メライちゃんに励まされ、パンツ一枚の裸のまま帰ることにした僕は、メライちゃんの横側を足早に歩いた。横断歩道を渡り、団地街に入る。
今まで何度も裸で歩かされた。今回はパンツを身に付けているだけ、羞恥の思いは軽い筈なのだが、メライちゃんにこんな惨めな姿を晒していることが僕の心を重くしていた。Y美の家ではいつも裸で生活させられていることまで知られてしまった。
それでもメライちゃんは優しく僕を気遣ってくれた。意地の悪い少年少女たちが冷やかしに来ると、「やめなさいよ」と、鞄を振り振り追い払ってくれた。なるべく僕を見ないように、見たとしてもすぐに顔を伏せる神経の細やかさを持ち合わせていた。
十棟以上の団地が並ぶ敷地内は、悪質ないたずらをする子どもたちの巣窟だった。女の子の隣りを心細い気持ちで歩く裸の僕の背中を叩いては逃げる。少年たちが前や後ろ、挙句には横からも叩きに来る。蠅のように群がる。
「ぼく、どうしたの? パンツいっちょうで帰るの?」
女の人の口調を真似て、大柄な少年が顔を寄せて来た。走って逃げると、追いかけて来た。メライちゃんは僕の手を引き、速度を上げた。学校の制服を身にまとい、靴下と靴に足の裏を保護されているメライちゃんは、僕がパンツ一枚の裸であることはともかく、裸足でアスファルトの硬い路面を踏んでいることは忘れていたようだった。
「足の裏が痛い。そんなに速く走れないよ」
膝を押さえて腰を曲げる。弱音を吐く僕の背中をメライちゃんが撫でた。
「そうだったね。裸足だもんね。ごめん」
じんじんと痛む足の裏から熱が引くのを待つ僕を、メライちゃんが心配そうに見つめていた。大丈夫、と目で合図して再び歩き出す。団地の入口付近で買い物かごを下げたお母さんたちが集団で立ち話をしていた。メライちゃんの陰に隠れるようにして歩く僕の姿を認めると、「なにあれ」と口々に言いながら近づいてきた。
「洋服はどうしたの、ぼく?」
驚いた、というよりは笑いを堪えた、という顔でお母さんたちが訊ねる。返答に窮する僕を横目に見て、メライちゃんが、
「服、悪い人に持ち去られたんです。誰か、着る物を貸してください」
と、はきはきした調子で僕の窮状を訴えた。
「まあ、酷いわね。服を持ち去られるなんて」
「可哀想に。裸んぼで帰るなんて」
ざわざわと一斉にお母さんたちが喋り出した。一人が僕のために着る物を取りに行こうとして向きを変えた時だった。
「その人、悪いことしたから、罰として裸にさせられたんだ」
さっき僕に女の人の口調で冷やかしを浴びせた大柄の少年がお母さんたちの間に割って入り、叫んだ。
「だから、服なんか着せなくていいんだよ。罰なんだから」
「まあ、それは本当なの?」
驚いて訊ねるお母さんに、
「ほんとだよ。おれ、この人が女の子の下着を盗んだの、見たもん」
と、嘘八百を並べる。
「まあ、あなたが犯人だったの? 許せないわ」
この団地周辺ではしばしば、ベランダに干してある女性の下着が盗まれるという。
「知りません。違います」
何が何だか分からないまま、犯人扱いされる。僕は、慌てて否定したが、お母さんたちはもう聞く耳を持たなかった。ひそひそと話し合っては、僕に憎悪のこもった眼差しを向ける。
「下着を盗むなんて、最低よ。どれだけ女の子が恥ずかしいか、想像もできないでしょ」
「待ってください。何かの間違いです」
メライちゃんが顔を紅潮させて抗議したが、
「黙りなさい。あんたも同類なんでしょ」
ぴしゃりと封じられた。
「おれの姉ちゃんのパンツも盗られたんだ。もっと罰が必要だよね」
大柄な少年が合図を送ると、お母さんたちの間から何人もの少年が来て、両脇から僕の腕を取ると、力ずくで僕を団地の裏手に引き摺るように運んだ。大柄な少年が僕を下着泥棒として扱うので駆けつけた少年の中には信じる者もあった。
「やめて。違う。僕は盗んでなんかない」
抗弁しても、少年たちは僕が犯人だからこそ認めたがらないのだと単純に考えるらしく、回し蹴りをして僕を黙らせるのだった。
僕が連れて行かれた団地の裏手には、ほとんど池と呼びたいような大きな水溜りがあった。もう何日も前から淀んでいる茶色の水面をあめんぼが走っている。少年たちは僕の両腕と両足を持ち上げて、ブランコのように揺すった。やめるように叫んだが無駄だった。頃合いを見て少年たちは一斉に僕の手足を放した。僕の体が水溜りの真ん中あたりに激しい水音を立てて、落ちる。
生ぬるくて気持ち悪い水と泥の中で仰向けに倒れた。すぐに半身を起して立ち上がると、二人の少年がそれぞれの手に物干し竿を握って、僕の足を狙う。水溜りの中で転ばされ、背中を叩かれる。水の中で何度も体の向きを変えさせられ、全身水浸しになった。背中や胸に泥が付着するのを少年たちが楽しげに指摘する。
「もうやめて。お願いだから、もう許してあげて」
メライちゃんが顔面蒼白になって、大柄な少年に詰め寄っている姿が見えた。物干し竿に突かれて、汚い水溜りの中を転げ回る僕を少年たちが笑う。その嘲笑に混じって、何度もメライちゃんの悲鳴に似た叫びが聞こえた。
膝小僧が浸かる程の深さの水溜りだった。立ち上がると転ばされるので、四つん這いのまま、水溜りから出ようとする。物干し竿が胸に入り込んで、すごい力で押し上げられる。気付いたら仰向けに倒されていた。少年たちは、当分僕を水溜りから出すつもりはないようだった。気付くと、水溜りの周囲には少年たちのほかに少年たちの姉や妹のような女の人もいて、水溜りの中で泥に塗れてのたうち回る僕を呆れた顔をして見つめていた。メライちゃんが物干し竿を操る少年の一人から物干し竿を奪おうとして、別の少年から押し返された。
土下座をすれば許す、ということになった。水溜りの中で土下座をし、下着を盗んだことを心より詫びるのであれば、今回は特別に許す、と女の人が言った。大柄な少年のお姉さんらしかった。水溜りから出ようとする僕の前に仁王のように立ち塞がって、僕に土下座を強要した。
