕事も少しずつ慣れ、何かリフレッシュできてのんびりしたいと考え、島の旅を思いつきました。このころは、すでに以前あったような離島ブームも下火になっておりました。
とは言っても島の旅の手配は困難、当時は1人旅は旅行会社も嫌がり、相手してもらえませんでした。
仕事がある以上、せめて4~5日が限界、ゆっくりするにはあまり大きな島も…
交通の便、島の大きさなど、条件にあった島がないか、2年がかりで調べました。
もちろん、大好きな美しい海が必須の条件です。
そして候補とした島が沖縄のはるか南の『波照間島』と東京の『式根島』でした。
沖縄と東京、随分極端なものですが…
ただ、『波照間島』への飛行機は石垣から週3便、座席も少ないセスナ機で、確保が非常に難しく、とりあえず諦めました。
そして決定したのが『式根島』
1985年6月に島へ向かいました。

が、しかし… 上の写真の初代『さるびあ丸』の撮影場所は東京竹芝桟橋です。
夜10時に出帆し、朝8時過ぎには島への到着予定でした。低気圧の影響で海が荒れ、伊豆大島へも接岸できないとの事。結局激しい縦揺れ、横揺れで苦しみ12時間後に東京に強制送還(?)となってしまいました。「東京湾に入れば楽になりますから」と船員さんの言葉の通り、やがて楽になりましたが。
もう船の旅はこりごりと思ったのもつかの間、9月には再び『式根島』の旅を決行、この時は波は穏やかで気持ちの良い船の旅を行うことができました。
島へ到着後、早速レンタサイクルで島を回りました。式根島、周囲が12kmしかないので、主な観光スポットには半日ほどで回れてしまいます。
式根島 カンビキ(神引)展望台の眺め

式根島 泊海岸(海水浴場)

式根島 石白川海岸の朝日

ここが東京?って思うほど大自然は素晴らしいです。展望台からの絶景、海岸に突如現れる海中温泉、野鳥の数々、夜には満天の星空と海には無数の夜光虫の光、そして美味しい魚や貝…
民宿もとっても安くっていろいろ食べられて満足でした。
帰りの船は基本的には昼ごろ、これで東京へ帰るとちょうどラッシュの時間に重なります。
急に夢から現実に戻されるのも…
そんなことも嫌で、帰りには新島からセスナ機を使うことが多かったです。
式根島から新島へは村営連絡線で10分、飛行機の時間まで余裕があれば、新島観光や白砂の海が楽しめます。

この当時、新島空港にはターミナルなどはなく、プレハブの待合室があるのみでした。
飛行機が到着すると、荷物を運んだり、エンジンを掛けるためのバッテリーを接続したり… 様々な作業が手動で行われていきます。
手荷物検査はありませんが、体重計があります。これにより機内の前後・左右のバランスをとるようで、座席の配置が決まります。
ちなみにこのセスナ機(BN-2)は9人乗り。タクシーのような2人掛けシートが4列で、もう1人は副操縦席に座ります。
基本的には1日3便ですが、多客期は増便され、10便になることもあります。

この飛行機、東京とは言っても行き先は調布飛行場になります。私にとっては羽田より近くて良いですが。
セスナ機、人によっては揺れて怖いと言いますが、私は結構楽しんでいます。飛行高度も低く、家1件1件、車1台すべてはっきり見られます。江ノ島や城ヶ島の海岸線もはっきり見られます。季節によっては富士山も。上の画像は調布飛行場着陸直前です。真ん中に走っているのが西武多摩川線、当時は赤い551系が活躍していました。

調布飛行場到着、古い格納庫がこの時はまだ残されていました。
この後はもちろん、島旅に病みつきになってしまいました。
都合によりここ数年は島に行っていませんが、またそろそろ島旅がしたくなりました。
仕事も少しずつ慣れ、何かリフレッシュできてのんびりしたいと考え、島の旅を思いつきました。このころは、すでに以前あったような離島ブームも下火になっておりました。
とは言っても島の旅の手配は困難、当時は1人旅は旅行会社も嫌がり、相手してもらえませんでした。
仕事がある以上、せめて4~5日が限界、ゆっくりするにはあまり大きな島も…
交通の便、島の大きさなど、条件にあった島がないか、2年がかりで調べました。
もちろん、大好きな美しい海が必須の条件です。
そして候補とした島が沖縄のはるか南の『波照間島』と東京の『式根島』でした。
沖縄と東京、随分極端なものですが…
ただ、『波照間島』への飛行機は石垣から週3便、座席も少ないセスナ機で、確保が非常に難しく、とりあえず諦めました。
そして決定したのが『式根島』
1985年6月に島へ向かいました。

が、しかし… 上の写真の初代『さるびあ丸』の撮影場所は東京竹芝桟橋です。
夜10時に出帆し、朝8時過ぎには島への到着予定でした。低気圧の影響で海が荒れ、伊豆大島へも接岸できないとの事。結局激しい縦揺れ、横揺れで苦しみ12時間後に東京に強制送還(?)となってしまいました。「東京湾に入れば楽になりますから」と船員さんの言葉の通り、やがて楽になりましたが。
もう船の旅はこりごりと思ったのもつかの間、9月には再び『式根島』の旅を決行、この時は波は穏やかで気持ちの良い船の旅を行うことができました。
島へ到着後、早速レンタサイクルで島を回りました。式根島、周囲が12kmしかないので、主な観光スポットには半日ほどで回れてしまいます。
式根島 カンビキ(神引)展望台の眺め

式根島 泊海岸(海水浴場)

式根島 石白川海岸の朝日

ここが東京?って思うほど大自然は素晴らしいです。展望台からの絶景、海岸に突如現れる海中温泉、野鳥の数々、夜には満天の星空と海には無数の夜光虫の光、そして美味しい魚や貝…
民宿もとっても安くっていろいろ食べられて満足でした。
帰りの船は基本的には昼ごろ、これで東京へ帰るとちょうどラッシュの時間に重なります。
急に夢から現実に戻されるのも…
そんなことも嫌で、帰りには新島からセスナ機を使うことが多かったです。
式根島から新島へは村営連絡線で10分、飛行機の時間まで余裕があれば、新島観光や白砂の海が楽しめます。

この当時、新島空港にはターミナルなどはなく、プレハブの待合室があるのみでした。
飛行機が到着すると、荷物を運んだり、エンジンを掛けるためのバッテリーを接続したり… 様々な作業が手動で行われていきます。
手荷物検査はありませんが、体重計があります。これにより機内の前後・左右のバランスをとるようで、座席の配置が決まります。
ちなみにこのセスナ機(BN-2)は9人乗り。タクシーのような2人掛けシートが4列で、もう1人は副操縦席に座ります。
基本的には1日3便ですが、多客期は増便され、10便になることもあります。

この飛行機、東京とは言っても行き先は調布飛行場になります。私にとっては羽田より近くて良いですが。
セスナ機、人によっては揺れて怖いと言いますが、私は結構楽しんでいます。飛行高度も低く、家1件1件、車1台すべてはっきり見られます。江ノ島や城ヶ島の海岸線もはっきり見られます。季節によっては富士山も。上の画像は調布飛行場着陸直前です。真ん中に走っているのが西武多摩川線、当時は赤い551系が活躍していました。

調布飛行場到着、古い格納庫がこの時はまだ残されていました。
この後はもちろん、島旅に病みつきになってしまいました。
都合によりここ数年は島に行っていませんが、またそろそろ島旅がしたくなりました。