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うつ病を再発させない働き方とは

2016年08月04日 | うつ・ひきこもり

毎日新聞医療プレミアム 2016年7月30日 西川敦子 / フリーライター

 

 うつ病から立ち直り、元気に働いている人もいる一方、会社を辞めてしまう人もいる。彼らはなぜ退職してしまうのだろうか。今回は「精神障害者」としてリクルートグループの特例子会社「リクルートオフィスサポート」に勤務する鈴木晃博氏に話を聞いた。産業カウンセラーでもある鈴木氏は、経営コンサルティング会社などを経て、ITベンチャー企業に転職後、うつ病を発症した。現在は講演活動などを通し、うつ病に関する啓発活動を行っている。うつ病体験者だからこそわかる、治った後の意外な落とし穴について語ってもらった。

うつ病は初めて罹患した人の半数が再発する

 うつ病を発症した後、以前と同じように働き続けられる人はどのくらいいるのでしょう。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が民間事業所を対象に実施した調査(2012年)によれば、メンタルヘルスに不調を抱えた従業員が「休職を経て復職している」と答えた事業所の割合が37.2% と最多でした。しかし、仕事を離れてしまった人もいて「休職を経て退職した」(14.8%)▽「休職せずに退職した」(9.8%)▽「休職を経て復職後、退職した」(9.5%)−−を合わせると、結果的に34.1%が退職していることが分かりました。

 復職がうまくいかない理由は何でしょうか。原因はうつ病の再発率の高さにあります。もちろん回復するケースも多いですが、中にはこじらせ、長引いてしまう人もいます。初めて罹患(りかん)した人のうち50%以上が、3回罹患した人では90%が再発するというデータもあります。ちょっとショッキングな数字かもしれませんが、私たちにとって大切なのは、事実を受け止めたうえでうつ病と共に生き、働き続ける方法を考えることなのです。

「復職後すぐ」の時期は再発リスクが高い

 私がうつ病を発症したのは、ITベンチャー企業でコンサルティングと開拓営業に携わっていたときのことでした。未経験の分野でもあり、プレッシャーと過労から心身ともに疲労困憊(こんぱい)の状態だったのです。精神科病院への入院が必要になるほど悪化してしまい退職、失業者となりました。当時まだ36歳。2人の子どもと住宅ローンを抱え、途方に暮れたのを覚えています。こんな経験をしているからこそ、再発のリスクを背負いながら働く困難について考えずにはいられないのです。

 では、どんなときにうつ病を再発してしまうのでしょうか。第一の危機は復職後すぐです。軽減労働の期間もあるとはいえ、復職したら一日も早くフルモードで働いてほしい、というのが雇用側の本音でしょう。現場の事情を分かっているだけに、本人もまた周囲の期待に応えたいと思うのではないでしょうか。「迷惑をかけてしまった分、失地回復したい。ここでなんとか頑張って評価を上げたい」と焦りも募るのでは。うつ病になりやすい有能な人、真面目な人ほどその傾向は強いようです。

 しかし、ここに再発のリスクが潜んでいます。たとえば、第一線で活躍していた野球選手が肩を故障し、手術を受けたとします。手術がうまくいったからといって、退院後すぐ試合に出たとしたらどうでしょうか。また症状がぶり返してしまいます。うつ病も同じです。いったん症状がよくなったとしても、それを「完治」と捉え、以前と同じように頑張るのはとても危険なことです。しかも、2回目ともなると、初回とは違う問題が生じる可能性があります。最初は休職や軽減労働などの措置をとってくれた会社も、再発した場合、同じ対応をしてくれるとは限りません。結局、ぶり返した不眠や気分の落ち込みを誰にも相談できず、自分から退職してしまう人が後を絶たないのです。

