瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

グリーンヒル瞑想合宿レポート03

2006年08月23日 | 瞑想合宿レポート
◆心随観から身随観へ
3回目(劣等感)の合宿まで、私の中にはサマーディなど瞑想そのものの成果への渇愛がかなり強くあったようだ。4回目(天女)の合宿でもそれを引きずっていたかも知れない。それに加えて、よいレポートを発表したいという思いもあった。それらが不善心所となって、合宿最初の数日の瞑想をかき乱した。ところが結果は、予想もしなかったイメージの展開によって抑圧していた劣等感への洞察に導かれた。エゴが狙ったのとはまったく違う成果が得られてしまったのだ。

そんな経過の中で私はサマーディを狙う気持ちに自ずと制御をかけるようになっていたらしい。そして前回(5回目:修行と家族)は、瞑想そのものでの成果を狙うより、イメージの展開による自己洞察に期待をかけるようになっていた。「サマーディ狙いはもういい、イメージ展開による自己洞察で充分だ」と。ところがイメージの展開に期待をかければかけたで、その狙いもまたはずされてしまった。意味のありそうなイメージが出てこないのだ。そして今度は、まったく別の展開によって日常の行為の大切さへの気づきがもたらされた。

このような経緯が、サマーディなど瞑想そのもので成果を狙うことへのブレーキになっていた可能性がある。「それを狙ってもダメなのだ、かえって瞑想を乱すだけだ」と。

こうして振り返ると私のこれまでの瞑想合宿は、全体として心随観を中心とした展開になっていた。成果も抑圧していた内面への気づきが中心だったのである。

ところが、今回(6回目)の合宿は、終わってから振り返ると、心随観ではなく身随観こそがテーマであった。そのことを女性のささやきが暗示していたように思う。「結局、ここに戻って来てしまったのね」というのは、心随観から身随観に戻ってきた、振り出しに戻ってきた、という意味もあったのだと、今は思っている。

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