【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

永久機関

2014-06-25 06:42:25 | Weblog

 「永久機関」の本当の価値は、「永久に動くこと」ではありません。それが「無からエネルギーを生みだし、仕事をする」ことにあります。
 単に動くだけで何の仕事もしないのだったら、それは機関ではなくてただの見世物です。

【ただいま読書中】『常温核融合スキャンダル ──迷走科学の顛末』ガリー・トーブス 著、 渡辺正 訳、 朝日新聞社、1993年、3107円(税別)

 1989年、ユタ大学で「世紀の記者会見」が行われました。超高温・超高圧でないと起きないはずの核融合なのに、室温で核融合反応を持続させることに成功した、という驚愕の発表です。しかも、きわめて簡単な実験装置で10万ドルの費用をかけただけ。
 その5年くらい前、ユタ大学のポンズ教授とフライシュマン教授は「リチウム化合物を溶かした重水につけたパラジウム電極と白金電極の間に電流を流す実験」を行っていました。ある日パラジウムが溶けてしまいます。メルトダウンが起きたのではないか、と2人は考えます。
 ポンズは実験の鬼才、フライシュマンは理論の天才の絶妙な組み合わせでした。これまでに「明らかに間違いだ」と集中砲火を浴びても、結局自分たちの方が正しかった、という経験も持っています(これが後に、常温核融合で集中砲火を浴びても動じなかったことに“役立ち”ました)。ただし大間違いの経験も豊富でした。ポンズは一年間に36本も論文を書いたことがありますが、10日に一本論文を書いたら当然質は落ちます。それでも彼らは平然と仕事を続けていました。
 同じユタ州のブリガムヤング大学のジョーンズ教授は、1956年にルイス・アルバレスたちが見つけた「ミューオン触媒核融合(液体水素の表面でミューオンという素粒子を触媒として原子核同士が融合する現象)」を追いかけていました。金属に水素を大量に吸わせれば、常温でも核融合が起きそうだ、という感触をジョーンズは得ますが、実験はうまくいきません。
 ユタ大とブリガムヤング大はお互いの研究のことを知り、「プライオリティ(先取権)」と「政府の研究助成金」と「特許」と「将来の数十億ドル」のために、実験データもないのに発表を焦ります。私から見たら、ポーカーのプラフでしかないのですが。両者が話し合っても、お互いがお互いを誤解したままで意思疎通不良が続きます。
 それにしても「実験で中性子が検出されない」という実験結果を見つめて「核融合が起きていない」ではなくて「核融合は起きているのだが、なんらかのメカニズムで中性子が出ていないだけ」と考えるのには、あきれてしまいます。さらに「とりあえず“偉業”を発表しておいて、“中性子が出てこないメカニズム”はあとで考察しよう」とするのですから、これはすごい。
 (懐疑的な一部を除く)マスコミは食いつきます。そこで必ず行われたのが「ポンズとフライシュマンのばかばかしいほど簡素な実験装置」と「ばかばかしいほど重装備な従来の核融合装置」の対比でした。これは「政府や権威を茶化したい向き」にはウけます。しかし「真実かどうかは二の次」と断言するマスコミ人には、私は絶句します。というか、よくこれだけあけすけにホンネをいろんな人から聞き出せたものだと、著者のインタビューの力量には感心します。科学者もけっこう露骨に他の科学者を論評していますが、日本だったらここまで様々な人のホンネ(他人の論評)が満載された本は出版しにくいのではないかなあ。
 集団的な熱狂と錯乱の中にも、冷静に追試を行う人がいました。しかしその結果がネガティブだとマスコミなどは口をきわめて罵ります。「新しい科学に異議を唱えるのか」と。この辺になると、科学ではなくてイデオロギーの世界のようです。
 さらに科学界にも“信者”が登場し、誤差を考慮しなかったり較正をしなかったり比較対照を欠いた杜撰な実験から得られたデータをもとに「擁護する意見」を発表し、それがまたマスコミをどんどん動かします。「あやしい」と思っても、(「確信がない」とか「保身のため」とか「大勢には逆らわないでおこう」と)傍観者を決め込む科学者も多くいます。しかしやがて「信者」の数は減っていき、「新聞記者しか信じない発表」が続くようになります。そして1989年は終わっていったのでした。
 先日読んだ『国家を騙した科学者』は韓国の話でしたが、どこの国でも似た人は似たことをするものようです。問題は「歴史」から「教訓」を学ぶことなんですが……