Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

うつろい

2021年04月03日 12時33分51秒 | エッセイ

      桜はもう陰をつくらない。
      薄色の花弁は散りゆき、陽が枝葉を透かして差し込む。
      ちょうど1年ほど前、この川べりの石段に
      桜の木がつくる陰にすっぽり包み込まれるようにして
      若い2人が座っていた。


      
      少し早めの昼食だったのだろうか、
      近くのスーパーのレジ袋からドーナツみたいな
      そんな形をしたパンを取り出した彼女は、
      かすかな笑みを浮かべながら彼に渡した。
      同じように缶ジュースも。
      彼は無言のまま手を差し出して受け取り、
      時折彼女の方に目をやりながら
      パンをかじり、合い間にジュースを飲んだ。

      年の頃は2人とも30前後と見えた。
      2人は2人きりの時をはしゃぐでもなく、
      浮かれるふうもなく、年相応といえばそうなのだが、
      物静かなたたずまいであった。
      2人の前を通り過ぎ、50㍍ほど進んだ時、
      がしゃという音がした。
      振り向けば、踏みつぶされぺしゃんこになった
      缶が彼の足元にあった。

            

      少し先の川べりの小さな砂場に
      保護犬・マナの姿を、やはり1年ほど前から
      それこそぷっつりと見なくなった。
      当時、4歳のメスの柴犬だった。
      生まれて間もなく捨てられ、動物愛護管理センターで、
      あるいは殺処分されかねない身の上だったのを
      新しい飼い主に引き取られ、安穏に暮らしていた。
      それでも「いまでも人への警戒心が強く、
      こうやって外に出るのも、この砂場遊びの時くらい」
      マナを慈しむ新しい飼い主はそう語っていた。
      だが、新型コロナウイルスの感染拡大により
      福岡も緊急事態宣言となった昨年4月以来、
      この砂場には姿を見せなくなった。
      
      今日も川べりを歩きながら、あの愛らしい
      マナの面影を思い浮かべる。


      
      惜春――そして次の季節を迎える準備をする。
      日本最大の阿蘇の野焼き。
      ダニや人畜に有害な虫を駆除するとともに
      牛馬の餌を育てるのである。
      そして、あの夏の草原の美しさを演出するのだ。

      わびしくもあり、眩しくもある季節の移ろいである。