塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

インテルミラノの大蛇の間柄

2022-01-09 20:58:48 | 日記
 旧約聖書において、イブにおいしいから食べなよ、とりんごを口にするようそそのかしたのは「蛇」ですね。

 結局イブは誘惑に負けてリンゴを口にしていしまい、アダムと共に楽園を追放されるわけですが、実は蛇の方もそれまで脚が罰によって無くなり、現在のように地を這う形で生きるようになります。

 実はこれ、聖書における戒めという点もあるのでしょうが、実際蛇には過去、脚が生えていたという証拠がすでに証明されており、なかなか侮れないのですよ。

 ギリシャ神話の中でペルセウスが征伐した「メドゥーサ」

 頭には数えきれないくらいの「蛇」がうごめていており、ピーテル・パウル・ルーベンス、カラバッジョなど、絵画の世界でも蛇は重要な題材なのですが、基本蛇を好む方はまずいません。

 ですからインテル・ミラノがイタリア語で大蛇を意味する「ビショーネ」を旗頭にしていることは、西欧社会ではある意味特別のように思えます。

 中世ミラノはヴィスコンティ家によって統一され、現在に至りますが確かその象徴が大蛇だったように記憶しています。

 人々から忌み嫌われる生き物が象徴、というのも不思議な話ですが。

 インテルをサポートするナイキは、今季伝統の縦じまを廃止して蛇のうろこを連想させる、画期的な発案を行ってファンの度肝を抜きました。

 ただ振り返れば2011シーズンのアウエイモデルの方が、ある意味で強烈でしたね。

 この年のインテルは

 1・チェゼーナから日本代表の長友佑都が加入
 2・FIFAワールドカップで優勝
 3・指揮官がラファ・ベニテスからレオナルドへ交代

 という紆余曲折の一報でナイキはビッショーネを「透かし」の形でデザインするという、驚きにデザインを投入します。

 このアウエイ・モデルの評価は上々で、この時の手ごたえが今季につながったのではないでしょうか。

 ただ、保守的なファンからすれば、縦じまのないインテルなど考えたくもないのでしょうが。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

采配よりも服装で批判されたドゥンガの例より

2022-01-09 20:41:20 | 日記
 2度もブラジル代表の指揮官に指名されながら、目立った成績を残せなかったのがドウンガです。

 鹿島アントラーズが2022年、伝統から脱却し日本人指揮官、ブラジル指揮官、いずれも選択しなかったのは選手と異なり、ブラジルでは指揮官が枯渇しているためと言います。

 そのドウンガは第一次政権でナイキの公式ジャージ、ブラジル代表公式スーツでもなく、娘が選んだという派手なシャツを着用し、むしろ試合結果よりも彼の服装の方がマスメディアから糾弾されるという、珍しい体験をしています。

 それくらい指揮官がベンチで見せる表情と佇まいは、ファン心理に大きな影響を与える、というわけですね。

 逆に言いますと、森保一代表監督のように提供されている公式スーツの着用は

 ごくごく当たり前の光景、基本である
 逆にマスメディアの批判から(自身の服装)自分を守ることになる

 という事がわかります。

 1998年の第一次岡田武史政権時代、ワールドカップのベンチ入りにおいてスポンサーのアシックス・ジャージで腰掛ける指揮官の姿を批判する声もありましたが、私服で指揮を執るよりも選手たちと同じ格好をすることは、考えとして尊重できると僕は今でも思います。

 クラブレベルでいえば

 グアルディオラやチャビ・エルナンデスのように、デニムのセーターのようなラフな服装
 ディエゴ・シメオネのように、ネクタイをしないが上着は羽織る形
 セリエAでよくみられる、完全なるスーツ姿

 というように、指揮官の考えはそれぞれ異なります。

 服装は二の次で一番大切なのは采配であることに変わりはありませんが、服装は指揮官の思想を表明する大切な要素だからこそ、皆が注目するという側面はありますね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

指揮官の本懐は指揮を執る事

2022-01-09 20:32:00 | 日記
 カテゴリーを問わずJクラブも続々と新体制、新スポンサーが発表されています。

 例えばAC長野パルセイロは、例年通り新体制発表会で新ジャージを公表しますが、ペナルティとの契約が続行なのか、それとも新スポンサーが手掛けるのか、という楽しみはあると思います。

 僕は推測ですが今季もペナルティのお世話になると想像しますが。

 Jクラブの番記者たちは心のどこかで

 「Jクラブも新庄ビッグボスのような監督が登場しないだろうか」
 「あれくらいマスメディアへ露出があれば、僕たちの仕事も楽になるのに」

 と思っているかもしれません。

 落ち着きましょう。
 羨ましいと思わずに冷静になりましょう。

 確かに「ビッグボス」というあだ名から、ジャージ、北海道日本ハム・ファイターズの公式スーツも着用しない新庄新監督の言動は興味深いと思いますよ。

 キャンプインの時に初めてファイターズのジャージがお披露目になるのですから、その点を新監督は考慮すみのはずです。

 でもいいですか、彼はまだ一番大事である采配、マネージメントを何一つ行っていませんよ。

 僕は不躾である意味傲慢だと思いますが、Jクラブの指揮よりもプロ野球の監督の方が、時間は充分与えられていると思っています。

 毎年わずか6球団で優勝を争う
 しかも3位に入れば優勝の可能性すらある、改善の声がこれだけあるのに一向に見直されないプレイオフ
 Jリーグのような降格制度もなければ、監督の首は簡単に飛ばない形

 これだけ見てもjリーグを含むサッカーの世界が、監督にとって忙しない立場を物語っていますよね。

 新庄剛志新監督を讃える、凄いねというのは勝手ですが、そのプラスの評価は明らかに早いでしょうと僕は感じます、

 森保さんが仮に、ダンヒルの公式スーツを着用せず、自分で選んだ服装でベンチ入りしたならば、逆にそれだけで罵声を批判の嵐ですよ。

 そこにはマスメディアの悪意も感じられる記事になりそうですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする