著者は、内田樹氏のほか、経済学者の石川康宏神戸女学院大学教授、グリム童話翻訳のドイツ文学者・池田香代子氏。
かもがわ出版の「若者よマルクスを読もう」のシリーズは、2010年、2014年とすでに2冊出版されており、3冊目の企画も進んでいるらしいが、内田氏らもなかなか忙しく、進行順調とは行かないようで、番外編として、ヨーロッパツアーを組んで、その記録を本にしたという経緯らしい。ちなみに、家の書棚をみると、1冊目は、買って読んでいた。
内田氏は、私にとって現在の社会の有り様を知り、いかなる態度で生きるべきかを学ぶべき師と仰いでいるが、出版点数がかなり多いので、必ずしも全部は追っかけていない。内田氏の盟友平川克美氏も、読ませていただいているが、そちらは割合としてはそれなりにカヴァーはしているところだ。この二人組の思想は、いま、いちばん、ぴったり来ていると言っていい。
この本は、内田、石川、池田、3氏の、移動中の飛行機内や、バス車内などでのマイクを片手の講演、対談を聴き、ドイツ、イギリスのマルクスゆかりの地を訪ね、関連でグリム童話のグリム兄弟ゆかりの地を訪ねた記録、ということになる。
気軽に読みやすく、しかし、うんちくも深い、ためになる書物である。
第一部ドイツ編「歴史の中でマルクスを読むこと」、最初の内田氏の発言は「マルクスとアメリカの関係について」、石川氏の発言は「一九世紀のマルクス、二〇世紀のマルクス」そのあと、対談と質疑。
第二部はグリム編「ドイツ三月革命とフランクフルト憲法」で池田香代子氏の講演。グリムは、書斎にこもった文学者ではなく、近代ドイツ建国に大きな役割を果たした存在、憲法の父とも称すべき存在で、マルクスにも大きな影響を与えた人物のようである。
第三部は、イギリス編「『資本論』誕生の地で資本主義を語る。石川氏の発言「資本主義とは何か、資本主義社会の変え方」、内田氏の発言「受肉している資本主義、していない資本主義」。
「受肉している資本主義」とは、イギリス、ドイツのこと、「受肉していない」とは言うまでもなく日本のことである。日本の資本主義は、頭でっかちで、地に足がつかないところがあるらしい。
「ひるがえって、日本はどうかというと、日本の資本制生産様式って「受肉していない」という感じがするんです。紡績工場のメカニズムにしても、完成したシステムを日本に持ってきた。完成するまでのプロセスがすっ飛ばされている。…いきなり完成形がどんとやってくる。とすると、労働者の側からすると、この機械には「取りつく島」がない。」(204ページ)
「(日本などは)資本主義が人間の顔をしたシステムだった時代を知らない。だから、のちになってマルクスを読んだり、さまざまな社会主義の文献を読んだりして、革命運動を組織していった国においては、収奪する装置が「受肉」していないし、それに対する反対運動にも十分な身体性がない。労働者の身体が自分を収奪する身体に向き合うのというのではなく、抽象的な収奪のメカニズムに対して、抽象的な「政治的正しさ」が対峙する。身体と身体ではなく、理屈と理屈が向き合っている。バーチャルなものとバーチャルなものが対立する。これが、やっぱり、資本主義の発展段階を順番にたどってきた国と、できあがったシステムを輸入した国との一番大きな違いじゃないかという気がする。」(205ページ)
今回、ドイツ、イギリスと旅をして、人間の顔をしたシステムだった時代の痕跡を実際に見てきた、「受肉した資本主義」の歴史を実際に目にしてきた、ということらしい。
最近、アメリカをはじめ各国で、社会民主主義的な政策が若者の支持を集め始めているようだが、それは、行きすぎた資本主義の、バーチャルに数字だけが踊ってているかのような過剰な利潤追求に対抗して、生身の人間が生きている、そのことを対峙して行こうとする、そういう動きなのではないかと。
「これを見ていると、…『生身の人間のバックラッシュ』という感じがするんです。ウォール街でお金を儲けている人たちって、もう生身の身体を持っていない。…ディスプレイの上の数字が増減するだけで、キーボードを叩いているうちに個人資産が天文学的に増えていく。自分がどこの国のどんな労働者を搾取し収奪しているのかが見えない。」(206ぺーじ)
「マルクスの時代であれば、…誰が誰から収奪しているのかじつに分かりやすかった。でも現代は違います。それが分からない。システムに顔がない。身体がない。捉えどころがない。誰がそこから受益しているのか、誰がそれを制御しているのか、それさえ分からない。にもかかわらず収奪の強度はますます増大している。これが資本主義が『進化の極限』に達した姿なのだと思います。」(207ページ)
と、まあ、こういうようなことが、実際の旅の経過のなかで語られていくというわけで、私の感覚としては、とても読みやすく分かりやすい書物になっていると思うところである。
ところで、石川氏は、共産党系の学者とのことで、それについては何かと言いたいこともあるというか、若干注釈めいたことを述べたい思いもあるが、この本を読む際には、そのあたりの先入観はとりあえず脇に置いておいて読み進めるという風であったほうが良いものと思う。
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