NHKスペシャル『病の起源』第3集「うつ病 ~防衛本能がもたらす宿命~」
初回放送=10月20日(日)午後9時00分~9時49分
音楽=羽毛田丈史 、ナビゲーター=橋爪功、語り=伊東敏恵
人類を苦しめ続ける病に、進化の視点から迫っていくシリーズ『病の起源』。個人的にはなかなか好きなこのシリーズ、待望の後半シリーズが始まりました。
第3集で取り上げられたのは、世界で3億5000万人もの患者数を数え、日本でもこの10年で100万人近くに患者が急増しているという、うつ病です。今回重要なキーワードとなるのは、脳の奥深くにある「扁桃体」です。
7年ものあいだ、うつ病に苦しんでいる東京の男性。かつて勤務していたIT企業で、大きなプロジェクトを任され続けたプレッシャーがもととなり、うつ病を発症したといいます。「鉛のよろいを着せられているような“ずっしり感”がある。とてもつらい」と男性は語ります。
医療機関で検査を受けたところ、男性の脳の一部が萎縮していることが判明
。それを引き起こしていたのは、脳の奥深くにある「扁桃体」でした。
扁桃体は、恐怖や不安、悲しみといった感情を受けて活動が強くなり、そのことが脳の一部が萎縮することに繋がっている、というのです。
その扁桃体が脳に備わるようになったのは、5億2000万年前に魚が誕生してからのことでした。
扁桃体ができたことにより、その働きでストレスホルモンが増加、それにより全身の神経が活性化されることで、魚は天敵から逃れ、生き延びることができるようになりました。しかし、その扁桃体が暴走した結果として引き起こされるようになったのが、うつ病だというのです。
アメリカでのゼブラフィッシュを使った実験では、天敵のリーフフィッシュと同じ水槽で1ヶ月間飼われ続け、強いストレスをかけられていたゼブラフィッシュは、水槽の底でじっとして動かないような「うつ病」状態になってしまいました。
扁桃体が暴走することで、ストレスホルモンにより神経細胞に栄養が行き渡らなくなってしまい、情報伝達がうまくいかなくなることが、うつ病を引き起こすメカニズムだ、といいます。
天敵から逃れるために備わるようになった扁桃体。それが働いてしまう新たな要因を背負い込んだのが、2億2000万年前に誕生した哺乳類、特に類人猿でした。
アメリカのチンパンジー保護施設には、外で他の個体と共に行動することもせず、檻の中でじっと「幽霊のように」うずくまっているばかりのメスの個体がいました。その個体は、感染症予防との名目で1年半のあいだ、群れから隔離されてしまい、それがうつ病につながった、といいます。
集団で生活することで飢えから免れるとともに、天敵からの安全も得られるようになった動物たち。そこから引き離されることによる「孤独」にも、扁桃体が反応するようになったのです。
そして、さらに扁桃体が暴走する要因を抱えることになったのが、700万年前に出現した現生人類の祖先でした。
当時の人類は、しばしば肉食動物の餌食になるような弱い存在でした。その中で扁桃体は、すぐそばに位置している記憶を司る「海馬」に強く作用することで、人類の脳には恐怖の「記憶」が刻み込まれていきました。それにより、人類は危険を回避できるようになったのです。
ところが、脳に「ブローカ野」ができたことで「言葉」を理解できるようになった人類は、他者から伝えられる恐怖に対しても、扁桃体が反応するようになっていきました。無論、そのことは危険回避にも役立ったでしょうが、結果的に扁桃体が暴走する要因がさらに増えることにもなってしまったのです。
とはいえ、太古の人類は、うつ病にならないような知恵を持っていました。それは「平等」だといいます。
今でも狩猟採集生活を営むアフリカはタンザニアの「ハッザ」という人びとに対するうつ病テストの結果は、アメリカや日本に比べて著しくうつ病になる人が少ないというものでした。ハッザの人びとは、現在でも獲物を皆で分け合うような平等な暮らしを続けており、それがうつ病を生まないのでは、といいます。
また、日本の研究による、お金を自分と他者で分ける実験では、自分が損をしたり得をしたりしたときには扁桃体が激しく反応したのに対し、平等だったときにはあまり反応しなかった、という結果が。「人と人との関係がより重要になってきた」と、実験にあたった研究者は言います。