身に覚えのない下着泥棒にさせられ、裸のまま土下座させられる悔しさに涙がこぼれそうになる。半分泣きながら首を横に振ると、物干し竿で背中とお尻を叩かれた。「早く謝りなさい」「強情だねえ」という野次を受けながら、身を硬くする。お姉さんの一人がじゃぶじゃぶと水溜りの中に入ってきて、僕の頭髪を掴むと、ぐいと水溜りの中に押した。苦しくて、手足で水を打ちながら悶える。
やっと泥水の中から顔を上げて呼吸ができたと思ったら、お姉さんにパンツのゴムを引っ張られた。水溜りの中で全身びしょ濡れになっている僕が唯一身にまとっている大切なパンツだった。そのパンツのゴムが千切れそうな程強く引っ張られる。
「ほら、早く下着泥棒だって認めないと、パンツを取り上げるよ」
太腿までパンツを下ろされた。メライちゃんがさっと少年たちの背中に隠れるのが見えた。女の人や少年たちから「お尻が見えた」という声が聞こえた。げらげら笑う女の人もいた。その人は、「おちんちん見ちゃったと思う」と、隣りの女の人に話すのだった。「見えた見えた」と少年や女の人たちが同意した。
パンツのゴムが伸び切った状態からやっとお姉さんが手を放す。ゴムの張りが抜けて弱々しかった。急いでパンツを引き上げる僕に向かってメライちゃんが、
「もういいよ。ナオス君、謝ろうよ。謝ればそれで済む話じゃない」
と、呼びかけた。
そうかもしれない、と僕の中に納得するものがあった。覚えのない下着泥棒を認め、水溜りの中でパンツ一枚の裸のまま土下座させられるのは、理不尽で悔しいことではある。しかし、理不尽な目に遭うのはこれが初めてではない。今までだってずっと悔しくて恥ずかしい思いを何度もさせられてきた。ここで土下座を拒んだところで、僕の味わわされた屈辱と羞恥の過去が消去される訳ではない。水溜りの中での土下座によって、また一つ、その種の経験を積み重ねるだけの話ではないか。僕は、そういう星の下に生まれてきたのではなかったか。
水溜りの水がいつの間にか体に馴染んでいる気がした。泥水の中で正座をすると、丁度お臍が水に隠れる。大柄な少年がもう少し手前に来るように手招きをした。そこは水深があまりなく、濡れたパンツが丸出しになった。呼吸を整えてから、静かに頭を下げ、「下着を盗んで申し訳ありませんでした」と、謝罪する。悔しくて声が震える。涙がこぼれそうになる。メライちゃんが同情のこもった目で僕を見ていた。泥水の中、パンツ一枚だけを身に付けた裸で、泥まみれ、ずぶ濡れのまま、髪の毛からぽたぽたと水滴を落としながら、謂われのない罪を被されて土下座させられている僕の姿を、メライちゃんは、この先ずっと記憶するだろうと思うと、悲しくて堪らなくなった。
「二度とするんじゃないよ」
僕の顔を泥水に沈めたりパンツのゴムを引っ張ったりしたお姉さんがそう言うと、くるりと向きを変えて立ち去った。それと同時に、水溜りの周りからみんなが居なくなった。メライちゃんだけが心配そうに立ち尽くしていた。水溜りから立ち上がり、メライちゃんに向かって歩く。泥水をたっぷり吸い込んだ重みでパンツがずり落ちそうだった。お姉さんにうんと引っ張られたせいでゴムが緩くなっていた。
パンツのゴムの部分を手で押さえる僕の足元にも、相変わらずぽたぽたと水滴が落ちる。メライちゃんが小さなハンカチを貸してくれた。白いレースの、泥まみれの体を抜くのが勿体ないようなハンカチだった。メライちゃんは、「気にしなくていいから、拭いて」とだけ言った。僕は好意に甘えて、手足や胸、顔、頭をハンカチで擦った。ハンカチを絞ってからメライちゃんに「ありがとう」と頭を下げて返す。パンツがずり落ちて、お臍の下の露出部分が広がった。慌てて引っ張り上げて、後ろを向く。メライちゃんの軽く驚く声がして振り返ると、口に手を当て、信じられないとばかりに瞬きを繰り返していた。
「やだ。お尻が丸見え」
濡れてぴったりと肌に張り付いた白いパンツが透けているのだった。パンツ越しとはいえ、とうとうメライちゃんにお尻を見られている。恥ずかしさのあまり言葉が出ない。が、メライちゃんはそんな僕の傷ついた思いを察して、逆に笑顔を見せてくれた。
「もう大丈夫だから、帰ろうよ。私が付き添うから」
頷いた僕の肩を優しく叩いて、メライちゃんが歩き出す。僕はその横をパンツのゴムを引き上げつつ、進んだ。団地街を抜け、街路樹によって車道から姿を隠すことができる広い歩道に出る。すれ違う自転車、買い物帰りの人々が好奇に満ちた目で振り返る。「どうして裸なのか」と、訊ねる人も少なくなかったが、そうしたやっかいな質問には全てメライちゃんが対応してくれた。行きの時は大して感じられなかった距離が二倍三倍にも長く感じられる。びしょ濡れだった体は少しずつ乾いてきたものの、パンツは相変わらず泥水を含んで冷たくお尻に張り付いたままだった。メライちゃんと僕は、歩行中、ほとんど会話をしなかった。
分かれ道では、僕の帰宅場所とは異なる方向をメライちゃんが選んだ。パンツ一枚の裸で往来を歩くのはあまりに不憫だから、何か羽織る物を貸してあげると言うのだった。僕たちはメライちゃんの家に向かった。
小さな橋を渡ると、左右に畑の広がるのどかな道になった。西に傾いた日が鋭い光線になって、畑の丈の低い草や桑の木を狙い撃ちする。前方から自転車がすごいスピードで向かって来た。S子だった。メライちゃんと僕の姿を認めると、急ブレーキを掛けて止まる。S子は、意外な組み合わせの二人に驚いたのか、しばらく無言で僕たちを見つめた。メライちゃんが事情を説明すると、「ふーん、そうなんだあ」と、いやらしい笑いを浮かべて、メライちゃんの背中に隠れるように立つ、パンツ一枚の裸の僕をじろじろと眺め回した。
