『………』
『だ…な…ん』
『だんなさん…』肩を揺する振動で臼井社長は気が付きました。
悪夢で目が覚めた時のように寝汗てびっしょりでした。目の前に見知らぬ女の顔があります。質素な衣装を身に着けた女は心配そうな顔で臼井社長を見つめていました。
『誰…』舌に痺れが残っているのか口がこわ張って上手く喋れません。
どれ位時間が過ぎたのか、ここは何処なのか、頭が霧にでも覆われたみたいに真っ白い状態でした…
思考能力が働かないまま目の前の若い女を見つめるだけでした。
『○×△■…』
現地語でしょう… 何かを話し掛けてくるのです。タダでさえ現地語は判りにくいのにこの状態では皆目です。臼井社長はただ早口で動く唇を眺めているだけで為す術もありません。女は呼び掛けに反応しないのを見て誰か助けを呼びに行ったのでしょう。
臼井社長は一人残されました。
目の前、いや目の上には煤(すす)けた天井が視界いっぱいに広がっていました。首を倒すと壁があり小さな窓から鈍く日差しが光っていました。ゴロリ、と反転できました。あの時自分の顔から下が痺れていてどうしょうもなかったのでした。それが這い回るだけでも自分の意思通りできたのが不思議な気持ちです。部屋をぐるりと見回してここは普通の民家だと思いました。かまどがあるし机や椅子がいくつもありましたから…
臼井社長はその土間から上がった居間に寝かされていたのでした。
『△※○×…』
『×△△■…』
現地語で交わす男女の声が近付いてきました。
ガタと音がして入口の戸板が開きました。白髪頭の老人が覗き込みながら入ってきました。後ろに介抱してくれた若い女が続いています。臼井社長は上半身を起き上がらせることができました。
老人は表情ひとつ変えずに臼井社長を見ると
『○×△∴☆』
現地語で何やら呟きます。若い女がそれに対応しますが、全く分かりません、多分臼井社長の回復状態を話していたのでしょう。
臼井社長はようよう座り直してとにかくお礼を言おうとしましたがそれを手で制した老人はたどたどしいけれどゆっくりと… 『だんなさん、エラい目に会われましたな…』日本語で話しかけてきました。
※台湾は以前日本の植民地でした。その時代の名残で今でも日本語を話せる老世代がいます。
臼井社長もそのことは知っていましたからそうは驚きませんでした。
『はい、助けて頂いてありがとうございました』
臼井社長は素直にお礼を述べると頭を下げました。
『具合はどうじゃ』まじまじと眺めてくる老人は見た感じかなりの年をいっているようでしたが、言葉や顔には好意的な雰囲気が現れていました。それでようやく臼井社長も落ち着きを取り戻しました。
『だんなさんが覗いたあの小屋は麻薬の密売所でな…』
『そうか、それで怪しげな女がいたのか…』
老人の話しによると以前は無かった麻薬の密売も最近はヤクザが入り込んで地元は大層迷惑しているのでした。
麻薬に犯された農民も大勢いて特にこの祭りでは地元の有志が目を光らせていたのでした。
臼井社長に最初絡んできたのもヤクザならその後に助けてくれたのも老人ながら最も質(たち)の悪いヤクザでした。
麻薬を嗅がせて中毒にさせた後、法外な価格で売り付けるのです。 だから日本人駐在者は格好の獲物です。あの時この娘が前を通り掛かって意識朦朧としていた臼井社長を見つけたのでした。彼女は容易ならない状態におどろいて老人を呼び自宅まで運び込んだのでした。 運のよいことにヤクザは臼井社長をさがしに祭りの獅子のあとを追っていたようで小屋には誰もいなかったのでした。
…とは言ってもヤクザ達に連れ去られた若い女が何人も麻薬を 吸い込んで昏睡していましたから臼井社長も危ないところでしたね。
老人は話を続けました。
『地元の警察も金をもらっていて動いてはくれん』
『若い女は中毒にされて売られて行くし、だんなさんは金をむしり取られ廃人になるんだよ』
淡々と話す言葉には説得力がありました。 『ヤバかったなぁ』脇の下から冷たい汗が吹き出てきました。
あの昏睡のままヤクザが帰ってきたら…そう考えたらゾッとしました。 娘が煎れてくれたお茶を一口含むと 臼井社長は改めてお礼を言いました。
『本当にありがとうございました。あなた方が助けて下さらなかったら今頃どうなっていたでしょうか』
老人は黙って手を振り静かに笑いました。
