ma_kunの徒然日記

日々の出来事を綴っていきます。

パキスタンでの思い出 ④

2013年09月12日 | 風景・風物

 

工場開場セレモニーも無事に終わり
従業員の技術指導だけですがウルドゥー語に英語の二カ国語、
ウルドゥー語だと思うと英語だったりと
学校で習っただけの語学力では上手く伝わりませんしね。
海外へ行って勉強してこいってことです。


アルナカリバザール
城壁に囲まれた旧市街の中、小さなお店がごちゃまんとありました。







旧市街近くのラホール博物館

パキスタン最大の規模を誇るこの博物館は、
インダス文明の出土品、ガンダーラの仏教美術、シルクロードの交易品など、
収蔵している品物の数々もさることながら、建物自体も美しい造りをしています。




入場券 One Rupee(1ルピー)




教科書でも見た「釈迦の断食像」 (ネットより)

この博物館で最も有名なもの、
そしてガンダーラ美術の最高傑作と評されているのが、
この断食する仏陀像でしょう。

撮影禁止だったのか博物館内の写真は一枚もありません。




パンジャーブ州議会議事堂前に立つイスラミックサミット・ミナール




パンジャブ大学(4月)




サトウキビを絞って売っている。

生水は飲めないのでサトウキビを絞って売っていたり
オレンジやスイカを売っている店がやたらと多かったです。
スイカの切り身を見て種が多いな~と思って近寄ると
ハエが飛び立ったのには驚きました。



オレンジを買ったときの一枚

呼びもしないのに撮してくれと寄ってきます。
右端は通勤の時のドライバーです。



女学生

夜勤の帰りに追突されて同僚が軽いムチウチ症、
ma_kunも指の痛みで大学病院へ行ったときの一枚です。

医師も女性でしたし女学生にも会えたと言うと
皆が心配しているのにと怒られました。

 

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パキスタンでの思い出 ③

2013年09月09日 | 風景・風物

 

一般に風土は乾燥していて雨量は少なくて
4月~10月は酷暑の時期で日中は40℃以上の日が続きます。
旅行の時期としては10月~3月頃がよいでしょう。


海外で初めての正月を迎えます。
フリーズドライのおせち料理も有ったんですよ。
写真に写っています日本酒「大関」箱の酒
入国の時に見付からないように苦労して持ち込んだ酒です。




パキスタンの人に負けないぐらい髭を生やしているでしょ。
パキスタンでは髭を生やさなくては男じゃない
日本人は何故髭を生やさないのかと聞いてきましたからね。
(右端の人は総責任者で、今は鬼籍に入って居られます)


髭は兎も角として頭を刈りに理髪店へ
店を構えた理髪店もあるんですが
木下の陰で商売をしている格安の理髪店?へ
見せ物のように寄ってきています。



ナシールシディック社の工場



数年後には工場は無くなったと聞いています。




2月の工場開場セレモニーでは
ムハンマド・ジア・ウル・ハク大統領も来られて盛大に行われました。

(1988年8月にムハンマド・ジア・ウル・ハク大統領は、飛行機事故で死去しました。)

二枚の写真はカメラを預けて撮って貰った写真です。
プラント輸出の総責任者から夜勤を頼まれて、この時の様子は知らないのですよ。
セレモニーの当日マシントラブルで止まっていたなら
今までの苦労も台無しになるからと頼まれての夜勤でした。





3月、シャリマール庭園の近くで開催されたランプ際



「お代は見てからで結構だよ。さあさあさあさあ入って入って、間もなく始まるよ〜」
と口上と呼ばれる呼び込みをしていたかわ分からないですが
神社のお祭や縁日などであった見世物小屋

国が違っても見せ物小屋があるんですね。





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パキスタンでの思い出 ②

2013年09月07日 | 風景・風物

 