「Y美んちで遊んでたんだけどさ」
S子が言った。
「遊び相手がいなくてつまらないからすぐお開きになったの。こういうことだったのね。Y美も考えたもんだねえ」
たった一枚だけ身に付けたパンツに僕の人間としての尊厳を全て預けるように、パンツのゴムをしっかり押さえながら、メライちゃんの後ろに立つ。そんな僕を、いつでも襲うことができるとばかり余裕の笑みを浮かべ、自転車のハンドルに上体を乗せるようにして、S子が見つめ続ける。
Y美とよく行動を共にするS子は、僕にとっては恐ろしい存在だった。背丈がY美よりも高く、学力とともに運動神経にも秀で、バスケット選手としても校内で知られた存在だった。絶対にあり得ない話ではあるけど、僕とS子が彼氏彼女の関係になったとしても、S子の唇を思いもかけぬ形で奪うことができない。僕が背伸びしてもS子の唇に届かないからだ。キスをするには、どうしてもS子に膝を屈めてもらわなくてはいけない。
まともにS子の顔を見ることができない僕を、メライちゃんはあやしいと思ったかもしれない。Y美と一緒になって、むしろY美にそそのかされるようにして、素っ裸にされた僕をいじめてきたS子には、何度も射精を強制された。どうしてもメライちゃんにだけは知られたくない事実なのだけど、S子にはそのような配慮など微塵も頭にないようで、肉汁のどばっと飛び出してきそうな欲望のこもった目玉を、メライちゃんの背後に立つパンツ一枚しか身に付けていない僕に当てている。
「何それ、パンツびしょ濡れだね。脱いだ方がよくない?」
自転車のスタンドを立てたS子が僕に大股で近づく。恐ろしくなって後退りする僕は、桑畑の中に素足を踏み入れた。S子の長い腕が伸びて僕の体を引き寄せると、右腕を背中で曲げた。下手に動いたら骨折してしまう。「お願い。やめてください」と、叫ぶ僕の声が裏返ってしまったのを笑いながら、S子が指を僕のパンツのゴムにかける。
「駄目。メライちゃんが見てる」
「だから、どうしたの?」
女の子に裸を見られるのは初めてじゃないでしょ、と今更恥ずかしがる僕を訝るようにS子が首を傾ける。背中で曲げた腕を上げられ呻き声を漏らす僕の耳元にS子が息を吹きかけ、「覚悟はできてる?」と訊ねた。僕の返答を待たずにS子のもう片方の手がパンツを下ろしていく。背後でメライちゃんの短い悲鳴が聞こえた。
S子の凶暴性が発揮された。僕の足首からパンツを引き抜くと、おちんちんの皮を指でつまみ、引っ張る。千切れるように痛みに悲鳴を上げながら許しを乞う。しかし、S子ときたら、今自分が引っ張り上げているものは何か答えるように命じるばかりだった。
「痛い。何でも言うこと聞くから、メライちゃんの前でだけは許してください」
「そんなこと訊いてないだろ。これは何か答えろっての」
更に引っ張り上げられたおちんちんの皮が真っ白になって、夕暮れの淡い光を透かす。後ろに回された右腕もきりきりと痛む。
「お、おちんちんです」
「もっと正確に言いなさい。おちんちんの何なの?」
「おちんちんの皮です」
「ふうん、随分長いんだね。後ろにいる彼女にも見せてあげようか」
「やめてください。何でも言うこと聞きますから」
もしもS子がくるりと反転すれば、素っ裸のまま片腕を拘束され、おちんちんの皮を引っ張り上げられている僕の惨めな姿がメライちゃんの目に入ってしまう。幸いS子の声も僕の声も小さく、メライちゃんには僕が何を言わされているか聞こえていない。
「ねえS子さん、あんまりいじめない方が」
と、言いながらこちらに近づいてきたメライちゃんに対し、
「駄目。メライちゃん、こっちに来ないで。そこに居て」
と、鋭い声で制したのは僕だった。その声の調子にただならぬ緊迫感を感じたのか、メライちゃんは動きを止めたようだった。メライちゃんの心遣いであまりじろじろ見ないようにしてくれているとは思うものの、背中を向けているとはいえ素っ裸なので、メライちゃんにお尻を晒し続けている羞恥の念が意識の底にあった。背中に取られた腕とおちんちんの皮を引っ張られる痛みの合間に、その羞恥の念がすっと浮かび上がる。どうかS子が僕を捕らえたままメライちゃんの方に体の向きを変えないように、膝を震わせながら祈る。今、メライちゃんに背を向けている僕がどんな異常なことをされているのか、メライちゃんが考えないように祈る。腕とおちんちんの皮の痛みが更に強まる。痛みに仰け反ると、頭がS子の胸の谷間に当たった。
「ねえ、あの子に教えてあげなよ。あんたがY美の奴隷だってこと」
「許して」
「おちんちん、大きくしようか」
おちんちんの皮をつまんでいた指が離れ、すぐにおちんちんを袋ごと手のうちに包み込むようにして撫で始めた。腰が引いてしまった僕は、S子に膝小僧でお尻を蹴られる。以前のS子の扱きは、とにかく早く精液を出させようという意識が強くて、乱暴で痛かったのだが、いつのまにか、とても優しくなっていた。おちんちんの袋がきゅっと締まる感じがして、そこから波が発生する。その波がゆるやかに放射状に広がり、下は足の指まで、上は乳首を通って首筋、耳たぶにまで及ぶ。S子のあえかな息が耳たぶにかかる。
「すごいじゃん。大きくなったね」
すでに限界まで大きくなったおちんちんにS子の五本の指が一本ずつ独立して動くかのように、絡み付いている。
「先っぽが濡れてる。あの子に見せてあげようかな、この大きくなったおちんちん」
「駄目です。絶対、駄目」
甘くて軽い痺れが全身に伝わって、背中に取られた右腕の痛みにも甘い刺激が加わっている。と、突然、陶酔感を切り裂くような、メライちゃんの声がした。
「何してるの?」
いつまでも後ろを向いたままのS子と僕に不審の念を抱いたのか、メライちゃんの近づく気配がした。
「来ないで。そこに居て」
