読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『ひまわりと子犬の7日間』 ~宮崎を舞台に、難しいテーマを丁寧に描いた良作

2013-03-10 19:14:52 | 映画のお噂

『ひまわりと子犬の7日間』(2013年、日本)
監督=平松恵美子
出演=堺雅人、中谷美紀、でんでん、若林正恭、吉行和子、檀れい、近藤里沙、藤本哉汰、小林稔侍

宮崎を舞台に、宮崎市出身の堺雅人さんが主演した本作。宮崎では全国公開に1週間先駆け、昨日(9日)から上映が始まりました。わたくしも昨日、さっそく観てまいりました。

宮崎市で保健所に勤務する、主人公の神崎。動物保護管理所に連れてこられる犬たちを、1頭でも多く救おうと里親探しに尽力するのだが、それでも引き取り手が見つからなかった犬たちを、神崎は鎮魂の思いとともに「処分」するのであった。
ある時、里親が見つからなかった犬たちはどうなるのか、と娘に問われた神崎は、「処分」をめぐる難しい現実を説明するが、それを知った娘は激しく泣き出し、それ以来心を閉ざしてしまう。
そんな時、畑を荒らしている犬が捕獲され、管理所に連れてこられる。まだ生まれて間もない3頭の子犬を守ろうとする母犬は、人間たちを激しく威嚇する。母子犬につけられた「命の期限日」は1週間後。
神崎の幼なじみでもある女性獣医師により、管理所に連れてこられた神崎の娘。子犬たちを守ろうとする母犬の姿を、亡き母親に重ね合わせた娘は、母子をともに救うよう神崎に懇願する。神崎は「命の期限日」を担当日ぎりぎりまで伸ばし、管理所に泊まり込みながら、母犬が心を開いてくれるように接し続けるが、母犬は強い人間不信からなかなか心を開かない。そしてついに、「命の期限日」がやってきた••••••。

原案となったのは、宮崎での実話を扱った児童向けノンフィクション『奇跡の母子犬』(山下由美著、PHP研究所)。山田洋次監督のもとで助監督や脚本を務めてきた平松恵美子さんが、本作で監督デビューを飾りました。
モデルとなった動物管理所の職員さんや、原案の山下さんに取材を重ね、作品づくりに取り組んだという平松監督は、期待どおり、いや期待以上に、真摯で丁寧な映画に仕上げていました。
多くの動物たちが飼い主から見放され、「処分」されているという現実を真正面から描きつつ、母子犬と神崎の親子、それぞれのドラマをしっかりと紡いでいて、深い感動を与えてくれました。

生まれ故郷を舞台とした映画の出演が夢だったという堺さん。ちょっと不器用ながらも誠実な主人公を、これ以上はないくらいの好演ぶりで魅せてくれました。もうこの役は、堺さん以外には考えられないくらい。
共演者では、口は悪いが頼りになる神崎の先輩を演じたでんでんさんの、まことに味のある芝居が楽しかったですね。また、「この仕事は腰掛け」と公言していやいやながら仕事をする後輩職員を演じた、オードリーの若林正恭さんもいい感じでした。
なんといっても、キャストのセリフがほぼすべて宮崎弁というのが、地元の人間としては嬉しくて。堺さんのネイティブ宮崎弁からは、なんともいえない温かみが伝わってきて、それがより一層感動を醸し出してくれたように思いました。
そして、共演のでんでんさんや中谷美紀さん、吉行和子さん、小林稔侍さんといった人たちによる宮崎弁でのセリフのやりとりにも、いちいちニンマリしていました。宮崎出身ではない子役2人も、大いに頑張ってくれておりました。宮崎弁の良さを、地元の人間にもあらためて実感させてくれました。

そうそう、「ひまわり」と名付けられる母犬を演じた女優犬・イチの名演ぶりも忘れてはいけません。人間への強い憎しみと、子犬たちへの慈愛を共存させた難しい役どころを、見事に演じきっておりました。
イチの名演を引き出したのは、ドッグトレーナーの宮忠臣さん。『南極物語』(1983年)や『ハチ公物語』(1987年)など、犬が登場する映画を数多く手がけた大ベテランによる、難易度の高い仕事ぶりにも目を見張る思いがしました。

宮崎市内をはじめとした、宮崎県内でのロケによるシーンがたくさん織り込まれていたのも、地元の人間としては嬉しい限りでした。中には自分の生活圏から真近にある場所もあり(通勤のとき通る橋まで出てきていました)、それらが全国公開の映画の中に出てきているのを見るのは、なんとも感慨深いものがありました。また、宮崎県動物保護管理所でもロケが行われていて、それが作品にリアリティを与えていました。
エンドクレジットには、撮影に協力したり製作に協賛した、宮崎ではお馴染みの企業や団体の名もズラリ。ああこれはまさしく「宮崎映画」でもあるなあ、と思ったことでありました。

