ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

秋山真志 職業外伝 ポプラ社

2014-11-17 12:12:43 | エッセイ

 この本と、ポプラ文庫の「職業外伝 紅の巻」と同じく「白の巻」を勢いでまとめて買ったら、「紅の巻」は、この本と同じものだった。もちろん、単行本のハードカヴァーの方が読みやすいし、なによりも挿絵がカラーである。中高生も読める楽しい本、と言えばいいか。

 勢いで買ったが、いい本だった。なんというか、精神の視野を広げてくれる類いの本というか。

 著者の秋山さんとは、最近、Mixiで、すぐ引き続いてフェイスブックでお友達にさせていただいた。確か、Mixiの須賀敦子のコミュニティで少しく交わったのだった。1958年生まれで、明治大学仏文卒のフリーライター。私は、56年生まれ、埼玉大教養学部で仏文を少しかすった程度だが、ほぼ同世代で、学んだこともやや重なりはあるといえる。

 「外伝」といえば、思い浮かぶのは「カムイ外伝」ということになるが、物語の本筋とは離れて、脇筋を描くもの。そういえば、スピンアウトとか、最近聞く(映画の何とかシリーズの脇役を主役に持ってきて別筋を描くという)が、つまりそれが外伝か。

 この本が「外伝」と称される理由は、あとがきにも明確には書いていないようだ。ただ、こういうことが書いてある。

 

 「ボクは動植物に絶滅危惧種があるように、職業にもそれがあると思う。…(中略)…果たして五十年後、百年後、ここで取り上げた職業のどれが残っているのか、神のみぞ知るところである。」(あとがき)

 

 世にたくさんある一般的な「職業伝」、ルポであったり、就職活動用のガイドブックであったり、そういうものは、大多数の学生たちの役に立つ一般的な職業の紹介であるはずである。

 そこで紹介されている職業は、大会社のサラリーマンや、公務員、教師、職人であれば大工、左官、あるいは美容師、理容師、芸術家も出てくるだろうが、画家や音楽家、デザイナー、プロスポーツ選手、プロ棋士、まあ多種多様な職業が出てくるには違いない。

 そういうなかで、著者が紹介しようとするものは、まあ、普通ではないものだ。本当に数少ない、日本の人口の割合からいけば、ほとんどゼロ%といって良いようなもの。ほんとうの社会の片隅の脇役の脇役としか言えないようなもの。「その他大勢」ではなくて「その他の無勢」みたいな。

 (念のため、急いで付け加えれば、私が「脇役」だと言っているのは、人口のなかでの割合のことを言っているのであって、役回りの重要性のことを言っているのではない。秋山氏も、それらは「天職」であると言っている。)

 そういう意味で、この本は「外伝」である。

 ここで取り上げられるのは、飴細工師、俗曲師、銭湯絵師、へび屋、街頭紙芝居師、野州麻紙紙漉人、幇間、彫師、能装束師、席亭、見世物師、真剣師。

 特に若い世代にとっては、この名称を見ただけでは、いったい、どんな職業のことなのか分からないものが多いに違いない。実は、私も、よくわからないものがあった。

 ふつうに、学校を出て、就職してというふうに、一般的にルートが見える職種はひとつもない。伝統芸能の世界できちんと位置づけられたものもあるけれども、どちらかと言えば、ルートからは外れたような、極端に言えば「裏社会」の側にあるような、そんな仕事もある。

 簡単に、説明しておくと、「飴細工師」は、縁日の屋台で、柔らかい飴を細工して、鳥や人形などを造形して売る人。「俗曲師」は、寄席の色物として落語の演目の間に三味線で唄う人。「銭湯絵師」は、銭湯の富士山のペンキ絵を描く人。「へび屋」は、蛇の黒焼きを薬として売る人。「街頭紙芝居師」は、街角で、子どもに飴など駄菓子を売って紙芝居を語り聴かせる人。「野州麻紙紙漉人」は、群馬県(上野の国=野州)で、麻の繊維の和紙を作る職人。(ふつうは和紙は、コウゾやミツマタという木の繊維から作る。)幇間(ほうかん)は、ふつうは「たいこもち」と呼ぶ。料亭などで芸者さんと一緒に宴席に侍り、お客さんの機嫌をとる芸人。「彫師」は刺青を彫る人。「能装束師」は、京都西陣で伝統芸能の「能」に使う衣装を織り上げる人。「席亭」は、寄席の亭主、落語などを聴かせる劇場の経営者。「見世物師」は、お祭りの縁日で見世物小屋を興行する人。グロテスクな珍しい見世物をする芸人を雇って、仮設の小屋を作って、入場料を取って商売する人。お化け屋敷なども含む。「真剣師」は、仕事としてお金を賭けて将棋を指す人。場合によっては、ゴルフやボウリングのレッスン・プロのように将棋の指導料を取って暮らす人。

 と、まあ、そんなところ。私流の解説だが、まあ、そんなには外れていないだろう。

 いろいろ、あるものです。

 このあと、「白の巻」という続刊が出ていて、文庫化もされているとのことで、評判の本ということにはなるのだろうが、実際、読みがいのあるとても良い本だと思う。

 文庫版の「紅の巻」には、追記として「それぞれのその後」が加えられている。これも、興味深いものだ。

 

 「幸い筆者の願い通り。これらの職業をリアルタイムで知っている中高年だけでなく、「自分に合った職業とは何だろう」と模索している若い読者もついてくれた。就活サイトなどでも話題になったようで、多様な職業観が少しでも役に立ったのならば、望外の喜びである。」(文庫版358ページ)

 

 中高生、そして大学生と、これから一般社会に出て就職しようとする若い人々にとって、前途は希望に満ちて、とばかりは行かず、それぞれ大きな不安を抱えているものだと思う。「いい大学を出て、いい会社に勤める」、さもなくば「マスに流行するスターになる」みたいな流れに乗らなければ、人生は失敗だ、みたいな思い込みを刷り込まれた若者も多いはずだ。それは、もちろん、おおかたの大人もそういうものであろう。

 この本は、そんな狭い枠組みを取っ払ってくれる。読者に、広い視野をもたらしてくれる、そんな類いの本である。私にとっても思いがけない出会いであったし、息子にも読んでほしい本である。

 (ちなみに、気仙沼図書館にも、文庫版2種、紅白と揃っています。ご利用のほど。)


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