パキスタンのウルドゥー語を話せたら
観光に行っても良く分かったのですが
ガイドも居なく見て回るだけでした。


バードシャーヒーモスクからみた
イクバル公園・パキスタン・デー記念塔




1968年に完成した塔の高さは59m、
中心の太い柱は「パキスタン建国の父」ジンナーを意味するのだという。



紙幣の肖像のジンナー (独立パキスタンの初代総督)
紙幣の裏はペシャーワル・イスラム大学

当時1ルピーは約22円
1USドルが10ルピーでした。



シャリマール庭園


入場券  2Rs(ルピー)

1642年、ムガール帝国第5代皇帝・シャー・ジャハーンによって造られました。
彼は、コーランにある「天上の楽園」を具現化しようとしたそうです。

ユネスコの世界遺産





上の3枚は12月のシャリマール庭園 



5月のシャリマール庭園
写真を見ると12月と5月の2回来ているようですが写真はこれだけです。


シャリマール庭園で
パキスタンの女性と良いチャンスでしたがピンボケ

当時この国では女性は出歩かなかったようです。
男は男同士手を繋いで歩いているのにはビックリでした。





路線バスと切符

何処へ行ったのか忘れましたが
言葉も分からないのに同僚と二人で乗りましたが
イスラム圏らしく男女がきっぱり分けられていました。






当時の地図

 

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パキスタンでの思い出 ①

2013年09月05日 | 風景・風物



1980年も後半でした。
イラクパキスタンへ海外出張の話があり、
イランとイラク戦争があったころです。
同じ行くなら戦争のないパキスタンへと言うと6ヶ月の出張。
イラクなら3ヶ月で済んだんですよ。


昭和56年11月23日
成田空港10:00発PIA(パキスタン航空)753便で
北京経由でパキスタンのイスラマバードへ

所要時間約13時間。
イスラマバードでフレッシュマンホテルに1泊
翌日イスラマバード6:30発PIA601便でラホールへ
所要時間約1時間



ラホールのHOTEL INTERNATIONAL
このホテルからナシールシディック社の工場へ6ヶ月間通いました。

ラホールはカラチに次ぐ第二の都市
豊かな歴史を誇り、ムガル帝国時代や植民地時代の建築物が保存されている古都です。




軽三輪自動車とも言うべきタクシーのオートリキシャ




トンガと呼ばれる馬車

車に牛車、馬車が行き交っていますし、
糞は乾燥して風とともに舞い上がっていますしね。




長距離バス




ラホールの駅

当時この国では一週間の始まりは金曜日からで金曜日が休日でした。
日本から持ってきたカレンダーと合わないはずです。
1997年2月以後シャリフ政権が誕生して西洋にならい休日を日曜日に変更になってるようです。

 


バードシャーヒーモスク
ムガール朝第6代皇帝アウラングゼーブによって1674年に建てられ、
10万人が一度に礼拝できる世界最大級のモスク。
レンガの色を基本に建築されたモスクは、荘厳で、本当に絵になります。
今は世界遺産になっているそうです。




女性にカメラを向けると怒られましたよ~
言葉が通じませんが大きな声で怒鳴ってましたからね。
(12月11日)



モスクの入り口で
この国の人達は人なつっこくて写真を撮っていると一緒に撮ってくれと寄ってきます。







土足では入れなく素足か靴下ならOKでした。




ミナレットから見たモスクのドーム
ミナレットとは礼拝時刻の告知を行うのに使われる塔です。




パキスタンのビール
(30本並んだら入り目も違うしビール自体の色もまちまち)

イスラーム教徒ではないことを証明する書類を作成して
ビールやウイスキーには不自由しませんでした。

パキスタンはイスラーム共和国であり、国内での飲酒は原則禁止されている。
国外から持ち込むアルコールも、規則上は空港で没収(一時預かり)となる。
入国の時にスーツケースを開けられると「箱の酒」が見つかりますから
機械の部品が入ってるカートンを前に突き出したりと大変でした。


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