絶対に見られたくない僕の必死の思いが通じたのか、メライちゃんはそれ以上近づこうとしなかった。それでも、不審の念が消えた訳ではないようで、何かぶつぶつ呟いている。
「ごめんね。もうすぐ終わるからね」
S子が僕の期せずして命令調になってしまった物言いをフォローするかのように、優しくなだめる。と、急に元の囁くような声に戻って、僕に、
「あの子の前で、射精してみる?」
と、訊ねる。ぎゅっと下腹部の筋肉をすぼめるようにしてこらえながら、慌てて首を横に振る。そんな僕の反応を面白がるかのように、
「あんたがY美の奴隷だって教えたら驚くかな」
と、脅かす。肩を上下させながら呼吸するまでに苦しくなってきた僕は、歯を食いしばって、「やめて」と答えるのが精一杯だった。突然、背中に回された右腕を上げられて、快感の均衡を崩すかのような鋭い痛みが襲いかかった。
「ふん、どうせすぐに知られるだろうけどね。Y美からもまだ内緒にしてって頼まれてるから、今日はこれで勘弁してあげる」
S子がつまらなそうに呟き、あっさりとおちんちんから手を放し、背中の腕も自由にしてくれた。途中で扱きを止められ、行き場を失ったかのようにおちんちんがひくひくと動く。激しく快楽の継続をせがむ下半身と、屈辱的な射精をさせられずに済んで安心する上半身がちぐはぐに揺れる。
まだ痛みの残る右腕をさすり、勃起したままのおちんちんに手を当てながら、パンツの返却を待っていると、S子はくるりと向きを変え、自転車に戻った。
「返して。お願いだから返してください」
両手で勃起したおちんちんを股間に押し込むようにして、小走りに追う。S子は、自転車で走りながら、片手にぶら下げたパンツを原っぱに投げ捨てると、そのまま走り去った。あまりのことに呆然としているメライちゃんも、ようやく気を取り直したのか、原っぱに来て僕と一緒にパンツを探してくれた。が、顔を真っ赤に染めて一言も喋らない。おちんちんを両手で隠しながらパンツを探す僕を見るメライちゃんの目に、今までの同情とは違った感情が宿りかかっているような気がして、落ち着かなかった。女の人に好き放題いじめられている僕に対する、侮蔑に似た思いがメライちゃんの胸に湧き起りつつあるのかもしれなかった。
草の下に沈んでいたパンツを見つけ出して、急いで穿いた。全く無口になってしまったメライちゃんと夕暮れの一本道を歩く。すれ違う人々の中には、メライちゃんに隠れるように沿うパンツ一枚の僕に無遠慮な視線を向けたり、くすくす笑ったりする人が少なくなかったが、メライちゃんはもう先程のように特段に僕を庇うことはせず、ただ俯いて、気分が塞いだかのように重い足取りで歩き続けるのだった。
角をいくつか曲がり、両側にトタン屋根の平屋が並ぶ狭路に入った。ぼろぼろの舗装路は、何年も前から修復されずに放置されていることをよく表していた。それでも、滅多に車が通らないので、住民はそれが自然の所与物ででもあるかのように、道のあちこちにある穴を跨いだり、河原さながら転がっている大小の石を踏み越えたりして、不満の声を上げる感じでもない。この通り沿いに車の所有者はいないと聞かされても不思議な感じはしなかった。道沿いにはむくげの花やカンナの赤い花が咲き、心なしか、メライちゃんの強張った表情が和らいだようだった。
穴のあいたシャツや破れたズボンをまとう子どもたちは、パンツ一枚のゴムを押さえながら歩く裸の僕を見ても、特にちょっかいを出すことはなかった。この通りでは、裸で歩くことも普通にあり得ることなのかもしれない。立ち話する女の人たちも、裸の僕を見て、せいぜい微笑を浮かべるだけだった。
夾竹桃が白い花を咲かせている。その奥がメライちゃんの家だった。この一帯の他の家と同じように平屋で、板やプレハブを継ぎ足して家の体裁を保っていた。家に入ったメライちゃんを夾竹桃の横で待っていると、小さな女の子や男の子が現われ、僕を囲み、話し掛けてきた。なんで裸なのか、適当に誤魔化して答えていると、メライちゃんが来て、子どもたちを追い払った。そして、シャツとジャージのズボン、サンダルを僕に渡す。
これらはメライちゃんの物だった。物干し竿から引き抜いてきたばかりの、日の匂いがした。服をまとったおかげで、僕は再びメライちゃんと自然に会話ができるようになった。メライちゃんには弟が一人いるけど、この通りの子どもたちは誰の家だろうと勝手に入って一緒に夕飯を食べたりテレビを見たりしているので、みんな自分の妹や弟の気がするとメライちゃんが、先程僕を囲んだ女の子や男の子たちを指して言った。
ぼろぼろの舗装路に沿って平屋の密集する通りを抜けると、雑木林の中の整備された道に入った。メライちゃんの家の前の通りよりも、よほど管理の行き届いている、歩きやすい道だった。と、向こうからY美が歩いてきた。
あまり遅いので探しに来たのだとY美が言い、メライちゃんにマジックへの協力のお礼だと添えて、紙袋を渡した。服をまとった僕を憎々しげに見つめるY美は、借りた物をここで今すぐメライちゃんに返すよう命じた。
メライちゃんは、驚いて、返してもらうのは明日以降でも全然構わないと言ったが、Y美はそれには返答せず、ひたすら僕に「早く返しなさい」と繰り返すのだった。口答えは許されなかった。僕は渋々シャツを脱ぎ、サンダルから足を外し、ズボンを下ろして足首から抜いた。メライちゃんの前で再びパンツ一枚の裸になると、雑木林を通う変に冷たい風に背中と太腿を撫でられた。
「私、ナオス君の裸んぼは、お尻しか見てないから」
羞恥に身を捩る僕に言い訳するようにメライちゃんが呟いた。おちんちんは見ていないことを告げて、僕を慰めるつもりだったのだろうか。
Y美にパンツのゴムを引っ張られながら歩く。振り返ると、メライちゃんは僕に貸した衣類を紙袋に入れて、一度も顔を上げることなく、来た道を引き返すのだった。
