長崎半島の先っぽ、野母崎(のもざき)は水仙の里としても知られています。
が、この暖かさで花は終宴を迎えていました。
五島灘を眺めると見るからに不思議な島が目に入ります。
「端島」又の名を「軍艦島」と呼ばれています。
かつての海底炭鉱で驚異的な繁栄を見せた軍艦島。
南北480m、東西160m、面積1.6ha
始まりはボタを埋め立てに利用したとか・・
やがて最盛期を迎えた頃には、当時としては最先端の鉄筋の建造物
アパート、学校、病院、映画館まで・・
人口も5200人を超える過密都市に。
人口密度は東京の9倍になったとか。
やがて石炭産業の衰退と共に1974年、閉山の時を向かえ
島は廃墟と化する。
以来30余年、立ち入りを許されず風化の一途を辿る見捨てられた島。
それが端島
軍艦島の今なのです。
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軍艦島初めて知りました。海を撮さなければ何処かの街かと思えるような風景ですね。閉山と共に立ち入り禁止となったと言うことですが、これは会社の所有と言うことでしょうか。
海に浮かぶ小さな島に、学校から病院映画館まであったなんて、かっての石炭業界の繁栄ぶりが分かりますね。
市内観光の前に来たので時間がなくて、ゆっくり散策出来ずに道から写しました。
平均気温が18℃と暖かく殆どの花は終わりかけていました。それにしても1000万球の花の丘。
半端じゃありません!!!
そしてぽっかり浮かぶ廃墟の島、鳥肌が立ちました。
海に浮かぶ軍艦そのものです。閉山後30数年、今は隣の高島町の持ち物になっているそうですが、近年世界遺産に登録しようとの動きがあるようです。
当時にしては非常に進んだ近代的な建造物で文化遺産に匹敵するのではないかと。。。
何よりこの島を故郷とする人々の為にも、このまま風化するのを見守るだけで済ませてしまうのはどうだろう。いろんな思いに駆られてしまいました。