重いテーマ性とともに、映画としての楽しさと感動が溢れている本作。ぜひとも多くの人に観ていただければと思います。鑑賞の際はハンカチをお忘れなく。

なお、パンフレットに収録された堺さんと平松監督のインタビューによれば、お二人は撮影に臨むにあたって、動物の殺処分をテーマにしたドキュメンタリー映画『犬と猫と人間と』(飯田基晴監督、2009年)を観たとのこと。こちらはまだ未見なので、ぜひDVDで観てみたいと思います。

映画を観たあと、宮崎における映画文化の向上に取り組んでいる、宮崎映画祭の関係者の方々との会食に招いて頂いたのですが、その会場の別の席で、舞台挨拶のために来県されていた平松監督をはじめとする方々も会食をしておりました。わたくし、図々しくもパンフレットを手にして監督のところへ行き、サインして頂いたのでありました。


すごく嬉しい思い出となりました。平松監督、本当にありがとうございました。

『鶴瓶の家族に乾杯』岩手県釜石市・大槌町(前篇)

2013-03-04 22:22:49 | ドキュメンタリーのお噂
『鶴瓶の家族に乾杯』岩手県釜石市・大槌町(前篇)
初回放送=3月4日(月)、午後8時~8時43分

元マラソン選手でスポーツキャスターの高橋尚子さんと、岩手県の釜石市、そして昨年も訪問した大槌町を再度訪ねる旅の前篇でありました。
釜石駅前で落ち合った鶴瓶さんと高橋さん。釜石駅前には真新しい鐘がありました。それは、震災の記憶をとどめるための鐘でした。駅前におられた、被災地ツアーのボランティアガイドによれば、津波は駅前で1~2メートルに達していた、というのです。

釜石駅前では、いきなり様々な人びとと出会うことになりました。
お互いを「おかあさん」と呼び合う女性と、その息子さんの妻。女性と息子さん夫妻はそれぞれ津波で流されるも、なんとか助かることができたといいます。また、大阪から釜石に嫁いできたという女性は、大阪にいた時分には阪神・淡路大震災に遭い、さらに釜石で東日本大震災にも遭い、家を流されてしまった、というのです。

釜石駅の駅舎の中にある「さんてつジオラマカフェ」。駅の内装をそのまま活かした店内には、釜石駅とその周辺を再現した精密なジオラマがありました。これがなかなかすごいものでした。
お店の方は、いつか駅を再開するときまで使っているのだ、と言いつつ「できればこのままお店を続けていきたい」と話すのでした。

大阪からきた女性と、その夫が営むお好み焼きと大阪ファッションのお店を訪ねる鶴瓶さんと高橋さん。そこで、津波で流された物を管理しているという女性に出会います。
その管理している場所に行くと、津波で流されながらもなんとか見つけ出すことができた多くの写真が、洗浄した上で保管してありました。自分の写真がないかと訪ねてくる人の中には、見ているうちに辛くなり、「もう見られない」と涙ぐむ方もおられる、と女性は言います。
女性の子ども2人は、いわゆる「釜石の奇跡」で助かることができた子どもたち。しかし、今でも当時の恐ろしい記憶に苛まれている様子を切々と語るのです。
女性は、「釜石の町のほうにはみんなが来て、鵜住居(うのすまい)や箱崎のある半島には誰も行かないけれど、あそこは本当に何もない状態。ぜひそこにも行って欲しい」と、鶴瓶さんや高橋さんに訴えるのでした。

さらに鶴瓶さんと高橋さんは、息子さん夫妻と津波に流されるも助かった女性の営むお店へ。そこには、岩手日報の記者が撮影したという、津波が女性の間近に迫る様子を捉えた写真がありました。
津波から辛くも助かり、息子さんと再会を果たしたときの様子を涙ながらに語る女性。
「津波のときの話は聞かれればするけど、うちでやることはない。やはり思い出したら涙が出る」と•••。

一方、出会った人の中には、震災がきっかけとなって恋に落ち、新たな人生を歩むことになった女性もいました。
避難先で一緒になった地元の男性と恋仲になった女性。相手の男性は、津波に飲まれた人を体を張って救助してもいました。
また、復興支援のためにやって来た広島県警の男性と結婚することになり、生まれる寸前の子どもを身籠った女性も。父親を津波で亡くすという不幸に見舞われながらも、新たな希望を抱きながら人生の門出を歩き出そうとしていました。
嬉しいことに、番組のロケを終えたあとの先月、その女性は無事に出産したとか!

