著者は、東京大学医学部卒の精神科医、昭和大学医学部精神医学教室準教授。うつ病の薬物療法、統合失調症の認知機能障害、精神疾患と犯罪などを主な研究分野とする、とのこと。
読んで、あまり元気の出る本ではなかった。フロイトから始まって、河合隼雄、北山修、齋藤環、さらにラカンに関するものなど、精神分析関係の本を相応に読んできたものとして、この本は、「膝を打ちながら読み進められる」類いのものではない。
「診断においては、病気の「ニュアンス」「匂い」といったものを、直観的につかみ取ることが必要な場合もしばしば見られます。…(中略)…病気のニュアンスをつかむためには、医師としての技量と直接関係しない、ある種のセンスが必要なようです。/しかし、この直観は単純な直感ではなく、臨床経験や医学的な知識に裏打ちされたものでもあります。…(中略)…名医と呼ばれる人たちは、顔色や体型、あるいは歩き方などから患者の病理をかなりの確度で言い当てることができました。」(9ページ)という「はじめに」の記述は、まさしくその通りと思う。なにかセンスのようなものが必要であるというのは確かなことに思える。
で、あまり元気がでないというのは、たとえば、次のようなところ。
「統合失調症に対する治療は、薬物療法が基本です。…(中略)…統合失調症に対する薬物療法の有効性は高く、良好な回復が得られることが多く見られます。」(74ページ)
「統合失調症においては、精神分析的な手法を用いた精神療法(カウンセリング)は効果がないばかりか、症状を悪化させることがよく起こります。これは、彼らがストレスに対して脆弱であり、過去の辛い出来事を思い出すことなどによって容易に混乱状態となり、再発まで至ることがあるからです。…(中略)…/しかしこのことは、十分に時間をかけた面接や相談が無意味ということではありません。」(76ページ)
このあたりは、まあ、そういうことなのだろうなと思う。精神分析は、ヒステリーとかノイローゼとか神経症に対しての療法として生み出されたものであり、統合失調症に対しては、あまり有効ではないとされてきたはずだ。まあ、いろいろ説はあるようだが。
それで、以下のようなところが、私などにとってみれば、いかがなものなのだろうと思ってしまうところだ。
「精神医学の教科書は、神経症の原因について、ジクムント・フロイトが提唱した精神分析の理論によって説明していることがよくあります。…(中略)…/ここで精神分析に対する批判を詳細に行うことはしませんが、精神分析の理論については医学的に実証されたものではないこと、精神分析に基づく治療(精神療法)は有効性が見いだせないばかりか、しばしば精神症状を慢性化させたり悪化させたりすることを認識していただきたいと思います。/つまり、精神分析による神経症などに関する理論は、過去の遺物であるということです。精神分析は単なる仮説に過ぎず、フロイトの概念は医学的に実証されていないものです。」(84ページ)
まあ、それはそうなのかもしれないけれども、なんというか、薬物に対しては大きく寛容で、精神分析等のカウンセリング、精神療法に対しては、大きく非寛容だ、というふうに思えてしまう。
薬物も、効くときは効くし、効かないときは効かない、ということは、この本でも述べられている。カウンセリングも有効なときはあるし有効でないときもある、ということでは変わりがない。
たとえば、河合隼雄の本を読むと、箱庭療法のことなども含め、非常に説得的である。カウンセリングの有効性は疑いがないように思われる。
個人的には、精神分析的な知見や、カウンセリング的な手法は、人付き合いのうえで、相当に役立っていると思ってもいる。
精神分析について、個人的に思うことというレベルに過ぎないが、確かに幼少期の性的なトラウマにこだわり過ぎている感じはあって、なんというか、個人の精神史、人との関わりの長い経過の結果として、そのときそのときの人間がある、そこを解きほぐしていくことこそが精神分析だといえば、そのとおりで、それでいいのではないか、と思ったりしている。人間が生きて、子孫をつないでいくということ、その全体が性的なことである、というのも全くその通りだと思うし。ただ、ほんとうに幼い頃の性的な出来事、経験がすべてを決するみたいなことだと、確かにちょっと違うかもしれないとも思う。
しかし、この本全体を通して、薬物OK、カウンセリングNOというメッセージを発している感じは、アンチ精神分析という立場にとてもこだわっているからなのか、バランスを欠いている感は否めないように思う。
この本を読んで、頭から精神分析は下らないとか、読む必要がない、などと思ってしまうと非常にもったいない、とは思う。精神分析に関わる本は多数あるし、読めば豊かなものはある。人間とはどういうものかという問いに対して、非常に豊かな答えを与えてくれるものだ。そういう機会を奪われるということになれば、これは相当にもったいないことだ。
もちろん、よく読めば、いろいろな精神的な障害、病について、ある手段が有効である場合もあるし、有効でない場合もあるということをきちんと書き込んでいるのではある。
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