河出書房と言えば、わたしは、思想書とか小難しい小説(佐々木中とか、千葉雅也とか、小泉義之とか)の出版社で、ここ最近も、読者としてかなりお世話になっているので、高橋和江氏も、いつのまに、哲学者になったのか、などと一瞬ボケたくもなるような案配であるが、それは、冗談として。
わが同志、気仙沼の誇る元気なおかみさんのひとり、最近では椿会の会長である和江さんのはじめての著書である。
悉皆屋(しっかいや)とは、「『悉皆』という言葉を辞書でひくと「なんでも」、「すべて」、「ことごとく」と出てきます。つまり着物のことならなんでもござれの、なんでも屋さんです。」(3ページの脚注)とのこと。なるほど。
彼女は、たかはしきもの工房の代表ということだが、そもそもは、気仙沼地元のきもの屋さん「京染めたかはし」のお嬢さんで、現在は、お母さんを継いで2代目のおかみさん。
わたしからいえば、気仙沼演劇塾うを座の敏腕の制作担当、創立時からのスタッフとして、さまざまな山を超え、喜びを共有してきた、そういう意味での「同志」である。困難に立ち向かって、成長してきた。
さて、この本は、表紙裏をみると「着物のお手入れって、お金もかかりそうだし、どうすればいいのかよくわからない…そんな方のために、気仙沼で悉皆屋を営む女将が、お手入れのイロハを豊富な写真で丁寧に解説しています。」
はじめにのところで、「私ははっきり言ってものぐさです。/こんな私がお手入れ本なんて出していいのだろうか…と、はじめは思いました。だってやることなすこと自己流もいいところで、私のお手入れ方法にはバイブルなし、先生なし。しかしこれも商売だ、と腹をくくり、自分自身が実験台となってたくさん失敗を重ね、まさに体で習得したものばかりです。」(2ページ)
なるほどね。
内容は、3つの章建てで、最初は「着物まわりのお手入れ事始め」、第2章は「魔法のお手入れ-洗う-」、そして「着物なでしこ虎の巻」と、女将が体で習得した「お手入れのノウハウ」がたっぷり紹介されている。
そして、それぞれの章末に「女将のかわら版」と名付けられたエッセイが置かれている。
その1。
「私は着物が嫌いでした。…(中略)…でも、悉皆屋である家業を継ぐと決めてしまってからには好きにならなくちゃ…と悶絶するような思いに日々苦しむ中で、たかはしきもの工房の看板商品である「満点スリップ」が生まれました。…(中略)…その一方で、もっと気楽に着物を楽しんで着ていただきたい、このままでは着物文化そのものが消えてしまうという切実な気持ちがありました。」(22ページ)
その2。
「とにかく買わせることしか考えていないところに、着物を愛するお客様は少しずつ近寄らなくなりました。…(中略)…着物業界苦難の時代だからこそ、一生懸命お客様のことを考えているお店が、どんどん増えています。…(中略)…着物を売ることよりもまず、「いかに皆さんに着物を楽しんでいただくか」を考えているお店ばかりです。」(48ページ)
その3は、「震災で知った着物の持つ力」と題して、
「私の店は宮城県気仙沼市にあります。2011年3月11日の東日本大震災による津波は、海から離れた場所に建つ私の店にも及びました。」と書きだされる。
それからの具体的な出来事は省略して、最後
「以来、私はほとんど毎日、着物を着ています。当初は、非常時に着物なんて、と思われるかもしれない、と思いましたが、余裕のない時だからこそ、着物姿をご覧いただくことで、一人でも多くの方に着物っていいな、と心和んでいただけることがあれば、と願う気持ちからでした。/あの日から大変なことはいっぱいありましたが、もうあまり思い出すことができません。でも感動したことや新たな出会いは鮮明に思い出せます。/何事も、感謝、です。」(79ページ)
贈与だな、贈与。
人類が生き延びていくための真の経済の原点は、決して「等価交換」ではない。はじめに「贈与」ありき。
与えるものは救われる、のである。
贈与があり、感謝がある。
気仙沼の商人は、決して、お金を儲けようと思って商売しているわけではない。みな、それぞれ自分が持っているものを、まわりにおすそ分けしようとしているに過ぎないのだ。その結果として、繁盛するひとは繁盛する。そういう成り立ちになっている。
気仙沼のおいしい魚を扱っているひとびともそうだ。漁民も、それを扱う仲買人や小売商も、加工業者も同様だ。
とわたしは信じている。
この本は、そういうわたしの考え方のひとつの証左となってくれる、と言っていい。
日本の着物文化の再生のために役に立つ、そしてもちろん、着物を着ようとする人に実用的に役に立つ本。そして、気仙沼の震災後の復興に役に立つ本である。
そういうことで、和江さん、まずは、おめでとうございます。
わたしも、そのうち、河出書房から本を出せるようなモノ書きになりたいものである。
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