今もなお生々しく残る、震災の辛い記憶と心の傷。そして、それを抱えながらも新たな希望を抱きながら少しずつ歩み出そうとする釜石の人びと。その姿がしばしば胸を打ちました。
大槌町を再訪する、来週の後篇もぜひ観たいと思います。

【読了本】『奇跡の母子犬』(山下由美著、PHP研究所) ~宮崎が舞台の、命をめぐる重いドラマ

2013-03-03 23:37:29 | 本のお噂

『奇跡の母子犬』山下由美著、PHP研究所、2008年

2007年。宮崎県中央動物保護管理所に、4頭の野犬が収容されます。母犬と3頭の子犬。子犬は生まれてから日が浅く、まだ目も開けられない状態でした。
管理所に収容された犬や猫は一定の期間保護されますが、飼い主が見つからなければ殺処分される運命にあります。管理所から生きて出られる確率は、わずか10%。4頭の「命の期限日」は1週間後でした。
しかし、自らを盾にして子犬たちを守ろうとする母犬の姿に打たれた管理所の職員さんは、期限日を半月延長して、飼い主が現れるのを待つことにしました。
母犬は、人間におびえながらの野良生活が長かったためか、極度の人間不信から攻撃的になっていました。人間の足音や声を聞いただけで、子犬を守ろうと威嚇するのです。子犬はもちろん母犬の命を救いたいと、心を通わせようとする職員さんですが、「命の期限日」は刻々と迫ってきます。このまま処分を迎えるしかないのかと思われたとき、「奇跡」が訪れたのです•••。

宮崎市で実際にあった話を、写真と文章とで綴った児童向けノンフィクションです。
実をいえば、自分の地元での話でありながら、本書を読むまでその詳細を知りませんでした。本書を一見したときも、ほのぼの系の感動話かなあ、という程度のイメージでした。しかし一読して強く心を揺さぶられることになりました。
本書には、「犬と人間との心の交流を描いた感動話」という安易なイメージには収まらない、辛く厳しい現実がしっかりと織り込まれていました。

「『処分してくれ』と飼っていた犬を管理所に連れてきて『じゃあな』と頭をなでて平然と帰ったおじさん。「さ~、デパートでお買い物して帰ろうかな」まるで厄介払いできたかのように浮かれて帰るおばさん。何年も一緒に過ごしてきた家族の一員だったはずなのに••••••犬の命はそんなにも軽いものなのでしょうか。」 (「あとがき」より)

いいかげんな姿勢で動物を飼い、身勝手な理由をつけて手放してしまう飼い主たちの存在によって、全国で年間36万頭もの犬や猫が「処分」されている現実。そしてそんな現実に胸を痛めながら、最後まで犬や猫への慈しみを持って職務にあたる管理所の職員さんたち。
「『殺している』のは職員さんではなく、飼育放棄した飼い主なのです」という、著者のことばがとても重く響きます。
いとも容易く動物を捨てるのも人間なら、それを必死になって救おうとするのも人間。そして、自分を盾にしてでも子犬たちを守ろうとする母犬。
大げさかもしれませんが、「人間ってなんなんだろう、人間としてのあり方はどうあるべきなのか」ということまで考えさせるものが、本書にはありました。子どもはもちろん、大人にも読まれて欲しい一冊です。

本書を原案にした映画『ひまわりと子犬の7日間』が、間もなく公開となります。主要なロケを宮崎県内で行い、主演は宮崎市出身の堺雅人さん、セリフの多くも宮崎弁という「宮崎映画」であります。
きょう(3月3日)付けの地元紙・宮崎日日新聞に、監督の平松恵美子さんへのインタビュー記事が掲載されていました。
「ただ動物がかわいいというだけでなく、命を持った一つの「個」として、人間と動物がしっかりと向き合う作品にするのが目標でした」と語る平松監督。モデルとなった管理所職員さんや、本書を書いた山下さんにも取材した上で、脚本を書き上げたとか。「主人公がリアルに宮崎で生活している様子がしっかり表現されないと、(動物の命をめぐる)繊細な問題が上滑りになってしまうから。そうならないよう、細部まで詰めたかった」からだ、と。真摯な姿勢で作品づくりに取り組んだようで、大いに期待が持てるのであります。
映画は3月16日から全国公開となりますが、宮崎県内では1週間早く9日から公開となります。これはなんとしてでも観に行かねば。



【関連オススメ本】

『どうぶつたちへのレクイエム』 児玉小枝著、桜桃書房、2000年(のちに2005年、日本出版社から再刊)

動物収容施設に収容され、命を奪われていった犬や猫たちの姿を捉えた写真集。何かを訴えかけてくるかのような1頭1頭の表情に打ちのめされます。現在は絶版・品切れなのが惜しまれてなりません。ぜひとも復刊して欲しいと切望いたします。