しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

海軍志願兵・城山三郎、特攻隊として果てる?(伏龍特別攻撃隊)

2021年08月20日 | 昭和20年(終戦まで)
伏龍は終戦間際、本土決戦において敵の上陸艇に潜水服を着て潜り、機雷がついた棒を手にして水中を歩いて接近し、機雷もろとも爆死するもの。
完全に人間は死ぬ道具となっている。





「嬉しうて、そして・・・」 城山三郎 文芸春秋 2007年発行

昭和2年生まれは、少年時代を戦争の中で過ごし、青年時代の入口で敗戦を迎えた。
「末期戦中派」という言葉があるが、私たちは末期も再末期であった。
私は、名古屋の商業学校の生徒だったが、
軍神杉本五郎中佐の著書「大義」に感銘を受けて徴兵猶予を返上して、海軍特別幹部練習生になった。
自分なりにお国のために尽くそうと考えたのである。

しかし、敗戦までの数ヶ月間過ごした海軍の最底辺は、私の期待していた皇軍の姿とは似ても似つかなかった。
上官による制裁や意地悪の日々。
上官は白い食パンを食べ、私たちには芋の葉と蔓だけ。
そして戦争が終わると、手のひらを返したように、民主主義を唱えだす大人たち。
この経験を書かずには死ねないという思いが、私を文学に向かわせた。

私が入った昭和20年の海軍は、まったく軍隊としての体をなしていないように感じた。
あのまま戦争が続いていたら、私は「伏龍特別攻撃隊」として、潜水服を着て関東の海岸に潜って、
爆弾のついた棒で米軍の上陸用舟艇を突く作戦に駆り出されていただろう。
自分たちが消耗品として集められることを、憧れの海軍に入って思い知ったのである。





(Wikipedia)



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