今まで何度も裸で歩かされた。今回はパンツを身に付けているだけ、羞恥の思いは軽い筈なのだが、メライちゃんにこんな惨めな姿を晒していることが僕の心を重くしていた。Y美の家ではいつも裸で生活させられていることまで知られてしまった。
それでもメライちゃんは優しく僕を気遣ってくれた。意地の悪い少年少女たちが冷やかしに来ると、「やめなさいよ」と、鞄を振り振り追い払ってくれた。なるべく僕を見ないように、見たとしてもすぐに顔を伏せる神経の細やかさを持ち合わせていた。
十棟以上の団地が並ぶ敷地内は、悪質ないたずらをする子どもたちの巣窟だった。女の子の隣りを心細い気持ちで歩く裸の僕の背中を叩いては逃げる。少年たちが前や後ろ、挙句には横からも叩きに来る。蠅のように群がる。
「ぼく、どうしたの? パンツいっちょうで帰るの?」
女の人の口調を真似て、大柄な少年が顔を寄せて来た。走って逃げると、追いかけて来た。メライちゃんは僕の手を引き、速度を上げた。学校の制服を身にまとい、靴下と靴に足の裏を保護されているメライちゃんは、僕がパンツ一枚の裸であることはともかく、裸足でアスファルトの硬い路面を踏んでいることは忘れていたようだった。
「足の裏が痛い。そんなに速く走れないよ」
膝を押さえて腰を曲げる。弱音を吐く僕の背中をメライちゃんが撫でた。
「そうだったね。裸足だもんね。ごめん」
じんじんと痛む足の裏から熱が引くのを待つ僕を、メライちゃんが心配そうに見つめていた。大丈夫、と目で合図して再び歩き出す。団地の入口付近で買い物かごを下げたお母さんたちが集団で立ち話をしていた。メライちゃんの陰に隠れるようにして歩く僕の姿を認めると、「なにあれ」と口々に言いながら近づいてきた。
「洋服はどうしたの、ぼく?」
驚いた、というよりは笑いを堪えた、という顔でお母さんたちが訊ねる。返答に窮する僕を横目に見て、メライちゃんが、
「服、悪い人に持ち去られたんです。誰か、着る物を貸してください」
と、はきはきした調子で僕の窮状を訴えた。
「まあ、酷いわね。服を持ち去られるなんて」
「可哀想に。裸んぼで帰るなんて」
ざわざわと一斉にお母さんたちが喋り出した。一人が僕のために着る物を取りに行こうとして向きを変えた時だった。
「その人、悪いことしたから、罰として裸にさせられたんだ」
さっき僕に女の人の口調で冷やかしを浴びせた大柄の少年がお母さんたちの間に割って入り、叫んだ。
「だから、服なんか着せなくていいんだよ。罰なんだから」
「まあ、それは本当なの?」
驚いて訊ねるお母さんに、
「ほんとだよ。おれ、この人が女の子の下着を盗んだの、見たもん」
と、嘘八百を並べる。
「まあ、あなたが犯人だったの? 許せないわ」
この団地周辺ではしばしば、ベランダに干してある女性の下着が盗まれるという。
「知りません。違います」
何が何だか分からないまま、犯人扱いされる。僕は、慌てて否定したが、お母さんたちはもう聞く耳を持たなかった。ひそひそと話し合っては、僕に憎悪のこもった眼差しを向ける。
「下着を盗むなんて、最低よ。どれだけ女の子が恥ずかしいか、想像もできないでしょ」
「待ってください。何かの間違いです」
メライちゃんが顔を紅潮させて抗議したが、
「黙りなさい。あんたも同類なんでしょ」
ぴしゃりと封じられた。
「おれの姉ちゃんのパンツも盗られたんだ。もっと罰が必要だよね」
大柄な少年が合図を送ると、お母さんたちの間から何人もの少年が来て、両脇から僕の腕を取ると、力ずくで僕を団地の裏手に引き摺るように運んだ。大柄な少年が僕を下着泥棒として扱うので駆けつけた少年の中には信じる者もあった。
「やめて。違う。僕は盗んでなんかない」
抗弁しても、少年たちは僕が犯人だからこそ認めたがらないのだと単純に考えるらしく、回し蹴りをして僕を黙らせるのだった。
僕が連れて行かれた団地の裏手には、ほとんど池と呼びたいような大きな水溜りがあった。もう何日も前から淀んでいる茶色の水面をあめんぼが走っている。少年たちは僕の両腕と両足を持ち上げて、ブランコのように揺すった。やめるように叫んだが無駄だった。頃合いを見て少年たちは一斉に僕の手足を放した。僕の体が水溜りの真ん中あたりに激しい水音を立てて、落ちる。
生ぬるくて気持ち悪い水と泥の中で仰向けに倒れた。すぐに半身を起して立ち上がると、二人の少年がそれぞれの手に物干し竿を握って、僕の足を狙う。水溜りの中で転ばされ、背中を叩かれる。水の中で何度も体の向きを変えさせられ、全身水浸しになった。背中や胸に泥が付着するのを少年たちが楽しげに指摘する。
「もうやめて。お願いだから、もう許してあげて」
メライちゃんが顔面蒼白になって、大柄な少年に詰め寄っている姿が見えた。物干し竿に突かれて、汚い水溜りの中を転げ回る僕を少年たちが笑う。その嘲笑に混じって、何度もメライちゃんの悲鳴に似た叫びが聞こえた。
膝小僧が浸かる程の深さの水溜りだった。立ち上がると転ばされるので、四つん這いのまま、水溜りから出ようとする。物干し竿が胸に入り込んで、すごい力で押し上げられる。気付いたら仰向けに倒されていた。少年たちは、当分僕を水溜りから出すつもりはないようだった。気付くと、水溜りの周囲には少年たちのほかに少年たちの姉や妹のような女の人もいて、水溜りの中で泥に塗れてのたうち回る僕を呆れた顔をして見つめていた。メライちゃんが物干し竿を操る少年の一人から物干し竿を奪おうとして、別の少年から押し返された。
土下座をすれば許す、ということになった。水溜りの中で土下座をし、下着を盗んだことを心より詫びるのであれば、今回は特別に許す、と女の人が言った。大柄な少年のお姉さんらしかった。水溜りから出ようとする僕の前に仁王のように立ち塞がって、僕に土下座を強要した。
