これでは「守備の練習」にならない
なでしこジャパンが9月23日、アルゼンチン女子代表と親善試合を戦った。試合は日本が8対0で圧勝した。アルゼンチンはFIFAランキング31位、日本は8位と大きく力が違い、そのため大差の結果になった。
日本は今年7〜8月に行われた女子W杯を3-4-2-1のフォーメーションで戦いベスト8入りしたが、この試合では新たに4-1-2-3にトライした。彼女たちは今年10月のパリ五輪アジア2次予選を控えている。
相手のアルゼンチンは守備がゆるく日本のSBは上がり放題。特に左SBの遠藤純はMFのようなポジショニングでプレイしていた。攻撃時には両SBを高く構えて幅を取る、ということだろうが、「ああ、これでは肝心の守備の練習にならないな」と感じた(なでしこのアキレス腱は守備だ)。
実際、日本は相手を押し込み、ほとんど敵陣でプレイしていた。
アジアの予選では日本が圧倒するから守備の練習はいらない、ということだろうか? だがそんな近視眼的な考え方には賛同しかねる。常に世界のトップ・オブ・トップを視野に入れて強化すべきだ。ならば日本はすでに攻撃面では十分いいのだから、まず手つかずの守備にもっと手を入れトータルでレベルアップしたいのだが……。
世界基準とアジア仕様のちがい
もちろんアジア仕様の戦いがあることは承知している。そのための攻撃的な4-1-2-3採用なのだろうな、という想像もつく。特にこの日、アンカーに起用された熊谷紗希のワイドな機能の仕方を考えれば、「なるほどな」とは思う。
アルゼンチンは4-4-2でキックオフを迎えたが、今日の攻撃的な日本とその新フォーメーションを見て途中で4-3-2-1に変えてきた。いわゆるクリスマスツリーだ。ボランチ3枚で守備が堅い。
アジアでも日本の対戦相手は守備を固めてくるはずなので、その点ではいいシミュレーションになった。だがこの試合は本当に意味があったといえるのだろうか?
今日は対戦相手との力関係でいくらでもゴールは取れるだろう。だが相手は関係なく自分に厳しくやる必要がある。自らの課題を見つけ、そこを修正しながら自分たちの細部を詰めて行かなければ始まらない。その意味では疑問の残る試合だった。
日本のスタメンはGKが平尾知佳。最終ラインは右から清水梨紗、高橋はな、南萌華、遠藤純。中盤では熊谷がアンカーを務め、右IHは長谷川唯、左IHは長野風花。3トップには右から猶本光、田中美南、宮澤ひなたが入った。
強くて速いインサイドキックのボールがほしい
例えばこの試合を観ただけでも、課題は山とある。
序盤で右に開いたFW田中美南がサイドチェンジしようとしたが、ボールが逆サイドまで届かない。思わず目をこすった。遠藤はトラップが大きくなりボールロストする。まるで20年前の男子代表を見ているかのようだった。
その当時、「日本人選手は一発でサイドを換えられない。いったん中央の選手を経由しないとサイドチェンジできない」などと問題になっていたが、久しぶりにそんな昔話をなつかしく思い出した。
いちばん気になるのはボールスピードだ。
まず、これは彼女たちのインテンシティ(プレー強度)が高くないこととも関係しているが、全体になでしこジャパンはボールスピードが決定的に足りない。インサイドキックのボールが「てん、てん、てん」とゆるく弾みながら転がるのではダメだ。あれでは密集地帯を通せない。スパン! と瞬時に味方の足元に届く速いボールを出したい。
例えば女子W杯ではイングランドやスウェーデン、オーストラリアなど上位に入った各国女子代表は、例外なくインサイドキックで目にも止まらぬ強いボールを出していた。まずそこから始める必要がある。
左SB遠藤純はサイドのレジスタだ
ただ選手個々を見れば非常にいいものを持っている。だからこそチームとしての改善点が気になるのだ。
例えば選手別では、遠藤は攻撃面は非常にいい。高い技術を持っている。正確無比でゲームを動かすキーパスが出せる。最終ラインのレジスタだ。オーバーラップしてのプレーが特によかった。
レジスタ的な機能は時代とともにかつてのピルロのようなアンカーに降り、今では最終ラインにまで降りて来ている。それだけサッカーは攻撃的になったのだ。
また熊谷のアンカーもハマっていた。ボールを左右中央に振り分け、全体のコンダクターの役割をする。彼女がいままでセンターバックでやっていた組み立ての仕事を、一列上がってやっているような感じだ。彼女のアンカー機能により、いっそうチームが攻撃的になった。
