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気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

古市憲寿「誰も戦争を教えてくれなかった」講談社

2013-10-27 23:52:35 | エッセイ

  ハードカバーである。この1985年生まれの若者は、もう3冊も、講談社からハードカバーの本を出している。うらやましいことだ。

 慶応のSFCを出て、東大の院で、社会学を学んでいる。まだ、大学院生だが、すでに社会学者である。

 いつものように、軽い語り口。世界各地の(日本を含む)戦争博物館、平和博物館をめぐり歩いたルポルタージュ。まあ、そんなに、赤線引くような個所はないだろうと読みはじめる。さらりと読み流すような。

 ところがところが、であった。

 この本は、実はダークツーリズムの本である。ダークツーリズムを実践した記録。ダークツーリズムと言えば、最近は、東浩紀であるが、福島へのダークツーリズムの本はまだ出ていない。前半となるチェルノブイリの本は発行済みである。この本でも、東の「チェルノブイリ・ダークツーリズムガイド」は参照されている。

 「アウシュビッツやザクセンハウゼンなど『負の遺産』を巡る旅を、最近はダークツーリズムと言う。/シェークスピア以来、『戦争の魅力』や『戦争の楽しさ』が語られてきた。だけど実は、それと同じくらい『死』や『暴力的』で『グロテスク』なものは、魅力的なのだ。日常では決して目にすることのない死体の山、多くの人を殺戮したガス室、生体実験の繰り返された実験室。/そうした『死』を想像させる『暴力的』で『グロテスク』なものは、多くの芸術作品で繰り返し描かれてきた。目を背けたくなるくらい残虐なものは、同時に魅力的である。/いくら『戦争の恐ろしさに向き合うために来た』とか真面目なことを言ってみたところで、ダークツーリズムは、楽しい。わくわくしてしまう。」(76ページ)

 楽しいダークツーリズム。いささか軽い。しかし、決して不真面目なわけではないようである。

 国家とは何か。歴史を参照し、先学を学んで、考察を述べる。

 「人類はずっと戦争をしてきたらしい。もしそうだとすれば、軍隊をなくせば戦争がなくなるというのが、まったくの嘘だということになる。仮に兵士や常備軍を廃止できたとしても戦いのスタイルが先史時代に戻るだけだからだ。」(249ページ)

 「だとすれば、平和を作り出すためには、暴力をコントロールする存在が必要になる。それが『国家』だ。『国家』とはあるエリア内で、暴力を独占する団体のことである。…国家が独占する暴力のことを『主権』というので、近代国家は主権国家と呼ばれる。」(250ページ)

 なるほど。

 私は、1956年生まれだが、当然、戦争は知らない。親は戦争を知っているし、話には聞いているが直接には知らない。古市憲寿は、われわれの息子の世代である。われわれから又聞きするにしても、なおさらに戦争を知らない。それはかれらの責任ではない。「誰も戦争を教えてくれなかった」のだ。

 風化。戦争の記憶は風化していくのかもしれない。失われていくのかもしれない。

 「しかし、何も平和な時代の、平和な場所に生まれたことを、恥じる必要なはない。…あの戦争から70年近くが過ぎ、それを『大きな記憶』として再構築していくのは非常に困難だろう。あの戦争はもはや古すぎる。」(282ページ)

 「僕たちは戦争を知らない。/そこから始めていくしかない。/背伸びして国防の意義を語るのでもなく、安直な想像力を働かせて戦死者たちと自分を同一化するのでもなく、戦争を自分に都合よく解釈しなおすのでもない。/戦争を知らずに、平和な場所で生きてきた。/そのことをまず、気負わずに肯定してあげればいい。」(287ページ)

 しかし、古市のこの言葉は、何も見ずに安直にそう語っているのではない。知らないでそのまま放っておいたわけではない。世界の様々な国の「戦争博物館」を見て回って、その背景を学んで、そう語っているのだ。「知らなくていい」と語りながら、語り継いでいるのだ。このすぐれたルポルタージュは、特に若い世代にとっては、一読に値する。読みやすくもある。

 歴史上比類のない「平和な場所で生きてきた」。そのことをこそ、次の世代に伝えていこうとすることは大切なことに違いない。

 さて、古市は、茨城県の予科練平和記念館も訪問している。私の父は、震災直前に亡くなったが、大正15年生まれ。戦時中には予科練に志願して、霞ヶ浦近くの土浦航空隊で訓練を受けた。終戦時には、一等兵曹か二等兵曹だった。

 その記念館の「展示の中心は空なのだ。開口部が大きく設けられた館内からは、とにかく空がよく見える。…銀色のキューブを積み重ねたような建物は、空の色に合わせて表情を変える。特に青空はこの記念館によく似合う。」(219ページ)

 父のことも重ねて、予科練の展示館に青空がよく似合うということは、その通りなのだろうと思う。

 


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