久しぶりに、マーリン・キャロザースさんのまんがの下絵を描いています。
1ヵ月ぶりなので、ずいぶんご無沙汰しているような気がしました。
マーリンさんは、ずっと刺激を求めて生きてこられました。
多くの羽目をはずすようなことをたくさんしてこられましたが、その結果神様を見出されたのです。
マーリンさんが初めて刑務所でメッセージをされた時、初めは反発していた囚人たちが、マーリンさんも刑務所に入っていたことがあるというのを聞いて心を開いて救われたのです。
なんでも、無駄はないですね。
自分が通ってきた人生と同じような体験でなければ、耳を貸さない人々がたくさんいるのです。魚屋さんに、農地の肥料の話をしても、あまり興味を示されないでしょう。
しかし、どうすれば魚がたくさん売れるとか、おいしく食べれるかと言う話ならのってくるでしょう。
あなたが体験した話しか、聞かない方もいるのです。
だから、いろんな人生があり、いろんな問題が許され、生かされて行くのです。
今日は6時半から東京アンテオケ教会では、「いやしの集い」があります。
普段いやしのためにゆっくり祈る時間がないので、この集会では、時間を取ってお祈りしています。
もちろん無料で、お祈りしています。
聖書は、ただで与えられた物は、ただで与えなさいと言っているのからです。
体のいやしから心の病、精神の病、人間関係のいやしなどもお祈りしています。
昔、まだ今の教会に来る前ですが、リュウマチで苦しんでいる方が、いやしの祈りをしてもらった後、帰りに自由に歩くことができるといって泣いていらしたことを思い出しました。
それから、いやしの集いに他教会の方が問題のために祈って欲しいといって来られたことがありましたが、足の痛みがあったためその場で祈りました。すると、集会が終わって帰ろうとしたら、その方がもどって来られ、駅まで行く途中、来る時にあった足の痛みが全くなくなっている事に気が付いたといって、本当に喜んで報告してくださいました。
神様のいやしは今もあるのです。
「求めなさい。そうすれば与えられるのです。」マタイ7:7