塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

手間暇をかけることの大切さ

2019-02-07 19:04:04 | 日記
 僕は手元にジーンズが3本あります。

 一本はエドウインの503ゼロステッチ、つまり両脇を無縫製で仕立ててあるジーンズで、履き心地が格段の向上したものです。

 プーマが2006年、イタリア代表に無縫製のジャージを提供し、優勝したことは記憶に新しいところですが、現在はサッカージャージでけでなく、競泳用の水着も同様の仕立てと聞きます。

 一本はリーバイス511の中古加工品
 
 細見のシルエットでありながら、抜群のストレッチで実に動きやすいジーンズです。

 もう一本は岡山に本拠地を置く、ベティ・スミスのジーンズ。

 1950年代後半のリーバイス501XXをモチーフにしたであろう、赤耳つきの綿100%のジーンズです。

 いささか太目のシルエットは、ジーンズが本来持つ無骨さを味わえるとともに

 「ああ、そうだよ、ジーンズは本来こんな固い着心地だったよなあ」
 「こうして体に馴染んでゆくのを、皆楽しんでいたもんだ」

 と感じましたね。

 それだけ変わってゆく着心地と感触が嬉しくて、手入れ用品にも気を使う、というわけです。

 今、背広でもブレザーでもストレッチやクールマックス、ソロテックスなど、洗えて気軽に着用できる素材が多くなりました。

 それだけ現代人は多忙、忙しい、時間がないという意味なのでしょう。

 僕は大学時代、毎日自炊をしていましたが、アルバイト先で自炊をしていることを話すと

 「いいや、スーパーの総菜を買えばいいよ」

 と驚かれたものですが、コンビニで弁当を買う方は、それだけ食事の用意がしにくい、という生活なのでしょうね。

 逆に言うと、だからこそ手間をかけても良い商品があると思うのです。

 僕はパンツプレッサーが手元にありますし、アイロンがけ、スチーマーでの手入れが全く気になりません。

 それは体の手入れと同様に、服も自分で手入れをしたらよいと思うためです。

 ですからサッカー・スパイクも、より気軽に着用できる素材が今後も増えてゆくのでしょうが、本革で手入れ手順を学ぶことも悪くないと思いますね。
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開発、刷新のサイクルを高めること

2019-02-07 17:08:55 | 日記
 今日、ガソリンスタンドで給油した帰り、日産自動車の横を通りました。

 ルノーとの協議で経営陣の刷新を求める日産ですが、経済紙によると刷新を終えても難しい局面にあるそうです。

 日産はノート、セレナ、そしてリーフと最先端の技術を投入した車種が多いことは事実です。

 しかし、車そのものの設計が古いものが多く、日本市場ではホンダやトヨタの牙城を崩すまでには至っていないといいます。

 日産の軽自動車と言えば、「デイズ」「デイズ・ハイウエイ・スター」「デイズ・ルークス」が有名ですね。

 しかしホンダはN-BOXを刷新し、爆発的な販売台数を得ています。また

 スズキ ワゴンRという看板商品の他に、アルト、スペーシア、ラパンと幅広い構成
 ダイハツ トヨタの傘下となり、大きな販売網を持つ

 というように、日本市場ではやはり軽自動車、ハイとワゴンの人気は突出してます。

 つまり、新機能、新デザインを開発すべきサイクルが短くなっており、ディーラーではその最新作があればあるほど、訴求効果が高くなります。

 ナイキが考えていることも同様かもしれません。

 ファントム・ヴィジョンとファントム・ゲノムの開発は、当然ナイキの威信を示しています。

 一方でゼビオに代表される大型店では、当然アシックス、ミズノという国産ブランドも扱いが大きいでしょうし

 ナイキ担当の店員に大きな訴求力を持たせる
 技術開発の速度を速めることで、他社に重圧をかける
 最先端のデザインで選手、若者を魅了

 という効果があるように感じます。

 僕は軽自動車で満足していますので、将来セダンやミニバンにお金を使うことは無いように思います。

 ただ、僕が次回車を買い替えるときは、自動車保険も含めて世相は大きく異なっているのでしょう。
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信念は貫くべきか、融通をきかせるべきか

