塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

高校選手権決勝はPKにもつれ込む大熱戦

2025-01-13 21:33:07 | 日記

 流通経済柏高校と前橋育英高校が戦った冬の選手権は、PK戦にまでもつれこむ熱戦でした。

 

 僕は勤務先の休憩時間が、延長後半わずかから始まったため、PK戦の攻防だけは確認できました。

 

 今情報を確認しますと、中継を担った日本テレビには

 

 どうしてあのタイミングでテレビ・コマーシャルなんだ

 もっとやり方があるのでは

 

 という多くの批判があると聞きます。

 

 この背景には

 

 1・少なくとも、ここまで対戦がもつれるとは思わなかったこと

 2・大抵の場合、PK戦は5人つまり最初に指名された選手たちで決着がつく

 

 という考えだからこそ、あのタイミングでコマーシャルになったのではないでしょうか。

 

 テレビ局としてはスポンサーの存在は無視できませんからね。

 

 ちなみに選手権ようなアマチュア、もしくはプロでも指揮官がPKの準備を普段から、どの程度おこなっているのでしょうか。

 

 集英社文庫「オシムの言葉」にもあるように、PKというのは

 

 ワールドカップや欧州選手権、そして予選の場合でも外した選手の運命を変えてしまう

 オシムは1990年ワールドカップ、その状況が痛いほど理解できた

 

 わけですから。

 

 そこには祖国の名誉と分裂していく民族自決がありました。

 

 高校選手権にそのような国粋主義はないわけですが、テレビと大観衆の前に蹴る度胸は、本当にすごいと思いますね。

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