『本の雑誌』2014年6月号
本の雑誌社、2014年
『本の雑誌』最新の6月号の特集は「事件ノンフィクションはすごい!」。社会に衝撃を与えたさまざまな事件の真相に、綿密な取材で迫った事件ノンフィクションの数々を紹介するとともに、書き手による取材ウラ話などの記事を盛り込んだ企画であります。
まず面白く読んだのが、オススメ本紹介サイト「HONZ」のレヴュアーとしてもお馴染みの書評家・東えりかさんと、大阪大学教授・仲野徹さんによるブックガイド対談。
連合赤軍事件やオウム真理教事件をテーマにしたものから、少年犯罪もの、冤罪事件ものなどなど、取り上げられているテーマや題材は多岐にわたっています。事件ノンフィクションの裾野の広さを実感するとともに、お二方の事件ノンフィクションについての該博な知識に圧倒されました。プロの書評家である東さんはまだしも、仲野さんがかくも事件ものに強かったとは。
お二方のお話は本の紹介にとどまらず、マスコミ報道のあり方や事件ものに強い版元の話題などにも及びます。中でも印象に残ったのが、マスコミによるセンセーショナルな報道により、固定化されたイメージが世論にも影響していく、ということを語ったくだりでした。仲野さんはこう言います。
「視聴者も悪いんでしょうけどね。最初は熱心に見てるけど飽きてしまうでしょう。飽きた時点以降の報道はあんまり聞いてないから、はじめのイメージだけが残ってしまう。だから事件ノンフィクションで知識を正していかないと」
ああそうか、事件ノンフィクションを読むということの意義は、そういうところにもあるんだなあ、ということを認識した次第でありました。
HONZといえば、硬軟幅広い本を取り上げるレヴューで人気のある栗下直也さんも、今回の特集に参加しております。
栗下さんの記事は、昭和13年の「津山事件」から、男性3人が殺された「練炭殺人事件」まで、昭和から平成にかけての事件史を、26冊の事件ノンフィクションを紹介しながら辿った5ページの力作です。HONZでも事件ものを得意なジャンルの一つにしておられる栗下さんの語り口もまた巧みで、読んでいて一冊一冊の本に興味が湧いてきました。
東さんと仲野さんの対談、そして栗下さんの記事に共通して挙げられている一冊が、事件ノンフィクションの名著として名高い本田靖春さんの『誘拐』(ちくま文庫)です。
1963年の「吉展ちゃん誘拐殺人事件」をテーマにしたこの『誘拐』、わたくしは結構前に購入してはいるのですが、いまだに読んでおりませんでした。これは、やはりきちんと読んでおかねばならんなあ。
そのほかに興味深かったのが、「尼崎連続変死事件」を取材した『家族喰い』(太田出版)を書いた小野一光さんの記事でした。事件取材を専門としているフリーのライターが、新聞やテレビといった大メディアの周回遅れから取材を始めながら、いかにして大メディアが取りこぼしたような真相を発掘していくのか、その方法論には面白いものがありました。
また、アメリカの事件ノンフィクションを紹介した柳下毅一郎さんの記事では、アメリカのローカル雑誌の優秀さや、主要な都市ごとに編集された事件ノンフィクションのアンソロジーの存在に興味が湧きました。
事件ノンフィクションというと、なにやら殺伐とした印象を持たれる向きもあるかもしれません。確かに読むのが辛くなるようなものも少なくありませんし、単なる興味本位だけで書かれたようなシロモノもあるでしょう。
ですが、しっかりした取材をもとに書かれた良質な事件ノンフィクションは、事件についての新たな視点を得ることができますし、社会や人間のあり方について考えさせてくれたりもします。
わたくしもこの特集で、ちょっと事件ノンフィクションを見直してみたくなってきました。