身に覚えのない下着泥棒にさせられ、裸のまま土下座させられる悔しさに涙がこぼれそうになる。半分泣きながら首を横に振ると、物干し竿で背中とお尻を叩かれた。「早く謝りなさい」「強情だねえ」という野次を受けながら、身を硬くする。お姉さんの一人がじゃぶじゃぶと水溜りの中に入ってきて、僕の頭髪を掴むと、ぐいと水溜りの中に押した。苦しくて、手足で水を打ちながら悶える。
やっと泥水の中から顔を上げて呼吸ができたと思ったら、お姉さんにパンツのゴムを引っ張られた。水溜りの中で全身びしょ濡れになっている僕が唯一身にまとっている大切なパンツだった。そのパンツのゴムが千切れそうな程強く引っ張られる。
「ほら、早く下着泥棒だって認めないと、パンツを取り上げるよ」
太腿までパンツを下ろされた。メライちゃんがさっと少年たちの背中に隠れるのが見えた。女の人や少年たちから「お尻が見えた」という声が聞こえた。げらげら笑う女の人もいた。その人は、「おちんちん見ちゃったと思う」と、隣りの女の人に話すのだった。「見えた見えた」と少年や女の人たちが同意した。
パンツのゴムが伸び切った状態からやっとお姉さんが手を放す。ゴムの張りが抜けて弱々しかった。急いでパンツを引き上げる僕に向かってメライちゃんが、
「もういいよ。ナオス君、謝ろうよ。謝ればそれで済む話じゃない」
と、呼びかけた。
そうかもしれない、と僕の中に納得するものがあった。覚えのない下着泥棒を認め、水溜りの中でパンツ一枚の裸のまま土下座させられるのは、理不尽で悔しいことではある。しかし、理不尽な目に遭うのはこれが初めてではない。今までだってずっと悔しくて恥ずかしい思いを何度もさせられてきた。ここで土下座を拒んだところで、僕の味わわされた屈辱と羞恥の過去が消去される訳ではない。水溜りの中での土下座によって、また一つ、その種の経験を積み重ねるだけの話ではないか。僕は、そういう星の下に生まれてきたのではなかったか。
水溜りの水がいつの間にか体に馴染んでいる気がした。泥水の中で正座をすると、丁度お臍が水に隠れる。大柄な少年がもう少し手前に来るように手招きをした。そこは水深があまりなく、濡れたパンツが丸出しになった。呼吸を整えてから、静かに頭を下げ、「下着を盗んで申し訳ありませんでした」と、謝罪する。悔しくて声が震える。涙がこぼれそうになる。メライちゃんが同情のこもった目で僕を見ていた。泥水の中、パンツ一枚だけを身に付けた裸で、泥まみれ、ずぶ濡れのまま、髪の毛からぽたぽたと水滴を落としながら、謂われのない罪を被されて土下座させられている僕の姿を、メライちゃんは、この先ずっと記憶するだろうと思うと、悲しくて堪らなくなった。
「二度とするんじゃないよ」
僕の顔を泥水に沈めたりパンツのゴムを引っ張ったりしたお姉さんがそう言うと、くるりと向きを変えて立ち去った。それと同時に、水溜りの周りからみんなが居なくなった。メライちゃんだけが心配そうに立ち尽くしていた。水溜りから立ち上がり、メライちゃんに向かって歩く。泥水をたっぷり吸い込んだ重みでパンツがずり落ちそうだった。お姉さんにうんと引っ張られたせいでゴムが緩くなっていた。
パンツのゴムの部分を手で押さえる僕の足元にも、相変わらずぽたぽたと水滴が落ちる。メライちゃんが小さなハンカチを貸してくれた。白いレースの、泥まみれの体を抜くのが勿体ないようなハンカチだった。メライちゃんは、「気にしなくていいから、拭いて」とだけ言った。僕は好意に甘えて、手足や胸、顔、頭をハンカチで擦った。ハンカチを絞ってからメライちゃんに「ありがとう」と頭を下げて返す。パンツがずり落ちて、お臍の下の露出部分が広がった。慌てて引っ張り上げて、後ろを向く。メライちゃんの軽く驚く声がして振り返ると、口に手を当て、信じられないとばかりに瞬きを繰り返していた。
「やだ。お尻が丸見え」
濡れてぴったりと肌に張り付いた白いパンツが透けているのだった。パンツ越しとはいえ、とうとうメライちゃんにお尻を見られている。恥ずかしさのあまり言葉が出ない。が、メライちゃんはそんな僕の傷ついた思いを察して、逆に笑顔を見せてくれた。
「もう大丈夫だから、帰ろうよ。私が付き添うから」
頷いた僕の肩を優しく叩いて、メライちゃんが歩き出す。僕はその横をパンツのゴムを引き上げつつ、進んだ。団地街を抜け、街路樹によって車道から姿を隠すことができる広い歩道に出る。すれ違う自転車、買い物帰りの人々が好奇に満ちた目で振り返る。「どうして裸なのか」と、訊ねる人も少なくなかったが、そうしたやっかいな質問には全てメライちゃんが対応してくれた。行きの時は大して感じられなかった距離が二倍三倍にも長く感じられる。びしょ濡れだった体は少しずつ乾いてきたものの、パンツは相変わらず泥水を含んで冷たくお尻に張り付いたままだった。メライちゃんと僕は、歩行中、ほとんど会話をしなかった。
分かれ道では、僕の帰宅場所とは異なる方向をメライちゃんが選んだ。パンツ一枚の裸で往来を歩くのはあまりに不憫だから、何か羽織る物を貸してあげると言うのだった。僕たちはメライちゃんの家に向かった。
小さな橋を渡ると、左右に畑の広がるのどかな道になった。西に傾いた日が鋭い光線になって、畑の丈の低い草や桑の木を狙い撃ちする。前方から自転車がすごいスピードで向かって来た。S子だった。メライちゃんと僕の姿を認めると、急ブレーキを掛けて止まる。S子は、意外な組み合わせの二人に驚いたのか、しばらく無言で僕たちを見つめた。メライちゃんが事情を説明すると、「ふーん、そうなんだあ」と、いやらしい笑いを浮かべて、メライちゃんの背中に隠れるように立つ、パンツ一枚の裸の僕をじろじろと眺め回した。
「Y美んちで遊んでたんだけどさ」
S子が言った。
「遊び相手がいなくてつまらないからすぐお開きになったの。こういうことだったのね。Y美も考えたもんだねえ」