『帰りたいのですが…』お茶を飲んだら元気が出てきた臼井社長は
老人に告げました。『もう歩けるのかな』『はい』返事はしたものの立ち上がって見るとまだふらつきました。『△○※△×…』娘が何か老人に訴えています。 老人は頷くと臼井社長に向かって『ヤクザ達はだんなさんをまだ探しているらしいぞ』『そんなぁ』不満を漏らすと
『いやこの辺の連中はしつこいぞ』冗談ともつかない顔で言いました。 陽はようやく傾いてきたようで窓から差していた日差しが長い影を落としていました。
『陽が暮れて夜になれば連中も諦めるだろう』
だからそれまでここに居ろ、と言うのです。
確かにこの老人のいや娘の言うとおりかも知れない… そう思ったがここは何処だろう。
この家からは外が見えない。帰るにしても夜中なら尚更だ。臼井社長は方向音痴でしたから…(笑)
『ちょっと外を見てもいいですか』 立ち上がって戸口に向かうと娘が臼井社長の前に立ちはだかって何か言います…
『ごめん!判らないよ』通せんぼされて苦笑いせざるを得ません。
『あぁ…あれはだんなさんが帰ると思って止めているのだよ』
そりゃあそうなんだろうけど娘の必死さに初めて不審を抱いたのでした。
『ちょっと外の様子を見るだけなんだけど…』言い訳みたいにして中へ戻りました。
娘はそれでも戸口から離れません
『×△■※×…』老人が娘に告げるとようやく承知したのか戸口から離れました。
『だんなさん、まぁここへお座り下さいよ』手招きされて臼井社長は元の居間に腰を下ろしました。
テーブルに飲みさしの茶碗がポツリ…『今日は色々とあったなぁ』ぼんやりと茶碗を眺めていました。
老人はそばにいましたが静かに座っているだけです。 ここのことを尋ねて見るとどうも市場から遠くない場所のようでした。この老人聞けば話すがそちらからは話してきません。つまり会話のキャッチボールにならないのです。
娘は孫娘で親は出稼ぎに出ていること。今年は豊作になるだろう…等々をこの口の重い老人から聞き出した頃にはすっかり陽が暮れていました。途中娘がお茶のお代わりを出してくれたのを飲んだだけでしたので臼井社長もさすがに空腹を覚えました。
危ないところを助けてくれた手前無下に帰れないな… 人の良い臼井社長は最初はそう考えていました。しかし眠ったような老人を眺めていて『もういいだろう』腹の減った臼井社長は少々短気になっていました。身体はもう何ともないし…第一汗をかいていたのでシャワーも浴びたかったのでした。
もう帰ろう、と立ち上がりかけた時でした。
ジャージャーと何かを炒める音が奥からしてきました。香ばしい炒め物の匂いが流れてきます。
『だんなさん飯の前に汗を流されたらどうぞ』何か変な日本語ですが意味は分かりました(笑)
眠ったような老人が思い出したように言いました。
『…』助けてもらった挙句に飯までご馳走になるなんて…
老人と娘の予期せぬ接待に面食らったのですが、『こりゃあ参ったぞ』臼井社長は思いました。
しかし田舎の人は素朴だから仕方ないか、風呂入って飯食って…そうすればこの人達も得心するだろう。 それでお礼を言って帰ろう…そう算段をつけると
臼井社長は老人の案内で家の奥を通り裏庭に出ました。この家は入口に土間と居間がありましたが、その奥は通路をはさんで厨房…台所がありました。反対側にはテーブルと椅子が置いていますからここがキッチンとダイニングでしょう。そこを越えると寝台らしきものがあります。
つまり寝室でしょう。
風呂場は裏庭にありました。
小さな屋根の下に浅いブロックの囲いがしつらえていました。お湯は無くて水が大きな木の樽に波々と入っています。足下の手桶を使って水を掛けるんだな…勘の良い臼井社長は直ぐに気付きました。 良く見れば小さな石鹸らしきものもありました。 臼井社長は着ている物を脱ぎ捨てると手桶にいっぱいの水を頭からザブーンとかぶりました。ぼやけた頭がスカッとしました。流れ落ちる水が冷たくて顔から肩、胸へと流れ落ちていくと麻薬の毒気も一緒に流れて行くようでした。もう一杯!流れ落ちる滴で目を明けられないまま手桶を手探りで探しました。
『あれ?』確かここら辺に置いたはずだが…
『○××△※…』 娘の声がそばでしました『え!俺裸だぜ』 濡れた髪を掻き上げて見ると、なんと娘が全裸で立っていたのでした…
