しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「少女たちの戦争」 にがく、酸い青春

2022年05月06日 | 昭和16年~19年
(昭和中期では)
笠岡東中や大島中地区の人が、笠高・笠商・淳和に通学する時、
笠岡工業生と対面する。
ほぼ決まった時間に同じ場所で高校生同士が対面する。
女学生はそこで工業生に恋心を持つことがある。
その一瞬が、毎朝の喜びとトキめきで、
吉田拓郎風にいえば♪ あゝそれが青春、の時を過ごす。
その一瞬以上の恋はなかった(と思うが、違うかも)。


(昭和・戦時中では)↓
人命が軽すぎた時代の青春。



にがく、酸い青春  新川和江

「少女たちの戦争」  中央公論新社  2021年発行


旧制の女学校の一年生の晩春の頃だったと思う。
水戸の聯隊に入営していた兄に、月に一、二度、
ぼた餅やちらしずしを重箱に詰め、母と一緒に面会に行くのである。

水戸から聯隊行きのバスに乗るのだが、とある停留所を通過する時、
長身の学生が路上に立っているのを見た。
高等学校も高学年の学生であるらしかった。
かれはそのバスには乗らなかったが、発車したバスの窓から見ている私と、目が合った。
一瞬のことだったけど、かつて体験したことのないときめきが、私の胸に生じた。

兄と面会し、帰ろうとしたとき、私の足が、思わず釘付けになった。
巨きな桜の木の下に、あの学生が立っていたのだ。
母に促され、その前を通り過ぎる時、
二度と会えないだろうそのひとの、学生服の胸ポケットに縫いつけられた、
白い小布の名札を見た「〇〇」と姓だけが読みとれた。
せめて名前だけでも知りたいと、いっしょけんめいだったのだ。
家に帰ると、春だというのに、火鉢を抱えこんで部屋に閉じ籠ってしまった。

・・・

そのひとも何処かで、静かな老年を迎えているのであろう。
それとも、学徒出陣で、南の空に散華したか。

私の通う女学校の教室が七つもつぶされ、
旋盤やターレット、ミーリングといった機械が運び込まれて、兵器工場と化するも、それから間もなくのことだった。
敵の航空母艦に突っ込んで行く特攻機の、心臓部に取り付ける気化器という部品だった。
そのひとの死に私は、加担していたのかも知れなかった。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「少女たちの戦争」めぐり来る八月

2022年05月06日 | 昭和16年~19年
旧制女学校の、工場への動員は”軍服”と”兵器”に分かれるが、
兵器に派遣された人たちは戦後も、何年かは口を閉ざしている。
機密の呪縛や、造った物の使途への自責の念がつづいたようだ。





めぐり来る八月 津村節子

「少女たちの戦争」  中央公論新社  2021年発行


女学校に入学した年に太平洋戦争が始まり、
旅行と言えるのは、三年生の夏の赤城山登山で、
目的は心身の鍛錬である。
体操服にもんぺをはき、杖にすがって、あえぎながらただ歩き、ただ登る。
それでも山頂で写した写真は、日焼けした顔に白い歯をみせてみな笑っている。


まだその時には、戦争に負けるなどとは思ってもいなかった。
私たちの目標は、心身を鍛え、銃後の守りを固め、東洋平和のためのいくさに勝つことだけだった。
軍国思想の教育が,真っ白な頭の中にたたき込まれていて、
反戦思想など芽生える隙もなかった。
列強の侵略からアジアを解放し、大東亜共栄圏を築く聖戦だ、と教え込まれていた。
これまでに負けたことのない神国日本は、神風が吹いて必ず勝つ、と大人たちは言っていた。


昭和19年5月16日に、学校工場化が通達された。
東京都立第五高等女学校では、その年の8月15日から、
5年生は中島飛行機、
4年生は立川飛行機と北辰電機へ動員された。
勤務時間は8時から6時まで、休日は一月一度だけだった。
昼食は高粱(こーりゃん)めしか、虫のついたにおいのする古米。
おかずは大根葉の煮物か、イモやカボチャの煮物。
軍需工場だからまだましだったらしい。


各班が一部分をやっているので、一体何を造っているのか誰にもわからなかった。
部屋の入口には「軍機保護法により許可なく立入禁止」の札が出ていた。
自分たちの造っている物は何か教えて欲しい、
それがわかれば張り合いが出て、もっと頑張れる、
とある日みなで班長に迫った。
とうとう特殊潜航艇用の羅針儀を造っているのを聞き出した。
自分たちの作っている羅針儀を装備した人間魚雷で、若者たちが死んでいく。
無論親にも秘密を守り、戦後だいぶたってから話した。

神にすがる思いだった神風は吹かなかった。
私たちが造っていた羅針儀を積んだ特殊潜航艇に乗って、
若者たちが自爆して行ったのである。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする