7月6日(木)
農業の高齢化が言われて久しい。私たちが移住してきた房総地域も、その典型的な状況だった。集落の私たちが加わった農家組合でも、20戸ほどの内、専業は5~6戸で、施設農業中心の2戸以外は、私たちの親世代が担っていた。後継者はすべて、正規の勤め人で、田植えや稲刈り時だけ、何日かの有給で、手伝っている状態だった。規模の小さな農家はほとんどが小作に出し、それ以外の数戸は土木会社や建築会社の日給で働くのが主で、農繁期だけ、まとめて休んでの農業だった。稲作は、田植えと収穫以外の管理作業はそれほど複雑でなく、朝晩、日曜日の作業で、ほどほどにやっていけた。
こうした形で農業が続き、次第に機械化が、少しづつ広がっていった。そして、われわれの親世代が、リタイヤしていったとき、まだ、定年前の後継者は、圃場の規格化と、広さと、作業機械の一式そろいも引き継ぎ、休日稲作を、忙しいながらも、やり続けることができた。
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