『だ…な…ん』
『だんなさん…』肩を揺する振動で臼井社長は気が付きました。
悪夢で目が覚めた時のように寝汗てびっしょりでした。目の前に見知らぬ女の顔があります。質素な衣装を身に着けた女は心配そうな顔で臼井社長を見つめていました。
『誰…』舌に痺れが残っているのか口がこわ張って上手く喋れません。
どれ位時間が過ぎたのか、ここは何処なのか、頭が霧にでも覆われたみたいに真っ白い状態でした…
思考能力が働かないまま目の前の若い女を見つめるだけでした。
『○×△■…』
現地語でしょう… 何かを話し掛けてくるのです。タダでさえ現地語は判りにくいのにこの状態では皆目です。臼井社長はただ早口で動く唇を眺めているだけで為す術もありません。女は呼び掛けに反応しないのを見て誰か助けを呼びに行ったのでしょう。
臼井社長は一人残されました。
目の前、いや目の上には煤(すす)けた天井が視界いっぱいに広がっていました。首を倒すと壁があり小さな窓から鈍く日差しが光っていました。ゴロリ、と反転できました。あの時自分の顔から下が痺れていてどうしょうもなかったのでした。それが這い回るだけでも自分の意思通りできたのが不思議な気持ちです。部屋をぐるりと見回してここは普通の民家だと思いました。かまどがあるし机や椅子がいくつもありましたから…
臼井社長はその土間から上がった居間に寝かされていたのでした。
『△※○×…』
『×△△■…』
現地語で交わす男女の声が近付いてきました。
ガタと音がして入口の戸板が開きました。白髪頭の老人が覗き込みながら入ってきました。後ろに介抱してくれた若い女が続いています。臼井社長は上半身を起き上がらせることができました。
老人は表情ひとつ変えずに臼井社長を見ると
『○×△∴☆』
現地語で何やら呟きます。若い女がそれに対応しますが、全く分かりません、多分臼井社長の回復状態を話していたのでしょう。
臼井社長はようよう座り直してとにかくお礼を言おうとしましたがそれを手で制した老人はたどたどしいけれどゆっくりと… 『だんなさん、エラい目に会われましたな…』日本語で話しかけてきました。
※台湾は以前日本の植民地でした。その時代の名残で今でも日本語を話せる老世代がいます。
臼井社長もそのことは知っていましたからそうは驚きませんでした。
『はい、助けて頂いてありがとうございました』
臼井社長は素直にお礼を述べると頭を下げました。
『具合はどうじゃ』まじまじと眺めてくる老人は見た感じかなりの年をいっているようでしたが、言葉や顔には好意的な雰囲気が現れていました。それでようやく臼井社長も落ち着きを取り戻しました。
『だんなさんが覗いたあの小屋は麻薬の密売所でな…』
『そうか、それで怪しげな女がいたのか…』
老人の話しによると以前は無かった麻薬の密売も最近はヤクザが入り込んで地元は大層迷惑しているのでした。
麻薬に犯された農民も大勢いて特にこの祭りでは地元の有志が目を光らせていたのでした。
臼井社長に最初絡んできたのもヤクザならその後に助けてくれたのも老人ながら最も質(たち)の悪いヤクザでした。
麻薬を嗅がせて中毒にさせた後、法外な価格で売り付けるのです。 だから日本人駐在者は格好の獲物です。あの時この娘が前を通り掛かって意識朦朧としていた臼井社長を見つけたのでした。彼女は容易ならない状態におどろいて老人を呼び自宅まで運び込んだのでした。 運のよいことにヤクザは臼井社長をさがしに祭りの獅子のあとを追っていたようで小屋には誰もいなかったのでした。
…とは言ってもヤクザ達に連れ去られた若い女が何人も麻薬を 吸い込んで昏睡していましたから臼井社長も危ないところでしたね。
老人は話を続けました。
『地元の警察も金をもらっていて動いてはくれん』
『若い女は中毒にされて売られて行くし、だんなさんは金をむしり取られ廃人になるんだよ』
淡々と話す言葉には説得力がありました。 『ヤバかったなぁ』脇の下から冷たい汗が吹き出てきました。
あの昏睡のままヤクザが帰ってきたら…そう考えたらゾッとしました。 娘が煎れてくれたお茶を一口含むと 臼井社長は改めてお礼を言いました。
『本当にありがとうございました。あなた方が助けて下さらなかったら今頃どうなっていたでしょうか』
老人は黙って手を振り静かに笑いました。
