国鉄が分割民営化されてJRになったのは昭和62年のことです。だけど、よくよく考えたら、もともと国鉄自体は各地の私鉄を国有化することでできたものでした。結局平成は明治時代に戻っただけ、と考えたらよいのでしょうか。郵便が民営化されたのは、民営の飛脚が走っていた江戸時代にまで戻ったようですが。
【ただいま読書中】『国鉄の基礎知識 ──敗戦から解体まで』所澤秀樹 著、 創元社、2011年、2800円(税別)
大正11年に公布された「改正 鉄道施設法」には1万8000kmの敷設予定が書き込まれていました。ただし、秩序や計画性を完全に欠いた“大風呂敷”の法律で、明らかに「票目当て」のものでした。その結果が「赤字ローカル線」の大盤振る舞いです。予算不足から幹線も立派なものではありませんでした。そして、それらの「低規格の線路網」が戦争でぼろぼろになったところから、本書は始まります。
鉄橋はほとんど損害がなかったのですが(占領後を考えて空襲を控えた、と言われています)、石炭は不足し車輛はぼろぼろ線路は整備不良、GHQの輸送計画が最優先……そこに買い出し客などが殺到します。当時の車内の状況を親が時々話してくれますが、なんとも悲惨なものです。
当時労働組合運動は激化し、特に国家公務員組合が共産主義者の過激派と結んで過激化していたことにマッカーサーは手を焼いていました。そこで国家公務員の争議行為禁止を指示しますが、国鉄職員(当時は国家公務員)にはある程度の権利は残すべきとも考えていました。そこで生まれたのが「公社」のアイデアです。当時は「準公務員」なんて言い方をしていましたっけ。かくして昭和24年に「国鉄」が誕生します。しかし、独立採算ということで大幅な人員整理を行ったため(60万人のうち10万人の首切り)、労働組合との間に激しい対立が生じます。そして、国鉄三大ミステリー「下山事件」「三鷹事件」「松川事件」が。
明るい話題もあります。昭和25年「国鉄スワローズ」の誕生です。もともと国鉄にとって「つばめ」は特別な名前です。戦前には「超特急“燕”」が東京・神戸を9時間で結びましたが、それはそれまでより2時間40分も短縮していたのです。戦後に復活した特急もまず「つばめ」と名付けられています。
昭和29年には総路線距離が2万kmを突破。めでたいようですが、この頃から「赤字ローカル線」問題が取りざたされるようになってきます。また、洞爺丸事件が起きたのもこの年でした。
昭和30年代は、国鉄黄金時代と言われています。旅行客が増え、周遊券が発売されます。電化も進められます。31年には東海道本線が全線電化。32年には東海道新幹線構想が発表されます。35年に「所得倍増」の池田内閣が発足、国鉄も当然その政策の一翼を担うことになります。政府は、採算度外視の「国家的要請」を国鉄に強制しますが、そのための資金は国鉄が借り入れなければいけませんでした。大義名分は「公共性」ですが、あまりのことに政治路線建設を国鉄が拒むと、昭和39年には「日本鉄道建設公団」を設置してそちらで勝手に新線を建設、開業後に国鉄に引き取らせる、という手法を政府は採用しました。39年と言えば、新幹線開業ですが、その裏側で国鉄の足を盛大に引っ張る“事業”も行われていたわけです。さらに高速道路によって自動車という“ライバル”も登場します。
40年代にはこんどは航空機が“ライバル”として登場します。国鉄は大変です。しかし輸送力不足の解消が常に求められ、投資をやめるわけにはいきません。とうとう赤字決算となり、以後累積赤字は膨らむ一方となります。人員整理、赤字ローカル線の廃止などの「努力」は行われますが、労働組合は(当然)大反対し、廃止した分だけ鉄建公団がせっせと新線を建設するのですから困ったものです。45年の万博と「ディスカバー・ジャパン」が“明るい話題”です。46年には、東北・上越新幹線と青函トンネルが着工されます。48年頃には「スト権スト」「遵法闘争」が登場。これには私も泣かされました。「正確なダイヤ」がいかに貴重なものか、よくわかりました。一時期国鉄には30も労働組合があり、それぞれが犬猿の仲だったそうです。それぞれと交渉する当局も大変だったでしょう。
50年代後半には「国鉄叩き」がブームとなります。メディアでは国鉄職員はまるで“国賊”扱いでした。本当にみんなが国賊なのだったら、世界に冠たる正確なダイヤはどうして維持できていたのか、不思議ですが。ともかく世論は「国鉄はワルモノ」で盛り上がり、分割・民営化の検討が始まります。最初は財政問題解決のための分割・民営化のはずでしたが、いつのまにか労組つぶしに話がシフトしていきます。
こうして編年体で国鉄の歴史を読んでいると、かつて何回も乗った夜行特急の音と振動や、新幹線の客室が煙草の煙でもうもうとしていたことなどを思い出します。国鉄が「政治のツール」として重宝され、“役目”が終わったらあっさりと捨てられたこともよくわかります。国鉄総裁なんて、明らかに座席に“針の筵”が敷かれています。
ところで現在の日本での「政治のためのツール」は、一体どこなんでしょう? 原発? ということは、その内美味しいところをしゃぶり尽くされたらあっさり“整理”されちゃいますね。