一方、猶本は第二の全盛期を謳歌しているようなプレーぶり。またこの日2ゴールの長谷川はドリブルも織り交ぜ、いつもより攻撃的なプレイを見せた。敵を欺くここぞのボールコントロールなど、ひとクラス違うさすがのプレーを披露した。
女子W杯で得点王になり、マンチェスター・ユナイテッドWFCへ移籍の宮澤ひなたはどんなプレイをするのかな? と思って観たが、この試合ではいまいち冴えが見られなかった。前半45分の弱いシュート、あれはない。後半3分にもチャンスを迎えたが、なぜあそこでワンタッチで打たなかったのだろうか。
途中出場で2GのFW清家貴子がすごい
さて得点シーンは書き切れないが、4つのゴールが印象に残った。まず前半2分の1点目だ。田中美南が前線の右サイドで敵DFが犯したボールコントロールのミスを見逃さず、ボールを奪いボックス内からシュートを決めた。抜け目のないゴールハンターという感じだ。
次は同25分の3点目だ。左の遠藤がクロスを入れ、CB高橋が飛び込んで倒れながらヘッドで押し込んだ。なぜCBの高橋があそこにいるの? という意表を突くゴールだった。彼女の機敏な動きはすばらしい。
続いて後半16分の5点目である。アンカー熊谷からの縦パスを受けて途中出場のFW植木理子がポストプレイ。複数の守備者に寄せられボールがこぼれるが、途中出場のFW清家貴子がすかさず拾って右足で詰めた。彼女は一部のスキもなく、ピッチを見張っているようだ。
植木の堂に入ったポストワークと、清家の鋭い動きが目を引いた。清家は同47分にも、ボックス手前で敵GKの頭上を抜く山なりのシュートを放ち8点目を獲った。ナイスアイディアだ。
事情はわかるがマッチメイクに疑問が残る
なお先日、MF長谷川唯がメディアにコメントを求められた映像を観たが、彼女は「今回の試合は女子W杯で出た課題を修正するというようなゲームではない。徹底的にボールを保持して攻撃する試合だ」という意味のことを発言していた。でもそれって意味あるの? と感じる。まあ彼女は組まれた試合をこなすだけなのだから仕方ないが。
これを言い始めると、そもそもアルゼンチン女子代表とのマッチメイク自体の問題になってしまうが……4日に行われた記者会見で、佐々木則夫女子委員長は「女子W杯で8強入りしたが、別の国から対戦オファーはなかった」と明かした。
各大陸で五輪予選が開催されているため試合が組みにくい、という事情もあるのだろうが、何か解せない疑問が残るスッキリしない試合だった。
なお、なでしこジャパンはパリ五輪・アジア2次予選でグループCに入っている。ベトナム、ウズベキスタン、インドと同組だ。今年10月26日から11月1日にかけ、ウズベキスタンで集中開催される。さらに来年2月には最終予選がある。アジアの出場枠「2」を争う戦いだ。
なでしこジャパンが9月23日、アルゼンチン女子代表と親善試合を戦った。試合は日本が8対0で圧勝した。アルゼンチンはFIFAランキング31位、日本は8位と大きく力が違い、そのため大差の結果になった。
日本は今年7〜8月に行われた女子W杯を3-4-2-1のフォーメーションで戦いベスト8入りしたが、この試合では新たに4-1-2-3にトライした。彼女たちは今年10月のパリ五輪アジア2次予選を控えている。
相手のアルゼンチンは守備がゆるく日本のSBは上がり放題。特に左SBの遠藤純はMFのようなポジショニングでプレイしていた。攻撃時には両SBを高く構えて幅を取る、ということだろうが、「ああ、これでは肝心の守備の練習にならないな」と感じた(なでしこのアキレス腱は守備だ)。
実際、日本は相手を押し込み、ほとんど敵陣でプレイしていた。
アジアの予選では日本が圧倒するから守備の練習はいらない、ということだろうか? だがそんな近視眼的な考え方には賛同しかねる。常に世界のトップ・オブ・トップを視野に入れて強化すべきだ。ならば日本はすでに攻撃面では十分いいのだから、まず手つかずの守備にもっと手を入れトータルでレベルアップしたいのだが……。
世界基準とアジア仕様のちがい
もちろんアジア仕様の戦いがあることは承知している。そのための攻撃的な4-1-2-3採用なのだろうな、という想像もつく。特にこの日、アンカーに起用された熊谷紗希のワイドな機能の仕方を考えれば、「なるほどな」とは思う。
アルゼンチンは4-4-2でキックオフを迎えたが、今日の攻撃的な日本とその新フォーメーションを見て途中で4-3-2-1に変えてきた。いわゆるクリスマスツリーだ。ボランチ3枚で守備が堅い。
アジアでも日本の対戦相手は守備を固めてくるはずなので、その点ではいいシミュレーションになった。だがこの試合は本当に意味があったといえるのだろうか?