たった一枚だけ身に付けたパンツに僕の人間としての尊厳を全て預けるように、パンツのゴムをしっかり押さえながら、メライちゃんの後ろに立つ。そんな僕を、いつでも襲うことができるとばかり余裕の笑みを浮かべ、自転車のハンドルに上体を乗せるようにして、S子が見つめ続ける。
Y美とよく行動を共にするS子は、僕にとっては恐ろしい存在だった。背丈がY美よりも高く、学力とともに運動神経にも秀で、バスケット選手としても校内で知られた存在だった。絶対にあり得ない話ではあるけど、僕とS子が彼氏彼女の関係になったとしても、S子の唇を思いもかけぬ形で奪うことができない。僕が背伸びしてもS子の唇に届かないからだ。キスをするには、どうしてもS子に膝を屈めてもらわなくてはいけない。
まともにS子の顔を見ることができない僕を、メライちゃんはあやしいと思ったかもしれない。Y美と一緒になって、むしろY美にそそのかされるようにして、素っ裸にされた僕をいじめてきたS子には、何度も射精を強制された。どうしてもメライちゃんにだけは知られたくない事実なのだけど、S子にはそのような配慮など微塵も頭にないようで、肉汁のどばっと飛び出してきそうな欲望のこもった目玉を、メライちゃんの背後に立つパンツ一枚しか身に付けていない僕に当てている。
「何それ、パンツびしょ濡れだね。脱いだ方がよくない?」
自転車のスタンドを立てたS子が僕に大股で近づく。恐ろしくなって後退りする僕は、桑畑の中に素足を踏み入れた。S子の長い腕が伸びて僕の体を引き寄せると、右腕を背中で曲げた。下手に動いたら骨折してしまう。「お願い。やめてください」と、叫ぶ僕の声が裏返ってしまったのを笑いながら、S子が指を僕のパンツのゴムにかける。
「駄目。メライちゃんが見てる」
「だから、どうしたの?」
女の子に裸を見られるのは初めてじゃないでしょ、と今更恥ずかしがる僕を訝るようにS子が首を傾ける。背中で曲げた腕を上げられ呻き声を漏らす僕の耳元にS子が息を吹きかけ、「覚悟はできてる?」と訊ねた。僕の返答を待たずにS子のもう片方の手がパンツを下ろしていく。背後でメライちゃんの短い悲鳴が聞こえた。
S子の凶暴性が発揮された。僕の足首からパンツを引き抜くと、おちんちんの皮を指でつまみ、引っ張る。千切れるように痛みに悲鳴を上げながら許しを乞う。しかし、S子ときたら、今自分が引っ張り上げているものは何か答えるように命じるばかりだった。
「痛い。何でも言うこと聞くから、メライちゃんの前でだけは許してください」
「そんなこと訊いてないだろ。これは何か答えろっての」
更に引っ張り上げられたおちんちんの皮が真っ白になって、夕暮れの淡い光を透かす。後ろに回された右腕もきりきりと痛む。
「お、おちんちんです」
「もっと正確に言いなさい。おちんちんの何なの?」
「おちんちんの皮です」
「ふうん、随分長いんだね。後ろにいる彼女にも見せてあげようか」
「やめてください。何でも言うこと聞きますから」
もしもS子がくるりと反転すれば、素っ裸のまま片腕を拘束され、おちんちんの皮を引っ張り上げられている僕の惨めな姿がメライちゃんの目に入ってしまう。幸いS子の声も僕の声も小さく、メライちゃんには僕が何を言わされているか聞こえていない。
「ねえS子さん、あんまりいじめない方が」
と、言いながらこちらに近づいてきたメライちゃんに対し、
「駄目。メライちゃん、こっちに来ないで。そこに居て」
と、鋭い声で制したのは僕だった。その声の調子にただならぬ緊迫感を感じたのか、メライちゃんは動きを止めたようだった。メライちゃんの心遣いであまりじろじろ見ないようにしてくれているとは思うものの、背中を向けているとはいえ素っ裸なので、メライちゃんにお尻を晒し続けている羞恥の念が意識の底にあった。背中に取られた腕とおちんちんの皮を引っ張られる痛みの合間に、その羞恥の念がすっと浮かび上がる。どうかS子が僕を捕らえたままメライちゃんの方に体の向きを変えないように、膝を震わせながら祈る。今、メライちゃんに背を向けている僕がどんな異常なことをされているのか、メライちゃんが考えないように祈る。腕とおちんちんの皮の痛みが更に強まる。痛みに仰け反ると、頭がS子の胸の谷間に当たった。
「ねえ、あの子に教えてあげなよ。あんたがY美の奴隷だってこと」
「許して」
「おちんちん、大きくしようか」
おちんちんの皮をつまんでいた指が離れ、すぐにおちんちんを袋ごと手のうちに包み込むようにして撫で始めた。腰が引いてしまった僕は、S子に膝小僧でお尻を蹴られる。以前のS子の扱きは、とにかく早く精液を出させようという意識が強くて、乱暴で痛かったのだが、いつのまにか、とても優しくなっていた。おちんちんの袋がきゅっと締まる感じがして、そこから波が発生する。その波がゆるやかに放射状に広がり、下は足の指まで、上は乳首を通って首筋、耳たぶにまで及ぶ。S子のあえかな息が耳たぶにかかる。
「すごいじゃん。大きくなったね」
すでに限界まで大きくなったおちんちんにS子の五本の指が一本ずつ独立して動くかのように、絡み付いている。
「先っぽが濡れてる。あの子に見せてあげようかな、この大きくなったおちんちん」
「駄目です。絶対、駄目」
甘くて軽い痺れが全身に伝わって、背中に取られた右腕の痛みにも甘い刺激が加わっている。と、突然、陶酔感を切り裂くような、メライちゃんの声がした。
「何してるの?」
いつまでも後ろを向いたままのS子と僕に不審の念を抱いたのか、メライちゃんの近づく気配がした。
「来ないで。そこに居て」
絶対に見られたくない僕の必死の思いが通じたのか、メライちゃんはそれ以上近づこうとしなかった。それでも、不審の念が消えた訳ではないようで、何かぶつぶつ呟いている。
