地球上にこの文明と人類が1000年後も持続していることを可能にするために、今必要なものと無用なものはなんでしょう? たとえば軍事費は、必要?
【ただいま読書中】『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』ルイス・ダートネル 著、 東郷えりか 訳、 河出書房新社、2015年、2300円(税別)
「もしこの文明が滅びたら」という仮定は「では、どうするか」という設問を導きます。生存者はしばらくは“楽園”で生きることができるかもしれません。都市に集積された物資を食いつぶすことで。しかしそこから「文明」を再スタートさせるためには、どうしたらよいでしょうか。
たとえば、単純な家電である「トースター」一つでさえ、原材料の段階から作ることは大変な作業となります(一昨年読んだ『ゼロからトースターを作ってみた』トーマス・トウェイツ)。物理学者のファインマンは、メッセージとして「原子仮説(すべての物質は原子からできていて、永久に動き回る小さな粒子は、いくらか離れているときは多大に引き合うが、無理矢理押しつけられると反発する)」を残すことを提案しました。
本書ではそれよりはもう少し長い文章で、もう少し「技術」寄りの表現で「廃墟から文明をいかに再興するか」を述べようとします。これ一冊さえ読めば文明が再スタートできるような「ガイドブック」としようというのです。さらに、我々が「現代文明の基礎」を理解する手助けになる、という“メリット”も本書にはあります。
まずは、「大破滅」後のサバイバル。手近にいろいろ物資がまだ残っている状態が想定されています。水を消毒するために、次亜塩素酸ナトリウムの漂白剤を使用する方法とか、透明なペットボトル(紫外線を通すもの)に水を詰めて直射日光に6時間くらいさらしておく、というローテクな方法も紹介されています。
文明再興に必要なのは食糧確保、つまり農業です。当然ですが、無農薬有機栽培です。燃料や部品供給は期待できませんから、機械は使わず、人力か家畜……って、どうやって動物を食わせて働かせたらいいのでしょう。といって、個人または少人数のグループで手作業だけで農業をやっていたら、おそらくそれ以外に何かをする時間と体力の余裕はなくなるはずです。
さて、農業に成功しても安心はできません。次は食料の保存が必要になります。微生物の知識も欲しいですね。そうそう、塩漬けにしたら大抵のものは保存できますが、ではその塩をどこから手に入れます?
熱エネルギーを得るためには、炭焼きが勧められています。生木を燃やすよりも効率的ですから。基礎的な物質としては石灰(炭酸カルシウム)が重視されています。農業・飲料水の浄化・金属の精錬・ガラス製造・建築素材などに有用ですし、化学産業の再興に必要なものです。アルカリ・酸・アルコールなども手作りが可能です。これらは日常に必要な物品(たとえば石鹸)を生産するのに役立ちます(アルコールはそのまま飲むことも可能ですが)。
医療の分野も重要です。しかし、様々な医薬品や機材は百科事典のようなものでなんとかなるとして、プロの知識やテクニックをどう伝えていくか、が問題となります。消毒や麻酔などもその「概念」がなければ“手続き”をいくら真似しても意味がありません。
電気も重要です。文明再興のためには、できるだけ早期に取り戻したい。そして輸送機関。これは道路網のようなインフラとその上を移動する輸送手段とが必要です。当面は残された鉄路を利用するのが手っ取り早そうですが、ただ、放置された橋は、早晩壊れていき、ルートは寸断されます。江戸時代の日本のような、街道は徒歩中心で大きな橋は使わない、というのならけっこう“長持ち”するかもしれませんが、西洋人には耐えられないかな。
そうそう、本書自体も「もの」として一つのメッセージとなっています。「紙」「文字」「印刷技術」というものが存在していることを示していますから。野蛮人には単なる燃料として扱われてしまうかもしれませんが。