Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

父母の秘密

2021年05月18日 06時00分00秒 | 思い出の記

     管の中の血は、確かに父と母から受け渡されたものである。
     それは2人の親の長い人生の業にも似て、
     真っ赤であったり、どす黒かったり、
     あるいは管にへばりついて固まったりしている。

        
     
     まだ小学生にもなっていなかった頃、
     8つ上の姉は路面電車の停留所近くにあった
     一軒の家に私を連れて行った。
     出迎えたのは母であった。
     母はなぜ、父や兄弟姉妹が暮らす家とは違う
     ところに1人いるのだろう。
     かすかな、たったこれだけの記憶で、小学も高学年になると、
     父と母は一時期、別居していたのだと分かった。
     ただ、どんな理由だったのか未だに知らない。


     兄や姉たちが、「どうして」なんて教えてくれるはずもなく、
     兄や姉たち自身も胸を痛めていたに違いない。
     姉が私を母の所に連れて行ったのは、
     自分も母に会いたさに父には内緒で私の手を引いたのであろう。


     思えば父と母はあまりにも境遇が違う者同士だったと思う。
     父は長崎高商(現・長崎大学経済学部)の出身なのに、
     対する母は尋常小学校、あるいは高等小学校の出である。
     また父方は天理教、母方はキリスト教であり、
     結婚した際父がキリスト教に転宗し、
     母以上に熱心なキリスト教信者になっている。
     私たち子供は、そんな父の強い宗教観の下で育てられている。
     もう一つ。父の家系は下戸なのに、母は酒豪の家系であった。
     母もそうで、夕食時の食卓に杯が置かれるのは母の席だけだった。
     そんな違い過ぎるとも思える2人が、
     どうやって知り合い、結婚することになったのか。
     そして2人は本当に仲睦まじい夫婦だったのか。

        
    
     窓から見える博多湾は、晴れた日には
     青空と陽の光を眩しく反射するが、
     今日は雲が厚く垂れ込め、空と同じにどんよりと佇んでいる。


     父母から受け継いだ私の血もただの一色ではない。
     その血を見て、両親のさまざまなことを思い描く。
     なぜ別居していたのかなんて、
     今更知ってもしょうのないことではあるが、
     子は子なりに親のことを知りたいと思うものである。


     2人は今、同じ墓の中にいる。
     仲良くしているだろうか。
     「末っ子が余計な詮索はやめなさい」
     父も母も苦笑いしているかも知れない。