昨年10月8日、岸田首相は衆参両院の本会議で初の所信表明演説を行い、富の分配によって中間層を拡大させることなどを目指す ”新しい資本主義の実現”を打ち出した。首相は新自由主義的な政策が深刻な貧富の格差を生んだとの認識を示し、”成長と分配の好循環”のコンセプトの下、新しい資本主義の実現へ「成長戦略」と「分配戦略」を車の両輪に位置づけ、分配なくして次の成長なしと主張した。
これまでのどの政権も成長戦略を計画したが、いづれもまともな成功は無かった。それを踏まえ岸田首相は分配なくして成長なしと、新基軸を打ち出し分配の重要性を訴えた。これまでの政権は分配戦略に言及したことなく、この点で何か新しいことをやってくれると期待が膨らんだ。
首相が分配戦略で富裕層から中間層へ富を再分配するとして訴えたのは、株式や配当で得た利益に課税する金融所得課税の強化や、所得が1億円を超えると税負担率が下がっていく税制の改革だった。
政府は昨日7日「新しい資本主義」の実現に向けた実行計画を閣議決定した。しかしそこには分配の考えはどこにも無かった。金融所得課税等は経済からの猛反発があったようだし、また安倍元首相の猛批判もあったようだが、岸田首相の所信表明演説における分配なくして成長無しの考えは信念ではなく単なる思い付きだったようだ。
新しい資本主義で車の両輪だった筈の分配戦略はどこかに消えてしまい、成長戦略だけが生き延びたが、その成長戦略たるや歴代の政権と同様に馬の鼻面に人参をぶら下げる作戦の域を出ていない。
これまでの政権と同じ成長戦略一辺倒であり、異なるのはお題目だ。格差拡大や気候変動問題など社会的課題を新たな官民連携で解決し、非正規雇用者を含む約100万人を対象に能力開発や学び直しなどの支援を進める方針を盛り込んではいるが、手法は同じだ。
社会は若者中心にデジタル社会に変化しつつあるが、欧米の国々と比べ周回遅れの現状だ。この現実を直視せず馬や人参を変えるだけでは同じ失敗を繰り返すことになる。
また、個人の金融資産を貯蓄から投資へ誘導する資産所得倍増計画を打ち出した。これは莫大な個人の金融資産を貯蓄から投資に促すためであろうが、これにより個人が得をするには企業が成功した場合に限られる。これまで銀行は異次元金融緩和により莫大な資金を抱えている筈であるが、有効な投資を行えなかった。いくら投資資金を集めたところで、企業は成長しない。成長するためには資金以外の何かが欠けているのだ。
岸田首相の実行計画は経済成長一辺倒になったが、成長は必然的に格差を生む。日本社会の経済格差による分断解消は岸田首相の念願だった筈だ。税制改革の機運は影を潜めたが、首相の独自の政策を期待する。2022.06.08(犬賀 大好ー820)
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