うつ病だったことを隠し、職を転々とする人も

 次に再発のリスクが高まるのは転職したときです。転職活動中、自分からうつ病のことは明かしづらいもの。面接官から、「前の会社を辞めてしばらくたちますね。何かされていたんですか?」と尋ねられた場合も、「ちょっと家庭の事情で」などとごまかしたくなるのではないでしょうか。しかし、そうやって病気のことを誰にも言わず、“クローズ”にしてしまうと、就職後、いくら仕事が増えようが、誰もブレーキをかけてくれません。むしろ、会社は期待の中途採用新人にあれこれ任せようとするし、本人もそれに精いっぱい応えようとしてしまいます。こうして、また病気がぶり返してしまうのです。

 転職してはうつ病を再発し、また退職を余儀なくされてしまう−−。そんなことを繰り返していれば、慣れない仕事にもチャレンジせざるを得なくなります。実際、物流、介護、警備などの職場で働く人の中には、以前まったく別の業界にいたうつ病経験者も多いようです。

退職せず、リハビリを最優先に

 待ち受ける再発の危機を回避する方法はあるのでしょうか。うつ病の経験者として本音を言いましょう。最良の方法は、とにかく退職しないことです。最初の発症の際、休職期間が満了すると会社を辞めてしまう人が多いのですが、早急に事を決めるべきではありません。前述のとおり、転職すれば周囲の期待に応えようとして新たな仕事を抱え込むことになります。それよりも、事情を知っている元の職場に踏みとどまって、少しずつ少しずつリハビリしていく方がよいのです。

 ですから、復職してもすぐ元のように働くのではなく、3カ月間は「ならし就労期」を取りましょう。休職中、医療機関などが提供するリワークプログラム(職場復帰支援のためのリハビリトレーニング)でトレーニングするうつ病患者は多いと思います。具体的には「会社の近くまで行ってみる」「図書館で本を読んでみる」などです。しかし、実際に職場で仕事をするときの緊張感や疲労感は別物です。復職してからも単純作業や短時間の仕事を試しつつ、身体、精神面をならしていく期間を十分にとる必要があります。

うつ病の経験を糧にキャリアを築く

 ならし就労期を終えた後も、再発のリスクを抱えている限り以前のような働き方をしないよう、自重しなければなりません。もちろん、「うつ発症前の自分とは違う」という事実を受け止めるのは簡単ではないと思います。私の場合もそうでした。出世している同期や友人と自分を引き比べ、焦りもしましたし、暗たんとした気持ちにもなりました。自分にとって仕事とは、稼ぐこととは何か−−。すぐに自分を納得させられる言葉は見つかりませんでしたが、それまでのような働き方を続けている限り、事態は好転しないことだけは明白でした。

 たどりついた結論は、精神障害者として事務系中心の仕事に就くことでした。うつ病であることをオープンにして働くには、この方法が一番合理的だと考えたのです。「うつ病の再発を防ぎながらでも、自分のキャリアを築いていくことはできるはずだ」。ずっとそう信じてきました。そのプロセスを茶道や武道などで修業における段階を示す「守破離」で表せば、安定して働くため、足固めをする時期が「守」、新しいキャリアの方向性を見いだすのが「破」ということになるでしょうか。「離」は、病気を人格成長のトリガー(始まるきっかけ)とし、キャリアを開発していく段階です。長い年月がかかりましたが、自分はいま「離」の段階までたどりついた気がしています。

 人は人生においてさまざまな挫折を経験します。病気、けが、家族の看護や介護−−険しい坂道を駆け上がるのが無理なら、ゆっくりと上っていけばいい。そんな悟りを得るのも、働く人としての一つの“成熟”のありかたかもしれません。

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すずき・あきひろ 富士通に新卒入社。生産管理などを経てコンサルティング営業部門に異動。経営コンサルティング会社へコンサルタントとして転職し、生産管理・設計開発・IT戦略などのプロジェクトに従事。その後、ITベンチャー企業で東京事業所設立に奔走するなか、「うつ病」を発病、療養のため退職。36歳で2人の子供と住宅ローンを抱えていたことから、「精神障害者として働くこと」を決断。リクルートオフィスサポートにうつの精神障害者第1号として入社。現在はリクルートグループの機密情報管理などの業務に従事している。