かつては平等に集団生活を営んでいた人類。やがて文明が発達するとともに階級ごとに得られるものの量が違うという格差が生まれ、それに伴いストレスの種は増えていきました。
加えて、社会が複雑になるにつれ、職業や境遇の差により生まれるストレスなどを抱えるようになりました。かくして現代に生きるわれわれは、うつ病になる要因にたくさん取り囲まれつつ生きることになってしまいました。
そんな状況の中で、進化の歩みを辿ることで得られた知見をもとにして、うつ病を克服しようという治療法が模索されています。
ドイツでは昨年、頭に穴を開けて電極を差し込み、電気を流すことで扁桃体の活動を抑える「脳深部刺激(DBS)」によるうつ病治療が行われました。治療を受けた患者には、劇的な回復が見られたといいます。
また、かつての人類の知恵に学ぼう、という「生活改善療法(TLC)」という治療法も試みられてきています。社会的な結びつきを取り戻したり、定期的な運動をしたり(神経細胞の再生につながるとか)、規則正しい生活を過ごしたり(ストレスホルモンを正常化させるため)することで、うつ病を克服していこうとするものです。
冒頭に登場した東京の男性も、生活改善療法により徐々に回復し、今では福祉施設でアルバイトができるまでになったとか。
男性はこう語ります。
「人とのふれあいって、あいさつから大切だと思う。これで絶対、トンネルから抜けられるはずです」
後半、平等に分け与えることで成り立つ狩猟採集社会と、格差によるストレスが溢れる文明社会、との対比のしかたには、若干性急かつ図式的なものを感じるところがあったのは否めませんでした。
高度かつ複雑になっている現代社会。うつ病の要因をすべてなくそうと、一気に過去に戻ることには、やはり難しいものがあるでしょう。
とはいえ、かつて人類が持っていた知恵をあらためて辿り、見直していくことで、今よりも生きやすくなっていくことは可能なのではないか、とは感じました。
そういう知恵が、少しずつでも活かされていくような社会にしなければいけないな、そう思いました。
初回放送=10月20日(日)午後9時00分~9時49分
音楽=羽毛田丈史 、ナビゲーター=橋爪功、語り=伊東敏恵
人類を苦しめ続ける病に、進化の視点から迫っていくシリーズ『病の起源』。個人的にはなかなか好きなこのシリーズ、待望の後半シリーズが始まりました。
第3集で取り上げられたのは、世界で3億5000万人もの患者数を数え、日本でもこの10年で100万人近くに患者が急増しているという、うつ病です。今回重要なキーワードとなるのは、脳の奥深くにある「扁桃体」です。
7年ものあいだ、うつ病に苦しんでいる東京の男性。かつて勤務していたIT企業で、大きなプロジェクトを任され続けたプレッシャーがもととなり、うつ病を発症したといいます。「鉛のよろいを着せられているような“ずっしり感”がある。とてもつらい」と男性は語ります。
医療機関で検査を受けたところ、男性の脳の一部が萎縮していることが判明
。それを引き起こしていたのは、脳の奥深くにある「扁桃体」でした。
扁桃体は、恐怖や不安、悲しみといった感情を受けて活動が強くなり、そのことが脳の一部が萎縮することに繋がっている、というのです。
その扁桃体が脳に備わるようになったのは、5億2000万年前に魚が誕生してからのことでした。
扁桃体ができたことにより、その働きでストレスホルモンが増加、それにより全身の神経が活性化されることで、魚は天敵から逃れ、生き延びることができるようになりました。しかし、その扁桃体が暴走した結果として引き起こされるようになったのが、うつ病だというのです。
アメリカでのゼブラフィッシュを使った実験では、天敵のリーフフィッシュと同じ水槽で1ヶ月間飼われ続け、強いストレスをかけられていたゼブラフィッシュは、水槽の底でじっとして動かないような「うつ病」状態になってしまいました。
扁桃体が暴走することで、ストレスホルモンにより神経細胞に栄養が行き渡らなくなってしまい、情報伝達がうまくいかなくなることが、うつ病を引き起こすメカニズムだ、といいます。
天敵から逃れるために備わるようになった扁桃体。それが働いてしまう新たな要因を背負い込んだのが、2億2000万年前に誕生した哺乳類、特に類人猿でした。
