『あの人と、「酒都」放浪 日本一ぜいたくな酒場めぐり』
小坂剛著、中央公論新社(中公新書ラクレ)、2013年
飲み会シーズンに突入しておりますね。年末年始にかけて、忘年会や新年会の予定がたくさん入っているという方も多いのではないかと思われます。いや、もう既に何回か済ませてるよ、という方もおられるのかもしれませんね。
大人数でわいわいと飲む宴会でのお酒も、それはそれで楽しいのですが、酒場で一人、あるいは心を許した仲の友と二人で、じっくり静かに傾ける杯というのも、また格別なのであります。
本書は、酒と酒場の達人13人と、それぞれが贔屓にしているお店を歩き、酒場における流儀や人生観などをじっくりと訊いていくという趣向の一冊です。
登場する13人の顔ぶれというのが、とにかく豪華。
居酒屋といえばまず外すことのできない存在である、太田和彦さんと吉田類さん。居酒屋のバイブル『居酒屋礼賛』の著者である森下賢一さん。町工場を経営しながら京成線沿線の居酒屋を訪ね歩く藤原法仁さん。「大衆食堂の詩人」の異名を持つエンテツこと遠藤哲夫さん。ムック『古典酒場』の編集長である倉嶋紀和子さん。会社員にして『酒場百選』という著書も持つ浜田信郎さん。酒場でのフィールドワークから格差や階級を考察する社会学者の橋本健二さん。いずれの方も、酒と酒場を知り尽くした達人中の達人ばかり。これに、哲学者の鷲田清一さんや詩人の佐々木幹郎さん、編集者の都築響一さん、作家の吉永みち子さん、フォークシンガーのなぎら健壱さんといった、酒場をこよなく愛する文化人の面々が加わります。
日本最強の「飲み助アベンジャーズ」といってもいい、そうそうたる面々との酒場めぐり。まさに副題の「日本一ぜいたくな」というコトバの通りなのでありますよ。いやー、著者の小坂さんが羨ましいわー。
登場するお店の店舗情報もキチンと掲載されておりますが、書名の「酒都」は「首都」にかかっている字句であり、本書に登場する酒場のほとんどは東京にあるお店です(鷲田清一さんの章のみ京都と大阪)。ゆえに、辺境の地である宮崎に住む身としては、なかなかすぐには出かけられないお店ばかりなのであります(涙)。ですが、カラーを含む豊富な写真で写し出された盛り場や店内の風景からは、それぞれが醸し出す味わい深い雰囲気が伝わってくるようです。
「酒場」は居酒屋だけにとどまりません。都築響一さんが訪れるのはスナック。スナックは「家」のようなものであり、それぞれの地元に住む常連客が集う「情報の拠点」でもあるといいます。カラオケがダメなこともあって、スナックにはほとんど行かないわたくしですが、そのよう視点で見直してみると、スナックも案外面白い場所かもしれんなあ、と思ったりしました。
そして、「大衆食堂の詩人」遠藤哲夫さんが訪れるのは、やはり大衆食堂。高級さを売りにする日本料理ばかりが語られる一方で、どこか低くみられている食堂の料理。エンテツさんは、庶民が普通に食べてきた「ありふれたものをおいしく食べる」ことの価値を語ります。うん、大衆食堂の定食や単品のおかずで一杯飲む、というのもいい感じだなあ。
それぞれの達人たちが酒場で語る言葉の数々も、酒場同様に味わい深いものがありました。
執筆中にもお酒を飲むという鷲田清一さんは、酒は哲学とぴったりだといいます。「世の中で当たり前と言われることを全部解除して始まるのが哲学やから」と。言われてみれば「なるほど」という気もいたしますが•••やはり、阿呆のわたくしにはいささか高尚な気も少々。
そして、吉永みち子さんが「もう一人の母」と慕っていた上野の老舗店の創業者である女性と、「常に束縛を強いる存在」として反発し続けていたという実の母親をめぐるエピソードも、印象に残るものがありました。
本書にちりばめられている、達人たちの名言の数々から、いくつか選んで引いてみます。
「居酒屋はばか騒ぎするところではない。味の知ったかぶりをするところではない。知らない客に話しかけるところではない。本物の居酒屋は一人で静かに飲むところ」(太田和彦さん)
「何の役にも立たない焼き物作りとか、昔の半端な真似だけしている古典芸能が無形文化財なら、居酒屋のほうがよほど文化財であり、しかもそれは、ちゃんと誰でもいつも食べて味わうことさえできるのだ」(森下賢一さん)
「言葉はちゃんと宛先ないとあかん。今は宛先なしにしゃべっている人多いもんな。政治家でも官僚でも、学生の就活のプレゼンでも、流れるようにしゃべってる。あんなのウソや」(鷲田清一さん)
「一人の酔っぱらいの意見を言わせてもらえれば、ウイスキーを表現するには豊富な言語が必要なんです」(佐々木幹郎さん)
「おじさんが若い女性を求めていくのがスナックだと思ったら大間違い。女を売り物にする店は続かない。年配の人がやっている店の方が面白いんです」(都築響一さん)
「地縁とか血縁とか、無縁とか言ってないで、酒縁社会をつくっていけばいいじゃないか」(吉田類さん)
「珍しい地酒、今流行りの酒肴(つまみ)。もちろんそれも酒場の醍醐味だが、根本に立ち戻ると、やはり、そこには人がいた。酒場とは、人と人とがめぐり逢い、そして縁を紡ぐ場所でもあるのだ」(倉嶋紀和子さん)
大人が一人静かに、余計なことを考えずに杯を傾けるのも酒場の楽しみなら、酒を媒介にして人と人がつながることができるのも、また酒場の良さ。達人たちのことばの一つ一つから、そんな酒場の魅力を十二分に感じ取ることができた一冊であります。
よし、オレももっと、大人の酒飲みとして精進しなきゃいけないな。
(本書に登場した達人のお一人である森下賢一さんは、先月末に逝去されました。東西の酒文化に精通し、居酒屋をきちんとした文化の域に引き上げた、偉大なる先達でありました。この場をお借りして、お悔やみを申し上げます•••)
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