「ごめんね。もうすぐ終わるからね」
S子が僕の期せずして命令調になってしまった物言いをフォローするかのように、優しくなだめる。と、急に元の囁くような声に戻って、僕に、
「あの子の前で、射精してみる?」
と、訊ねる。ぎゅっと下腹部の筋肉をすぼめるようにしてこらえながら、慌てて首を横に振る。そんな僕の反応を面白がるかのように、
「あんたがY美の奴隷だって教えたら驚くかな」
と、脅かす。肩を上下させながら呼吸するまでに苦しくなってきた僕は、歯を食いしばって、「やめて」と答えるのが精一杯だった。突然、背中に回された右腕を上げられて、快感の均衡を崩すかのような鋭い痛みが襲いかかった。
「ふん、どうせすぐに知られるだろうけどね。Y美からもまだ内緒にしてって頼まれてるから、今日はこれで勘弁してあげる」
S子がつまらなそうに呟き、あっさりとおちんちんから手を放し、背中の腕も自由にしてくれた。途中で扱きを止められ、行き場を失ったかのようにおちんちんがひくひくと動く。激しく快楽の継続をせがむ下半身と、屈辱的な射精をさせられずに済んで安心する上半身がちぐはぐに揺れる。
まだ痛みの残る右腕をさすり、勃起したままのおちんちんに手を当てながら、パンツの返却を待っていると、S子はくるりと向きを変え、自転車に戻った。
「返して。お願いだから返してください」
両手で勃起したおちんちんを股間に押し込むようにして、小走りに追う。S子は、自転車で走りながら、片手にぶら下げたパンツを原っぱに投げ捨てると、そのまま走り去った。あまりのことに呆然としているメライちゃんも、ようやく気を取り直したのか、原っぱに来て僕と一緒にパンツを探してくれた。が、顔を真っ赤に染めて一言も喋らない。おちんちんを両手で隠しながらパンツを探す僕を見るメライちゃんの目に、今までの同情とは違った感情が宿りかかっているような気がして、落ち着かなかった。女の人に好き放題いじめられている僕に対する、侮蔑に似た思いがメライちゃんの胸に湧き起りつつあるのかもしれなかった。
草の下に沈んでいたパンツを見つけ出して、急いで穿いた。全く無口になってしまったメライちゃんと夕暮れの一本道を歩く。すれ違う人々の中には、メライちゃんに隠れるように沿うパンツ一枚の僕に無遠慮な視線を向けたり、くすくす笑ったりする人が少なくなかったが、メライちゃんはもう先程のように特段に僕を庇うことはせず、ただ俯いて、気分が塞いだかのように重い足取りで歩き続けるのだった。
角をいくつか曲がり、両側にトタン屋根の平屋が並ぶ狭路に入った。ぼろぼろの舗装路は、何年も前から修復されずに放置されていることをよく表していた。それでも、滅多に車が通らないので、住民はそれが自然の所与物ででもあるかのように、道のあちこちにある穴を跨いだり、河原さながら転がっている大小の石を踏み越えたりして、不満の声を上げる感じでもない。この通り沿いに車の所有者はいないと聞かされても不思議な感じはしなかった。道沿いにはむくげの花やカンナの赤い花が咲き、心なしか、メライちゃんの強張った表情が和らいだようだった。
穴のあいたシャツや破れたズボンをまとう子どもたちは、パンツ一枚のゴムを押さえながら歩く裸の僕を見ても、特にちょっかいを出すことはなかった。この通りでは、裸で歩くことも普通にあり得ることなのかもしれない。立ち話する女の人たちも、裸の僕を見て、せいぜい微笑を浮かべるだけだった。
夾竹桃が白い花を咲かせている。その奥がメライちゃんの家だった。この一帯の他の家と同じように平屋で、板やプレハブを継ぎ足して家の体裁を保っていた。家に入ったメライちゃんを夾竹桃の横で待っていると、小さな女の子や男の子が現われ、僕を囲み、話し掛けてきた。なんで裸なのか、適当に誤魔化して答えていると、メライちゃんが来て、子どもたちを追い払った。そして、シャツとジャージのズボン、サンダルを僕に渡す。
これらはメライちゃんの物だった。物干し竿から引き抜いてきたばかりの、日の匂いがした。服をまとったおかげで、僕は再びメライちゃんと自然に会話ができるようになった。メライちゃんには弟が一人いるけど、この通りの子どもたちは誰の家だろうと勝手に入って一緒に夕飯を食べたりテレビを見たりしているので、みんな自分の妹や弟の気がするとメライちゃんが、先程僕を囲んだ女の子や男の子たちを指して言った。
ぼろぼろの舗装路に沿って平屋の密集する通りを抜けると、雑木林の中の整備された道に入った。メライちゃんの家の前の通りよりも、よほど管理の行き届いている、歩きやすい道だった。と、向こうからY美が歩いてきた。
あまり遅いので探しに来たのだとY美が言い、メライちゃんにマジックへの協力のお礼だと添えて、紙袋を渡した。服をまとった僕を憎々しげに見つめるY美は、借りた物をここで今すぐメライちゃんに返すよう命じた。
メライちゃんは、驚いて、返してもらうのは明日以降でも全然構わないと言ったが、Y美はそれには返答せず、ひたすら僕に「早く返しなさい」と繰り返すのだった。口答えは許されなかった。僕は渋々シャツを脱ぎ、サンダルから足を外し、ズボンを下ろして足首から抜いた。メライちゃんの前で再びパンツ一枚の裸になると、雑木林を通う変に冷たい風に背中と太腿を撫でられた。
「私、ナオス君の裸んぼは、お尻しか見てないから」
羞恥に身を捩る僕に言い訳するようにメライちゃんが呟いた。おちんちんは見ていないことを告げて、僕を慰めるつもりだったのだろうか。
Y美にパンツのゴムを引っ張られながら歩く。振り返ると、メライちゃんは僕に貸した衣類を紙袋に入れて、一度も顔を上げることなく、来た道を引き返すのだった。
そのお母さん達に、毛も生えていないおちんちんを見られて、いじめや
お仕置きをされちゃうなんて、ゾクゾクします。これからも期待しています。