2019-02-07 01:44:57 | 日記
 新年を曲げずに戦い、多くの批判や罵声を浴びることと、現実を見据え信念を曲げて結果を残し称賛されること。

 指揮官にとって胸が痛まないのはどちらなのでしょうか。

 アジア杯開催国のUAEは4強でその歩みを負えました。

 指揮官のザッケローニはホスト国として4強での敗退は無様であるとして辞任の意向のようです。

 一方でUAEの戦力は脆弱であり、彼はよくやったとねぎらう声もあるようですが。

 ザッケローニが日本代表監督時代、4-2-3-1を基本にしながらも十八番の3-4-3を根付かせたいと考えていましたよね。

 むしろ現実を直視すれば、3-4-1-2という案もあったと思います。

 3-4-3よりも3-4-1-2ならば

 1・香川をトップ下で起用し、岡崎と本田で2トップが組める
 2・両翼に内田、長友と配置し、バック3の前で長谷部と遠藤が舵を取る

 という、日本の選手が慣れた形で戦うこともできたはずです。

 しかし、この3-4-1-2はミラン時代のザッケローニにおける妥協の産物であり、スクデットを得たものの苦い味わいだったに違いありません。

 ザッケローニは自身の哲学を押し曲げて現実を直視するくらいなら、十八番で戦い敗れることを希望した、とは言いすぎでしょうか。

 ワールドカップ2014の対戦相手は、4-2-3-1、4-4-2と3-4-1-2と相性で上回る形でしたし、日本代表が4-2-3-1を用いたことは妥当でしょう。

 今後も日本代表は、アジアでは対戦相手からすれば厄介な相手でしょうが、ワールドカップでその立場が逆転する矛盾と向き合う必要上がります。

 その際、指揮官はどのような決断を下すのか、気になります。
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権力闘争に疲弊しないものなのか

2019-02-07 01:29:59 | 日記
 塩野七生さんの作品「十字軍物語」が全4巻で文庫化されました。

 僕は2巻までを購入し、今は1巻の半ばあたりまで読み進めています。

 冒頭では神聖ローマ帝国皇帝ハインリッヒ4世が、ローマ法王のグレゴリウス7世に雪の中で許しを請うた、「カノッサの屈辱」の背景が描かれています。

 十儒軍の発起も、要は皇帝と法王の権力争いが

 「神がそれをのぞんでおられる」

 という言葉にすり替えられた形の結末かと思うと、我が国の統計問題が小さく見えるほどです。

 中世にみられるこの権力闘争、何だけ現在欧州クラブにみられる、指揮官とオーナーの対立構造に似ていませんか。

 よくチェルシーはその舞台になります。

 アブラモビッチはモウリーニョ、グラント、コンテと折り合いが悪い、暫定監督を簡単に追放してきた過去を持ちます。

 ヒディンクのように緊急指名でありながらも、上々の結果を出した指揮官もいれば、ヴィラス・ボアスのように出だしから躓いた指揮官もいます。

 ディ・マテオにベニテス、チャンピオンズ・リーグとヨーロッパ・リーグという、欧州での優勝を得た指揮官も、政権の安定にはなりませんでした。

 単なるこらえ性の無さなのか、何か思惑があるのか。

 インテルもモラッティ時代から、頻繁に監督交代を行っています。

 これはアブラモビッチとは様相が異なり、モラッティの場合はインテルを気にするあまり、少しでも調子が悪くなると、監督交代こそが最善策という思いがあるのですね。

 プレミアは監督の個性もそうですが、オーナーの個性が強いことでも知られています。

 権力闘争というのは、現代における宗教(サッカークラブ)の政権対立なのかもしれません。
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