アメリカのチンパンジー保護施設には、外で他の個体と共に行動することもせず、檻の中でじっと「幽霊のように」うずくまっているばかりのメスの個体がいました。その個体は、感染症予防との名目で1年半のあいだ、群れから隔離されてしまい、それがうつ病につながった、といいます。
集団で生活することで飢えから免れるとともに、天敵からの安全も得られるようになった動物たち。そこから引き離されることによる「孤独」にも、扁桃体が反応するようになったのです。
そして、さらに扁桃体が暴走する要因を抱えることになったのが、700万年前に出現した現生人類の祖先でした。
当時の人類は、しばしば肉食動物の餌食になるような弱い存在でした。その中で扁桃体は、すぐそばに位置している記憶を司る「海馬」に強く作用することで、人類の脳には恐怖の「記憶」が刻み込まれていきました。それにより、人類は危険を回避できるようになったのです。
ところが、脳に「ブローカ野」ができたことで「言葉」を理解できるようになった人類は、他者から伝えられる恐怖に対しても、扁桃体が反応するようになっていきました。無論、そのことは危険回避にも役立ったでしょうが、結果的に扁桃体が暴走する要因がさらに増えることにもなってしまったのです。
とはいえ、太古の人類は、うつ病にならないような知恵を持っていました。それは「平等」だといいます。
今でも狩猟採集生活を営むアフリカはタンザニアの「ハッザ」という人びとに対するうつ病テストの結果は、アメリカや日本に比べて著しくうつ病になる人が少ないというものでした。ハッザの人びとは、現在でも獲物を皆で分け合うような平等な暮らしを続けており、それがうつ病を生まないのでは、といいます。
また、日本の研究による、お金を自分と他者で分ける実験では、自分が損をしたり得をしたりしたときには扁桃体が激しく反応したのに対し、平等だったときにはあまり反応しなかった、という結果が。「人と人との関係がより重要になってきた」と、実験にあたった研究者は言います。
かつては平等に集団生活を営んでいた人類。やがて文明が発達するとともに階級ごとに得られるものの量が違うという格差が生まれ、それに伴いストレスの種は増えていきました。
加えて、社会が複雑になるにつれ、職業や境遇の差により生まれるストレスなどを抱えるようになりました。かくして現代に生きるわれわれは、うつ病になる要因にたくさん取り囲まれつつ生きることになってしまいました。
そんな状況の中で、進化の歩みを辿ることで得られた知見をもとにして、うつ病を克服しようという治療法が模索されています。
ドイツでは昨年、頭に穴を開けて電極を差し込み、電気を流すことで扁桃体の活動を抑える「脳深部刺激(DBS)」によるうつ病治療が行われました。治療を受けた患者には、劇的な回復が見られたといいます。
また、かつての人類の知恵に学ぼう、という「生活改善療法(TLC)」という治療法も試みられてきています。社会的な結びつきを取り戻したり、定期的な運動をしたり(神経細胞の再生につながるとか)、規則正しい生活を過ごしたり(ストレスホルモンを正常化させるため)することで、うつ病を克服していこうとするものです。
冒頭に登場した東京の男性も、生活改善療法により徐々に回復し、今では福祉施設でアルバイトができるまでになったとか。
男性はこう語ります。
「人とのふれあいって、あいさつから大切だと思う。これで絶対、トンネルから抜けられるはずです」
後半、平等に分け与えることで成り立つ狩猟採集社会と、格差によるストレスが溢れる文明社会、との対比のしかたには、若干性急かつ図式的なものを感じるところがあったのは否めませんでした。
高度かつ複雑になっている現代社会。うつ病の要因をすべてなくそうと、一気に過去に戻ることには、やはり難しいものがあるでしょう。
とはいえ、かつて人類が持っていた知恵をあらためて辿り、見直していくことで、今よりも生きやすくなっていくことは可能なのではないか、とは感じました。
そういう知恵が、少しずつでも活かされていくような社会にしなければいけないな、そう思いました。
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