「奥の細道」にはときに、小さな物語りのような紀行文がある。
なかでも那須野で出会った小娘の話と、越後の宿で会った遊女の話はしみじみとした味わいがある。
那須野の少女はその情景が目に浮かぶようだ。
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旅の場所・栃木県那須塩原市
旅の日・2018年8月4日(車窓)
書名・奥の細道
原作者・松尾芭蕉
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「芭蕉物語」 麻生磯次 新潮社 昭和50年発行
那須野は北に那須岳、西に高原山、東に八溝山にかこまれた広野で、狩猟の地として知られていた。
道というほどのはっきりした道はなく、それも縦横にわかれているのですっかり途方に暮れてしまった。
そのうち草を刈る男を見つけた。
「この馬を貸してあげよう。
乗ってさえおればよい。馬がとまったら、そこでおりて、こちらに向けて尻っぺを一つぶってください。
馬はひとりでにここへ帰ってくるからな」
芭蕉を乗せた馬は、ぼくぼく歩いて行った。
いつのまにか子供がふたり現れて、芭蕉たちのあとについてきた。
ひとりは小娘で、かわいらしい顔をしていた。
曽良が名前を尋ねると「かさね」と答えた。
かさねとは八重撫子の名なるべし 曽良
広い野原を通りぬけて、馬はぴたりと足をとめた。
芭蕉は馬からおりた。
そして馬に向って、「御苦労だった。ほんとに助かりましたよ」
と、人にものをいうように、お礼をいった。
そして草刈男の好意に報いるために、馬の駄賃を鞍壺に結びつけて、その首を野原の方へ向けて、尻を二つ三つ叩いた。
馬は満足したような様子で、いま来た道を帰って行った。
小娘のかさねのことは、いつまでも芭蕉の印象に残っていた。
翌年たまたま知人から名付親を頼まれて、その子にかさねの名を与え、これに因んで一文を草した。
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