【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

派遣軍

2015-01-25 09:01:48 | Weblog

 労働者派遣会社では、クライアントの企業との契約で労働者を派遣します。軍事では、民間軍事会社や傭兵がそれに似た形で“人材派遣”をやっています。だったら、国連との契約で各国の政府が軍隊を“派遣”するのだったら、それは「自国の権益のための侵略ではない」ということになりますよね。

【ただいま読書中】『戦乱の中の情報伝達 ──使者がつなぐ中世京都と在地』酒井紀美 著、 吉川弘文館、2014年、1800円(税別)

 応仁の乱のころ、備中の山間にある新見庄は、京都の東寺の直務地でしたが、守護の代官が置かれていました。しかし代官は年貢を着服したりするため、現地の人たちは代官を実力で排除、東寺に直接の支配を願い出ます。訴え状を受けた東寺は新見の使者からも詳しい話を聞きますが、さらに詳しいことを知ろうと使者を二人派遣します。
 「情報伝達とは、人の動きである」と著者は述べます。手紙でも情報は伝わりますが、本当のところは使者から聞き出した方が早いのです。
 そういえば「メッセージの内容」には注目が集まりますが、「使者の気持ち」というのは歴史物などでもどちらかと言えば無視される傾向がありますね。テレビでも、知らせを受けて「ご苦労、下がってよろしい」と言われたら使者は頭を下げて退場。しかし本書では、遠路はるばるメッセージを届けてその返事を待つのに、評定が長引いてそのまま放置され「返事を持って帰らなければならない」という義務感と、「このまま滞在がだらだらと長引いたら、路銭が減って帰り着けなくなる」という切羽詰まった事情との板挟みになる使者の気持ちが、けっこうリアルに描かれています。
 東寺から派遣された代官の手紙も、なかなか切実です。代官として年貢を完済する義務を負っていますが、現地の人間は言うことを聞きません。現地の事情というのも直接目に見えます。強気と弱気の間で代官もまた板挟みになっているのです。
 土地の所有権をめぐる複雑な争いなどもけっこう詳しく述べられていますが、本書の特徴は「読みやすさ」でしょう。古文書は現代文に翻訳されて引用され、ストーリーを追うのが容易になっています。読みながら「著者は情報整理が上手だな」と感じます。それと、楽しみながら古文書を読んでいるのかな、とも感じました。含み笑いが伝わってくるものですから。
 百姓からの文書に「ここで高率の年貢を確定されたら、末代までの負担になる」という意味の文章があります。14~15世紀の日本では、百姓の間にも「子々孫々が存在する“未来”」という概念が定着してきたようです。
 人の交流が定例化すると、「路銭に詰まって庄に逃げ帰る」かわりに、東寺から金を借用して任務を果たそうとする人が出てきます。慣れると様々な工夫ができるようになったようです。ただ「評定が長い」ことを改善した方が良いと私には思えるんですけどね。
 「山名殿と細川殿」の対立がひどくなり「京都やぶれ候べき」という風潮になります。それは備中にも影響を与え、国人たちは勇み立って上京します。さらに「はやあし」も集団となって上京します。この「はやあし」を「飛脚」と解釈する手もありますが、著者は「足軽」ではないか、と考えています。道中が物騒なため、年貢は運搬されません。さらに徳政によって、過去に失った財産を取り返そうとする人々が策動をし、備中も騒がしくなってしまいます。さらに新見庄は、細川と山名の両国の境界に位置する……ということは“最前線”になってしまったのです。東寺になんとか連絡をしようとしても街道には足軽が横行し、なかなか安全に京都にたどり着くことができません。戦国時代の到来です。
 「一つの荘園」に、こんなに細やかな歴史のひだが保存されていました。こういった研究を全国の荘園で展開できたら、「応仁の乱」や「戦国時代」について、また新しい見方ができるようになるのかもしれません。