『帰りたいのですが…』お茶を飲んだら元気が出てきた臼井社長は
老人に告げました。『もう歩けるのかな』『はい』返事はしたものの立ち上がって見るとまだふらつきました。『△○※△×…』娘が何か老人に訴えています。 老人は頷くと臼井社長に向かって『ヤクザ達はだんなさんをまだ探しているらしいぞ』『そんなぁ』不満を漏らすと
『いやこの辺の連中はしつこいぞ』冗談ともつかない顔で言いました。 陽はようやく傾いてきたようで窓から差していた日差しが長い影を落としていました。
『陽が暮れて夜になれば連中も諦めるだろう』
だからそれまでここに居ろ、と言うのです。
確かにこの老人のいや娘の言うとおりかも知れない… そう思ったがここは何処だろう。
この家からは外が見えない。帰るにしても夜中なら尚更だ。臼井社長は方向音痴でしたから…(笑)
『ちょっと外を見てもいいですか』 立ち上がって戸口に向かうと娘が臼井社長の前に立ちはだかって何か言います…
『ごめん!判らないよ』通せんぼされて苦笑いせざるを得ません。
『あぁ…あれはだんなさんが帰ると思って止めているのだよ』
そりゃあそうなんだろうけど娘の必死さに初めて不審を抱いたのでした。
『ちょっと外の様子を見るだけなんだけど…』言い訳みたいにして中へ戻りました。
娘はそれでも戸口から離れません
『×△■※×…』老人が娘に告げるとようやく承知したのか戸口から離れました。
『だんなさん、まぁここへお座り下さいよ』手招きされて臼井社長は元の居間に腰を下ろしました。
テーブルに飲みさしの茶碗がポツリ…『今日は色々とあったなぁ』ぼんやりと茶碗を眺めていました。
老人はそばにいましたが静かに座っているだけです。 ここのことを尋ねて見るとどうも市場から遠くない場所のようでした。この老人聞けば話すがそちらからは話してきません。つまり会話のキャッチボールにならないのです。
娘は孫娘で親は出稼ぎに出ていること。今年は豊作になるだろう…等々をこの口の重い老人から聞き出した頃にはすっかり陽が暮れていました。途中娘がお茶のお代わりを出してくれたのを飲んだだけでしたので臼井社長もさすがに空腹を覚えました。
危ないところを助けてくれた手前無下に帰れないな… 人の良い臼井社長は最初はそう考えていました。しかし眠ったような老人を眺めていて『もういいだろう』腹の減った臼井社長は少々短気になっていました。身体はもう何ともないし…第一汗をかいていたのでシャワーも浴びたかったのでした。
もう帰ろう、と立ち上がりかけた時でした。
ジャージャーと何かを炒める音が奥からしてきました。香ばしい炒め物の匂いが流れてきます。
『だんなさん飯の前に汗を流されたらどうぞ』何か変な日本語ですが意味は分かりました(笑)
眠ったような老人が思い出したように言いました。
『…』助けてもらった挙句に飯までご馳走になるなんて…
老人と娘の予期せぬ接待に面食らったのですが、『こりゃあ参ったぞ』臼井社長は思いました。
しかし田舎の人は素朴だから仕方ないか、風呂入って飯食って…そうすればこの人達も得心するだろう。 それでお礼を言って帰ろう…そう算段をつけると
臼井社長は老人の案内で家の奥を通り裏庭に出ました。この家は入口に土間と居間がありましたが、その奥は通路をはさんで厨房…台所がありました。反対側にはテーブルと椅子が置いていますからここがキッチンとダイニングでしょう。そこを越えると寝台らしきものがあります。
つまり寝室でしょう。
風呂場は裏庭にありました。
小さな屋根の下に浅いブロックの囲いがしつらえていました。お湯は無くて水が大きな木の樽に波々と入っています。足下の手桶を使って水を掛けるんだな…勘の良い臼井社長は直ぐに気付きました。 良く見れば小さな石鹸らしきものもありました。 臼井社長は着ている物を脱ぎ捨てると手桶にいっぱいの水を頭からザブーンとかぶりました。ぼやけた頭がスカッとしました。流れ落ちる水が冷たくて顔から肩、胸へと流れ落ちていくと麻薬の毒気も一緒に流れて行くようでした。もう一杯!流れ落ちる滴で目を明けられないまま手桶を手探りで探しました。
『あれ?』確かここら辺に置いたはずだが…
『○××△※…』 娘の声がそばでしました『え!俺裸だぜ』 濡れた髪を掻き上げて見ると、なんと娘が全裸で立っていたのでした…