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【読了本】『芸人の肖像』(小沢昭一著、ちくま新書) ~芸人たちとの通い合う精神が息づく遺著

2013-02-20 22:47:00 | 本のお噂


『芸人の肖像』小沢昭一著、ちくま新書、2013年

昨年12月に亡くなられた俳優、小沢昭一さん。
映画、舞台、ラジオなどでの活躍のかたわら、芸能の根っこを見つめるべく全国を行脚し続けました。そのフィールドワークは著作やレコードとしてまとめられ、高い評価を受けました。
本書は、その芸能探索の過程で撮影された貴重な写真の数々と、芸能にまつわる随筆を再録して編まれた一冊です。
小沢さんの生前に企画され、編集が進められていたという本書。完成した本を目にすることなく、小沢さんは天国へと旅立っていかれました。小沢さん、旅立つのがちょっと早過ぎましたよ。

門付芸であった万歳をはじめ、神楽、物売り、ちんどん屋、説教、浪花節、講釈、落語、幇間、サーカス、見世物、猿回し、そしてストリップ•••。
かつては人びとの暮らしに近いところにあったさまざまな芸と、それを糧にしながら生きていた芸人たちの表と裏の姿が、深い味わいとともに目の前に立ち現れてきます。
芸能者として思い惑う中で続けられてきた、芸能の根っこを訪ねる旅。芸を糧にするしか生きる道のない芸人たちとの精神の通い合いが、写真の1枚1枚に息づいているように思えました。

本書に再録された随筆のひとつに、こんな一節があります。

「私は、芸のおもしろさは結局のところ演者の人柄のおもしろさと決めこんでおります。つまり、芸以前の、人間としての幅とか奥ゆきとか、あるいはその人の道楽の深さとか••••••ひっくるめていえば、その人間の魅力に酔うことが、私の芸に接する楽しみなんです。」 (「浪花節で深い眠り」より)

そう。本書に収められた写真に写し出された芸人たちの肖像は、実に魅力的でいい感じなのです。ああ小沢さんは芸以上にこの人たちそのものに惚れ込んだんだなあ、ということがしみじみと伝わってきます。
例えば、馬場光陽という講釈師の方を撮った写真。一回り小柄な体躯ながら、なんだか独特の佇まいと表情を見せていて、実のところその芸を知らないわたくしにも、なぜだか惹きつけられるものがありました。駅のホームを歩く後ろ姿が、またイイのであります。
また、1970年に徳島市で撮られたという、夜の盛り場を歩く三味線流しも粋な雰囲気。70年にも、そういう光景が地方の盛り場にあったんだなあ。1973年に撮られたという、宮崎での大相撲の地方巡業の写真も数点ありました。
そしてストリップ嬢たち。小沢さんは舞台の上の尊いお姿はもちろん、楽屋におけるざっくばらんな素顔をもイキイキと捉えています。ある種の信頼関係があってこそ、のことでありましょう。やっぱり小沢さん、ストリップ嬢たちに対する惚れ抜きようは並大抵ではなかったんだなあ、と(笑)。

やはり本書再録の随筆の中に、周防猿まわしを復活させた村崎義正さんのことばが引いてあります。

「とにかく、いい飯が食えるということが、高度な技術と文化性を後世に残すことに直結するのである」 (「よみがえったホンモノの芸能」より)

どんなに卓抜な芸であろうと、それで生計を立てられなくなった時には衰退していくしかないのでしょう。本書に出ている芸のいくつかも、そうやって暮らしに近いところから消えていきました。
しかし、その輝きと精神性は、小沢昭一という芸能者の存在とともに、本書の中で息づき続けることでありましょう。


【関連オススメ本】



『私のための芸能野史』小沢昭一著、新潮文庫、1983年(現在はちくま文庫に収録)

芸能者として思い惑う中で行われた、「雑芸者」を訪ねてのフィールドワークを丹念に記録。こちらも実に貴重な仕事であります。