今日は対戦相手との力関係でいくらでもゴールは取れるだろう。だが相手は関係なく自分に厳しくやる必要がある。自らの課題を見つけ、そこを修正しながら自分たちの細部を詰めて行かなければ始まらない。その意味では疑問の残る試合だった。
日本のスタメンはGKが平尾知佳。最終ラインは右から清水梨紗、高橋はな、南萌華、遠藤純。中盤では熊谷がアンカーを務め、右IHは長谷川唯、左IHは長野風花。3トップには右から猶本光、田中美南、宮澤ひなたが入った。
強くて速いインサイドキックのボールがほしい
例えばこの試合を観ただけでも、課題は山とある。
序盤で右に開いたFW田中美南がサイドチェンジしようとしたが、ボールが逆サイドまで届かない。思わず目をこすった。遠藤はトラップが大きくなりボールロストする。まるで20年前の男子代表を見ているかのようだった。
その当時、「日本人選手は一発でサイドを換えられない。いったん中央の選手を経由しないとサイドチェンジできない」などと問題になっていたが、久しぶりにそんな昔話をなつかしく思い出した。
いちばん気になるのはボールスピードだ。
まず、これは彼女たちのインテンシティ(プレー強度)が高くないこととも関係しているが、全体になでしこジャパンはボールスピードが決定的に足りない。インサイドキックのボールが「てん、てん、てん」とゆるく弾みながら転がるのではダメだ。あれでは密集地帯を通せない。スパン! と瞬時に味方の足元に届く速いボールを出したい。
例えば女子W杯ではイングランドやスウェーデン、オーストラリアなど上位に入った各国女子代表は、例外なくインサイドキックで目にも止まらぬ強いボールを出していた。まずそこから始める必要がある。
左SB遠藤純はサイドのレジスタだ
ただ選手個々を見れば非常にいいものを持っている。だからこそチームとしての改善点が気になるのだ。
例えば選手別では、遠藤は攻撃面は非常にいい。高い技術を持っている。正確無比でゲームを動かすキーパスが出せる。最終ラインのレジスタだ。オーバーラップしてのプレーが特によかった。
レジスタ的な機能は時代とともにかつてのピルロのようなアンカーに降り、今では最終ラインにまで降りて来ている。それだけサッカーは攻撃的になったのだ。
また熊谷のアンカーもハマっていた。ボールを左右中央に振り分け、全体のコンダクターの役割をする。彼女がいままでセンターバックでやっていた組み立ての仕事を、一列上がってやっているような感じだ。彼女のアンカー機能により、いっそうチームが攻撃的になった。
一方、猶本は第二の全盛期を謳歌しているようなプレーぶり。またこの日2ゴールの長谷川はドリブルも織り交ぜ、いつもより攻撃的なプレイを見せた。敵を欺くここぞのボールコントロールなど、ひとクラス違うさすがのプレーを披露した。
女子W杯で得点王になり、マンチェスター・ユナイテッドWFCへ移籍の宮澤ひなたはどんなプレイをするのかな? と思って観たが、この試合ではいまいち冴えが見られなかった。前半45分の弱いシュート、あれはない。後半3分にもチャンスを迎えたが、なぜあそこでワンタッチで打たなかったのだろうか。
途中出場で2GのFW清家貴子がすごい
さて得点シーンは書き切れないが、4つのゴールが印象に残った。まず前半2分の1点目だ。田中美南が前線の右サイドで敵DFが犯したボールコントロールのミスを見逃さず、ボールを奪いボックス内からシュートを決めた。抜け目のないゴールハンターという感じだ。
次は同25分の3点目だ。左の遠藤がクロスを入れ、CB高橋が飛び込んで倒れながらヘッドで押し込んだ。なぜCBの高橋があそこにいるの? という意表を突くゴールだった。彼女の機敏な動きはすばらしい。
続いて後半16分の5点目である。アンカー熊谷からの縦パスを受けて途中出場のFW植木理子がポストプレイ。複数の守備者に寄せられボールがこぼれるが、途中出場のFW清家貴子がすかさず拾って右足で詰めた。彼女は一部のスキもなく、ピッチを見張っているようだ。
植木の堂に入ったポストワークと、清家の鋭い動きが目を引いた。清家は同47分にも、ボックス手前で敵GKの頭上を抜く山なりのシュートを放ち8点目を獲った。ナイスアイディアだ。
事情はわかるがマッチメイクに疑問が残る
なお先日、MF長谷川唯がメディアにコメントを求められた映像を観たが、彼女は「今回の試合は女子W杯で出た課題を修正するというようなゲームではない。徹底的にボールを保持して攻撃する試合だ」という意味のことを発言していた。でもそれって意味あるの? と感じる。まあ彼女は組まれた試合をこなすだけなのだから仕方ないが。
これを言い始めると、そもそもアルゼンチン女子代表とのマッチメイク自体の問題になってしまうが……4日に行われた記者会見で、佐々木則夫女子委員長は「女子W杯で8強入りしたが、別の国から対戦オファーはなかった」と明かした。
各大陸で五輪予選が開催されているため試合が組みにくい、という事情もあるのだろうが、何か解せない疑問が残るスッキリしない試合だった。
なお、なでしこジャパンはパリ五輪・アジア2次予選でグループCに入っている。ベトナム、ウズベキスタン、インドと同組だ。今年10月26日から11月1日にかけ、ウズベキスタンで集中開催される。さらに来年2月には最終予選がある。アジアの出場枠「2」を争う戦いだ。