『人が集まる「つなぎ場」のつくり方 都市型茶室「6次元」の発想とは』
ナカムラクニオ著、阪急コミュニケーションズ、2013年
「古いもの、新しいもの、2次元も3次元も、すべて受け入れてくれる異次元空間」というコンセプトのもと、「生産する1次産業・加工する2次産業・流通する3次産業の連携」をイメージして命名したという、東京は荻窪にあるブックカフェ「6次元」の存在を知ったのは、つい最近のことでした。
本に囲まれながらコーヒーやお茶を楽しむことができ、さまざまなアーティストによる展覧会や、トークに朗読会、ワークショップなどの多彩なイベントが開かれ、多くの人たちを引きつけているという、ちょっと不思議で、なんだか面白そうな場所。そんな「6次元」を営んでおられるのが、この本の著者であるナカムラクニオさんであります。
本書は、「6次元」の開業からの歩みやエピソードを振り返りながら、人と人を結びつけることができる「つなぎ場」をつくり上げていくための方法論を語っていく一冊です。
わたくし、本書を3つの点から興味深く読みました。まず最初に、「サードプレイス」をいかにして築き上げていくのか、という点です。
「サードプレイス」とは、カフェや居酒屋、本屋、図書館などのように、人と人とが情報交換をしながら、それぞれの関係性を取り結ぶことができるような、自宅や職場以外の「第3の場所」のこと。地縁血縁といった、旧来型の関係性から成り立っていたコミュニティに代わる、新たなコミュニティのあり方として見直されてきています。
本書の中でも「たまり場」の歴史について触れているところがありますが、18世紀のパリでは多くのカフェが作家や画家、音楽家などが集う社交の場となり、それらが新たな文化や芸術を生みだす培養器としての役目を果たしました。また、ほぼ同じ頃のイギリスでも、パブやコーヒーハウスにさまざまな立場の人びとが集い、情報交換や議論を重ねる中でジャーナリズムが成立していきました。
立場を越えた多様な人びとが集まり、交流することで、ワクワクするような新しい何かを生み出すための培養器。ナカムラさんはそれを「情報ビオトープ」という言葉で表します。
「あたらしく生まれた情報は、生態系の中で、循環し培養されていく。まるで、水草がたくさん生えている水槽の中で、メダカが餌もやらないのに元気に生き続けている。そんな風景と似ています。
しかも情報は、発信すればするほど、そこに集まってくる。
カフェは情報を培養するビオトープ装置なんです。」
そして、「サードプレイス」のもう一つの存在意義が、人と人とを結びつける「つなぎ場」としての役割。
ナカムラさんは、3年前の東日本大震災以降、6次元の存在する意味が変化してきたと言います。震災直後、6次元は不安で家に独りでいたくないという1人暮らしの男女が集まる「ココロの緊急避難所」になり、それ以来お店を「都市の避難所」のように考えるようになった、とか。
「今、みんながシェアしたいのは、モノやお金ではなくて、『場』と『言葉』なんだと思います。カフェも、縁側みたいに『縁を結ぶ場所』になれたら良い。」
「今は、バラバラになった世界をつなぎ止める、接着剤のような言葉や場所が必要だと思います。」
情報を培養して何かを生み出し、人と人の新たな結びつきをもつくり出すようなサロン的な場、というものの可能性について、かねてからわたくしは関心を寄せていました。ことに、これまでのような地縁血縁が崩れる中で、それらに替わる「つながり」を紡ぐ場所の必要性は、大都市圏はもちろん地方においても、これからますます大きくなっていくであろうと思うのです。
それだけに、本書で語られる6次元という場所の方法論や、「つなぎ場」についての考察には、とても示唆するものが多かったように思いました。
2つめは、「本」という存在のこれからを考える上で、新しい視座を与えてくれた、という点です。
ナカムラさんは、本がもはや紙の束にとどまらず、さまざまな方向に拡張していることを、宇宙創成のビッグバンとその後の宇宙の拡張になぞらえて「ブックバン」と呼び、このように言います。
「読む人が、コンテンツを得る手段を仮に『本』と呼ぶなら、本のトークイベントも『本』だし、検索する作業も『本』、ツイッターを読む行為も『本』であるわけで、ブックカフェという場も『本』であるということになるかもしれない。
もはや『本は書籍、雑誌などの印刷・製本された出版物である』という定義は、意味をなしていない。」
印刷・製本された書籍や雑誌に愛着を持ち、なおかつそれらを扱うような仕事に就いている端くれとしては気になる言葉であります。その反面、これまで「本」というものを、出版業界や書店業界だけの狭い存在へと閉じ込めていたのかもしれないなあ、と思ったりもいたしました。
イベントやSNSなどを取り込みつつ、どんどん拡張している存在としての「本」。その可能性を考える上でも、本書は刺激を与えてくれました。
そして3つめは、何かを始めたいという気持ちを後押ししてくれる言葉が散りばめられている、という点。
年齢も30代後半に差しかかり、テレビディレクターの仕事に限界を感じていたナカムラさんは、画家たちの年齢と活動の転機を知って勇気づけられたといいます。モネの初個展は39歳、ルノワールの初個展は42歳、セザンヌに至っては56歳で初個展•••。
そして、ナカムラさんは37歳で6次元を始め、「死ぬまでにやりたいことをすべて実現でき」ることができた、と。
「なりたい自分になりたければ今からなればいい。今さら遅いというくらいの年齢が、あたらしいことを始めるのにちょうど良いと思います。」
さらに、これからは「草食系」ならぬ「創職系」の時代が来る、として「自分で仕事をつくるということについて、みんな真剣に考えてもいいんじゃないか」と述べるのです。これには、読んでいてしみじみと頷けるものがありました。
告白すれば、実は40ン歳になるこのわたくしめも、本書を読んでいるうちに将来への夢のようなものが、胸のうちにムクムクと湧き上がってきたのであります。そう、自分も、なんらかの「つなぎ場」となるような場所をつくりたい、と。
それがどのようなカタチをとるのか、まだ具体的なところは見えてはいないのですが、大都市圏とは違う地方ならではの「つなぎ場」をつくっていけたら、と思うのです。できれば、50歳になるまでには実現させたいなあ、と。
そんな先々へ向かっての夢も、本書はわたくしに与えてくれました。
情報を培養し、人と人との結びつきを生む「サードプレイス」のあり方に関心を持つ人。「本」というものの新たな可能性を探りたい人。そして、「なりたい自分」への憧れと夢を抱いている人。本書はそれぞれに、さまざまな示唆とちょっとした勇気を与えてくれることでしょう。
それにしても、本書で垣間見ることのできた6次元という場所の、なんとも魅力的なことといったら。行けばきっとワクワクして、鈍っているようなアタマもココロも活性化するのではないか、という気がいたします。
東京に行く機会があったら、ぜひ一度覗いてみたいなあ、6次元。