塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

後継者という切実な姿

2022-01-15 19:47:36 | 日記
 僕のご近所で最近、空き家が2件解体されました。

 僕の地区では明日、行事を受け持つ役員会議が行われ、勤務で出かけることのできない僕の代理で母が出席します。

 「今は人口が少ないからな。すぐに役員の任務がくる」
 「場数を踏むことは大切だ」

 と両親はこぼしますが、町工場だろうが大企業だろうが、そして市町村だろうが等しく「後継者」という問題を抱えています。

 アディダスはレオ・メッシ以後、誰を目玉に据えるでしょうか。

 何となくで恐縮ですが、彼の役目をポール・ポグバは背負わない気がしますし、モハメド・サラーもレオ・メッシの前では当たり前ですが「分」が悪いと言わざるを得ません。

 アディダスは多くの契約選手を抱えていますし、何かプロモーションをしなくとも選手が勝手に指名してきます。

 ただ、その点に胡坐をかいても仕方がないでしょうし、ナイキはロナウド以後をアーリン・ハーランドとキリアン・エムバッペにすると思いますし、プーマは案外ネイマールを超えて三笘薫ならないだろうか、と想像します。

 アンダーアーマーとメンフィス・デパイ
 ニューバランスとサティオ・マネ

 のように主力選手が契約を延長するのか、移籍するのかでやきもきするブランドからすれば、アディダスの悩みは贅沢なのでしょうか。

 今挙げたブランドは、サッカースパイクの歴史が浅いため、ミズノが手掛ける復刻企画「リビルディング」のような、過去のオマージュをファンに与えることができません。

 「モレリアはそうだ、カレカのために作られたよね「
 「リバウドはウエーブカップを履いていたな」

 とスパイクは名手の姿を浮き彫りにします。

 こうしてみますと、スパイクが選手とファんに受け入れられることは、当たり前のようで凄いことだと実感せざるを得ないですね。
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スペイン・スーペルコパはサウジアラビア開催でした

2022-01-15 19:15:12 | 日記
 FCバルセロナとレアル・マドリードで行わたスーペル・コパですが、この対戦はスペインではなくサウジアラビアで行われました。

 イタリアもリーグ王者とコパ・イタリア王者が対戦するスーペル・コパを国外、過去にイタリアで行いましたが、これは日本でいうこれまでのゼロックス・スーパーカップを、テヘランやマスカット、リヤドなど中東の大都市で行うような形ですよね。

 新型コロナうウイルスの拡大が全世界で問題となる
 英国ではボリス・ジョンソン首相の退陣を、与党も野党も求めている

 というのに、サッカーはどこか「呑気」に思えます。

 渡航にはリスクがありますよ。

 ただそれ以上に減収を賄うためには、そのリスクを背負いお金を儲けることが大事、ファンの拡大を海外に求める、という発案なのでしょう。

 僕はGM(ゼネラル・マネージャー)、GD(ゼネラル・ディレクター)、SD(スポーツ・ディレクター)の違いが判らないのですが、いずれにしても首脳陣は自国の枠を飛び越えることが大事と考えているようです。

 スーペルコパは該当クラブがふたつだけですし、確かにリーグ戦ではありませんから、ホームとアウエイという従来の価値観からは外れてはいません。

 ただお金を稼いでも
 
 1・選手が移動と試合の疲れをリーグ戦に引きずってしまう
 2・中東特有の気候があだとなり、選手は健康を害してしまう
 3・時差の問題、けが人の問題

 などが噴出してしまえば意味はないように感じますがね。

 ワールドカップ2年周期も行き着くところは「お金」でしょうが、仮にこの議題が可決したとしましょう。

 しかし可決した事柄は元には戻りません。

 本当に必要な価値はお金か、ワールドカップという大会そのものか、冷静に判断してほしい物です。
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香水皆さんは必要ですか

2022-01-15 18:03:09 | 日記
 日本から渡欧し、サッカーだけでなく様々な日常生活の違いを選手たちは感じています。

 そのひとつに「香り」があるかもしれません。

 フランスは多様な香水を生み出してきましたが、美術史や西洋史に精通している方ならば、フランスの衛星概念は最悪という言葉では伝えきれないほどの最悪さで、現在も入浴の概念がさほどではないはずですし、日本のような公衆トイレの設備も備わっていないようですね。

 ヴェルサイユ宮殿はその荘厳さで知られますが、ルイ14世は歯を磨くことも入浴もしませんでした。

 入浴はキリスト教徒の大半が堕落するという観点からおこないませんでしたし、口臭も体臭もひどいものでしたから、香水をふりかけることでにおいを「香り」に変化させるという、ギミックで体操するしかなかったのです。

 サッカーでいえば4-2-3-1を守備の際に4-4ー1ー1に変化するような形でしょうか。

 一般人も家庭の糞尿を窓から放り出していただけですから、道路の悪臭は本当にすさまじかったと思いますよ。

 ですから西欧人が

 「日本人は香水を使わないね」
 「どうしてそこまで体臭やにおいに敏感ななのか」

 と問いかけるのであれば、すぐに

 「日本はあたなの故郷とはことなり、古来より衛生に優れていたのですよ」
 「良かったですね、公衆トイレも含めて清潔な手洗いを使用できて」
 「日本に香水ではなく、匂い玉というむしろ素敵な存在が平安時代からありましたよ」

 と返答するでしょうね。

 でも選手たちは率先して香水を楽しむようですから、順応という点では大事なのでしょうが。

 欧州文化がすべてではないという当たり前のことを、僕たちは忘れがちですし、サッカーは確かに常に欧州を目指します。

 しかし発展の「陰」を探る事も大切ではないでしょうか。
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日本社会が年齢を気にする理由

2022-01-15 17:48:43 | 日記
 かつて日本社会はクリスマスと未婚女性を結び付け

 「24歳と25歳の女性は、既に人生が終わっている」

 と唱えました。

 その提言らしからに発言に「待った」をかけてきたのは、サッカーやバレーボール、陸上競技などアスリートたちであり、サッカーでは澤穂希の歩みは今でも燦然と輝いています。

 でも、日本社会はサッカーでも映画界でも、俳優と選手をどうしても年齢でカテゴライズしがちですね。

 例えば女優ならば

 30代後半ならば綾瀬はるか
 20代前半ならば今田美桜

 というような形でしょうか。

 サッカーでは以前お話した「谷間の世代」「黄金世代」「プラチナ世代」がそうですが、日本社会が年齢を区切りがちなのは

 自分を選手と俳優に投影し、感情移入できる形を希望する
 その中でお手本となる存在を見つけたい

 と考えるのでしょうね。

 その年齢を超越し、話題になるのは俳優ならば石田ゆり子、選手ならば三浦知良でしょうか。

 どちらも著作が多数あることでファンが彼らの内面に触れやすいという共通点がありますし、前者は未婚どぁる、後者は幾度も解雇通告を受けてきたという、僕らからすれば大きなハンディキャップを、笑いとばして生きていることが、人気の要因と感じます。

 ちなみに昨日お話した真野恵里菜が柴崎岳の妻となり、スペインに住むことを事務所が了承したのは、珍しい事例ではないでしょうか。

 彼女と同世代の俳優がもし日本代表選手と交際、妻となり欧州で暮らすことになれば、稼ぎ頭不在になりますし新型コロナウイルスの影響で帰国もままなりません。

 日本代表の実力者でも、事務所からすればお近づきにさせたくないかもしれなませんね。
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