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もともと記憶力に自信はないんだが、年とともに更に悪化している自分が怖いので、
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シュトラウスはかく戦かった
戦時、あるいは専制体制下の芸術家の在りよう、
プロパガンダと芸術の関係、見たいなことに昔から関心があって、
時々関連するテーマの本を読んだりしてみます。
まあ、フロントとか名取洋之助とか報研とか、
ロシア・アバンギャルドとかイタリア・ラショナリズムとかナチとか、
最近では李香蘭とか万映とかが、その方面で引っかかってくる訳で、
じつは李香蘭がマイブームなんですがそれは又改めてやる予定でして、
今回はナチです。
ナチと芸術家と言えば建築家のシュペーアや、
映像作家のレニ・リーフェンシュタールなどの生き様が注目かもしれませんが、
しかし今回はR.シュトラウスです、あの「2001年宇宙の旅」の。
(そう、私の認識はその程度なのです、すみません)
R.シュトラウスはナチが権力を握る前から世界的な音楽家として
確固たる地位を築いていたそうで、その上当人はユダヤ人ではなかったとなると
「ゲルマン文化の再興」を唱えるナチは当然取り込みたくなる訳です。
ところが当のシュトラウスは「帝国音楽院総裁」をほいほいと引き受けながら
ユダヤ人作家・スュテファン・ツヴァイクに脚本を書いてもらったオペラ
「無口な女」・・・しかも内容は喜劇・・・の制作・上演をしちゃうという。
その辺のシュトラウスの「戦い」を描いたのがこの本です。
この本はなかなか面白くて、読み終わると思わず「シュトラウス、偉い!」
となってしまう訳ですが、ナチ側にはナチ側の事情と言うものがありまして。
件の「無口な女」の初演は1935年ということですから、
ナチの権力掌握(1933年)とベルリン・オリンピック(1936年)間の出来事。
この間はナチの芸術への対応が、反政府側から支配者・権力側になったことによって
ただただヒステリックに「ユダヤ」「国際主義」等々を攻撃するだけの活動から
現実の文化政策として実行していく必要がでてくる、という質的転換の時期だったようです。
その過程でのナチの重要なイデオローグ、論客ではあるが、官僚機構に基盤をもてなかった、
そしてそれ故に常に原理主義的姿勢をとるローゼンベルクと、
非常に老獪なテクノクラートとしての側面をもち、ナチ政権内部に文化政策を実行する上での
強固な官僚機構(宣伝省)を造ることに成功したゲッベルスとの
文化政策の覇権を巡る闘争も絡み・・・、といったあたりをがっちり書いた研究書がこちら。
個々の音楽家の行動の詳細・是非は他書に譲り、ナチの音楽政策をその担い手である
官僚機構の変遷や各種の音楽団体の状況、劇場やラジオ、楽譜出版、レコードに至るまでの
「実際の」上演・出版・放送活動のレパートリーのリサーチ・分析などを通じて明らかにしようと言う
実証的でリアルな本で、なかなか面白いです。
オペラのレパートリーとか、無知な私には残念ながら良くわかんないんですけど(笑)。
(バルトーク=同盟国人の音楽やジャズに対するナチの曖昧なスタンスは興味深い)
この本の内容をバックにシュトラウスの話を読むことで、より一層立体的に理解が深まったのではないかと。
ところでこの本の表紙の写真は「1938年5月28日にディッセルドルフ市立ホールにおける
第一回帝国音楽祭で演奏の指揮をとるリヒャルト・シュトラウス(帝国音楽院総裁)」、です。
仮に「ナチに協力する気は無かった」云々、といった当人の意識があったとしても
この映像のインパクトを考えると殆ど無力、何の関係も無くなってしまいますよね。
しかもそこでの音楽が素晴らしいものであったとすれば尚更・・・。
演出に長けたナチならでは、とは思いますが、いやはや、難しいものです。
プロパガンダと芸術の関係、見たいなことに昔から関心があって、
時々関連するテーマの本を読んだりしてみます。
まあ、フロントとか名取洋之助とか報研とか、
ロシア・アバンギャルドとかイタリア・ラショナリズムとかナチとか、
最近では李香蘭とか万映とかが、その方面で引っかかってくる訳で、
じつは李香蘭がマイブームなんですがそれは又改めてやる予定でして、
今回はナチです。
ナチと芸術家と言えば建築家のシュペーアや、
映像作家のレニ・リーフェンシュタールなどの生き様が注目かもしれませんが、
しかし今回はR.シュトラウスです、あの「2001年宇宙の旅」の。
(そう、私の認識はその程度なのです、すみません)
R.シュトラウスはナチが権力を握る前から世界的な音楽家として
確固たる地位を築いていたそうで、その上当人はユダヤ人ではなかったとなると
「ゲルマン文化の再興」を唱えるナチは当然取り込みたくなる訳です。
ところが当のシュトラウスは「帝国音楽院総裁」をほいほいと引き受けながら
ユダヤ人作家・スュテファン・ツヴァイクに脚本を書いてもらったオペラ
「無口な女」・・・しかも内容は喜劇・・・の制作・上演をしちゃうという。
その辺のシュトラウスの「戦い」を描いたのがこの本です。
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この本はなかなか面白くて、読み終わると思わず「シュトラウス、偉い!」
となってしまう訳ですが、ナチ側にはナチ側の事情と言うものがありまして。
件の「無口な女」の初演は1935年ということですから、
ナチの権力掌握(1933年)とベルリン・オリンピック(1936年)間の出来事。
この間はナチの芸術への対応が、反政府側から支配者・権力側になったことによって
ただただヒステリックに「ユダヤ」「国際主義」等々を攻撃するだけの活動から
現実の文化政策として実行していく必要がでてくる、という質的転換の時期だったようです。
その過程でのナチの重要なイデオローグ、論客ではあるが、官僚機構に基盤をもてなかった、
そしてそれ故に常に原理主義的姿勢をとるローゼンベルクと、
非常に老獪なテクノクラートとしての側面をもち、ナチ政権内部に文化政策を実行する上での
強固な官僚機構(宣伝省)を造ることに成功したゲッベルスとの
文化政策の覇権を巡る闘争も絡み・・・、といったあたりをがっちり書いた研究書がこちら。
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個々の音楽家の行動の詳細・是非は他書に譲り、ナチの音楽政策をその担い手である
官僚機構の変遷や各種の音楽団体の状況、劇場やラジオ、楽譜出版、レコードに至るまでの
「実際の」上演・出版・放送活動のレパートリーのリサーチ・分析などを通じて明らかにしようと言う
実証的でリアルな本で、なかなか面白いです。
オペラのレパートリーとか、無知な私には残念ながら良くわかんないんですけど(笑)。
(バルトーク=同盟国人の音楽やジャズに対するナチの曖昧なスタンスは興味深い)
この本の内容をバックにシュトラウスの話を読むことで、より一層立体的に理解が深まったのではないかと。
ところでこの本の表紙の写真は「1938年5月28日にディッセルドルフ市立ホールにおける
第一回帝国音楽祭で演奏の指揮をとるリヒャルト・シュトラウス(帝国音楽院総裁)」、です。
仮に「ナチに協力する気は無かった」云々、といった当人の意識があったとしても
この映像のインパクトを考えると殆ど無力、何の関係も無くなってしまいますよね。
しかもそこでの音楽が素晴らしいものであったとすれば尚更・・・。
演出に長けたナチならでは、とは思いますが、いやはや、難しいものです。
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