【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

通訳

2014-03-09 07:15:44 | Weblog

 通訳ができる人はすごい、と私は思いますし、同時通訳をする人はもう「神」と言いたくなります。
 ただ、私たち自身も実は「通訳」なんですよね。「自分が思っていること」をそのまま外に放り出しても「他人」には理解してもらえません。だから思っていることを言葉に翻訳して伝えています。その「翻訳」と「他人に伝える」作業で示す技量の冴えは「通訳」そのものではありませんか?

【ただいま読書中】『彷徨者アズリエル』アン・ライス 著、 渋谷比佐子 訳、 扶桑社、2000年、2286円(税別)

 「わたし」は「ジョナサン」。歴史・考古学・シュメール語の分野ではそこそこ知られた学者ですが、ここではアズリエルが語る言葉をただ書き留める筆記者です。
 「ジョナサン」は本を書くために、山中に孤立した山荘にやって来ました。そこで高熱を発し死にそうになりますが、助けてくれたのは〈骨のしもべ〉と名乗るアズリエルでした。アズリエルは幽霊です。触れることができる肉体を持っていますが。そして、ジョナサンは語り始めます。「エルサレムの記憶はありません」と。アズリエルはかつて、バビロンに住むユダヤ人の少年だったのです。そこでアズリエルはバビロンの主神(つまりは、ユダヤから見たら異教の神)マルドゥクと特別な関係を持ってしまいます。そして、恐るべき裏切りが……
 ジョナサンがアズリエルと出会ったのは、日本でオウム真理教の摘発が始まった時代です。そして本書で世界的なニュースとして騒がれているのは、オウム真理教を世界規模にスケールアップしたカルト教団「心の寺院」でした。世界各地でテロを行い、大量の毒ガスや化学薬品を準備していたところを制圧された教団です。
 〈骨のしもべ〉を呼び出した「マスター」は、どんなことも命令することができるはずです。しかし、愚かな失策で〈骨のしもべ〉となったアズリエルは、あまりに強大な力を持っていました。最初のマスターとなったズルワンはアズリエルに記憶することを教えます。そして15年かけて自分の力をコントロールする術も教え込みます。それ以降のアズリエルの数千年にわたる“歴史”は、記憶と忘却で構成されています。そして、ユダヤ人迫害の歴史もそのなかに含まれています。
 そして現代のニューヨーク、最新の“マスター”によってアズリエルは骨から呼び出されました。呼び出された瞬間アズリエルが目撃したのは、粗野な3人の粗暴犯がひとりの女性を暗殺する場面でした。その女性エスター・ベルキンは「心の寺院」の教祖グレゴリー・ベルキンの娘でした(ただしエスターは心の寺院の信者ではありません)。エスターはアズリエルのことを知っていました。しかし彼女がアズリエルを呼び出したマスターではありません。それでもアズリエルはエスターの復讐のために犯人の三人を惨殺します。しかし、自分が誰に何のために呼び出されたのかがわかりません。自分は何をしたら良いのか、エスターの暗殺指令を出したのは誰か、アズリエルは世界をさ迷います。
 気づかないうちに「ジョナサン」は後景に退き、アズリエルの長い長いモノローグが続きます。「心の寺院」で行われている秘密の活動、教祖グレゴリーとハシディズム(ユダヤ教の忠実な信者)である祖父との確執などをアズリエルは知ります。そして、全世界の人口の2/3が殺される「最後の審判の日」が迫ります。
 なんとも壮大な物語です。「世界史(西洋史)」をほとんど丸ごと身内に抱え込んだ「幽霊」の自叙伝なのですから。読み終えて感じるのは……満腹感です。しばらくは“この手の本”はしばらく読まなくても良さそう……でも、癖になりそう。著者の名前は覚えておくことにします。