しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

「知られざる福山海軍航空隊」展

2020年09月04日 | 令和元年~
写真・2020.9.1
場所・福山市伊勢丘 「福山市東部支所」


東部支所の玄関ロビーで写真展をしている。
図書館ついでに見学した。







戦時中、大津野村長の弟さんは海軍中将という偉い人で、昭和18年その縁もあり津之下に飛行場ができた。







飛行機は田島や神島に隠したとある。

神島には10機以上、茂平も2~3機隠していた。









昭和19年3月に宅間航空隊の下部だったが、昭和20年3月「福山海軍航空隊」として独立した。









そして戦争末期、
「水上観測機により6月25~28日、沖縄本島付近に突入。9人死亡。」とある。


時速が新幹線並み、またはそれ以下の飛行機で突っ込む。
しかも観測機。

出撃した日さえ、あいまい。







さらに、戦死の発表は、その2ヶ月後。

「8月10日海軍省が9名の戦死を発表」。





国家に殉じた行為でありながら、兵の死は虫けら同然の軍だったのがよくわかる。








戦後は広大の水産学部や予備隊の病院だった。

現在はJFEの駐車場で、
「JFEフェスタ」の主会場になっている。



終戦後の写真と思えるが、塩田が広い。

飛行場の跡も、塩田の跡も
今は、たぶん何一つ残ってない。

神島の飛行機を隠した場所は、目を閉じれば、いくらか思いをはせることができる。





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