熊本県川柳研究協議会(熊本川柳研)

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「水俣図」渡部可奈子

2020-12-25 22:25:46 | 川柳一般

熊本の水俣を詠んだ川柳人に渡部可奈子がいます。ここに「川柳 くすのき」129号(H31.4.1)に黒川孤遊が発表したものを転載します。なお、同掲載は縦書きで、改行も原稿どおりではありません。わずかな訂正もあります。

川柳から短歌へ

水俣図を残した 渡部可奈子(わたなべかなこ) 1938年(昭和13年)~2004年(平成16年)

                                                                                                       黒川 孤遊

壮絶な跫音たえてからの夏

 苦しい夏の記憶の中から、聞きなれたあの人の跫音が壮絶な音となって蘇る。

いつかこわれる楕円の中で子を増やす

 夫婦の世界は円形ではない。楕円である。いつこわれてもおかしくない中で子への愛に傾斜していく。

小面よ よよと笑えばほどかれん

 小面は若い女を表す能面。うつむきによよと泣く。昔風の女には家がのしかかり解放されることがない。時実新子が「可奈子は妖精である」と述べた代表句の幾つかである。解説は山村祐のを借りた。

 1938年四国松山生まれ。18歳で結核を患い、いったん癒えたが27歳に再発、療養所に入り川柳と出会う。その後「ふあうすと」「川柳ジャーナル」「縄」などを経て新子の「川柳展望」に。『欝金記』(うこんき) 可奈子川柳集を展望叢書から1954年に出版している。後に川柳を離れ短歌に走ってしまう。

 『欝金記』は新子が序文を寄せている以外は約150句、可奈子の句が並ぶ。あとがきもない。〈妖精〉の句は難解。「川柳展望」の仲間だった天根夢草は「新子さんは(句を)買っていたけど、私はわかりません」。友人だった新思潮の岡田俊介は「難解句のベスト3かも」という。暗喩、比喩が至る所にあって理解の前に立ちはだかるが、読んでいくと感じ取るものがあるから不思議である。

リンゴ丸齧り愛のひもじさに

匂いって何だろうおんなの形而上学

冬の蝉 この泣き虫も殻を脱ぐ

 理屈を超えて心で感じ取るべきだろう。心理派と可奈子を呼ぶ人もいるけれど、具体感に欠ける面が気になる。

 忘れてならないのが「水俣図」(十句=鬱金記所収)である。川柳でこれほど深く「水俣」を詠んだ句は稀有である。内五句を挙げておく。1974年には「水俣図」で第三回「春三賞」を受賞。

弱肉のおぼえ魚の目まばたかぬ

抱かれて子は水銀の冷え一塊

夜な夜なうたい汚染の喉の 必ず炎え

覚めて寝て鱗にそだつ流民の紋

やわらかき骨享く いまし苦海の子

 水俣の痛みを自分の痛みとしてこそ詠めた句であろう。おそらくニュースやドキュメンタリーで〈水俣〉を知ったのだろうが、それを文学的手法で蘇らせ記録した。あらためて川柳の凄さを教えてくれた十句である。詩性川柳だ時事川柳だ、という前に味わってほしい句である。

 NHK松山放送局のデイレクターだったころ可奈子と交流のあった詩人で文芸評論家、林浩平は「確か1995年創刊の短歌同人誌「遊子」に参加されていました。独身で親戚の会社にお勤めでした。小柄な美人で妖艶でハイボールを飲んだ記憶があります」川柳から短歌へ。なぜ走らざるを得なかったのか。その答えを可奈子は秘めたまま2004年、65歳で旅立った。岡田は「川柳で自分の青春を書きつくしたからではないでしょうか。いろいろの吟社に所属したのも、根本は淋しかったのでしょう」

さらに可奈子らしい句をあげておく。

生姜煮る 女の深部ちりちり煮る

くらやみへ異形の鈴はかえりたし

目撃者 蟬の破調を握っている

※引用句出典

・『欝金記』 : 可奈子川柳集 展望叢書 1954年

・ブログ 週刊「川柳時評」2012年5月25日 渡部可奈子の「水俣図」

・ブログ    同    2011年5月14日 渡部可奈子の川柳と短歌

・『はじめまして現代川柳』小池正博 書肆侃侃房 二〇二〇年十月十七日発行