ないない島通信

「ポケットに愛と映画を!」改め。

カリフォルニア・ダウン

2019-08-14 10:42:35 | 映画

 

(これは2018年5月の記事です)

誕生日が来て、また新しい一年を迎えることになりました。

数日前、映画を2本立て続けに見ました。

「カリフォルニア・ダウン」
「ジオストーム」

どちらも災害パニック映画です。
こういう映画、私はけっこう好きでよく見ます。

大地震が起きて大地がパックリと割れ、大都市のビルが次々と倒壊していくシーンは迫力があり、何度でも見たくなります。

「2012年」「ゴジラ」も好きだなあ。

破壊力のある映画が好きなのですね。
戦争映画とかアクション映画ではなく、もっと大きな自然の破壊力。人間の力の及ばぬ領域の力。壮絶な破壊力で人間が造りあげてきたものが徹底的に壊される、そういう物語がけっこう好きなのだと思います。聖書のソドムとゴモラみたいに。

日常生活では、せいぜいコップを落として割っちゃった、くらいしか破壊力のある生活をしていないので、余計にそう思うのかもしれない。

とことん破壊しまくる。
ああ、なんてこと、大都市が壊滅していく・・
背筋がゾクゾクし、ああ、なんて凄まじい破壊力! と感動するわけです。
見終えれば平和な日常がそこにあり、大地震が起きてなくてよかった、と安堵のため息をつき、映画のことはすっかり忘れます。破壊衝動はいくらかおさまりますがすっかり無くなったわけではない。

思えば、私たちは壊さなくなって久しい。

「壊してはいけません」と両親からも学校でも教わってきたからでしょう。

でも、目に見える「破壊」じゃないけれど、
私たちはじわじわと他人および自分の人生を破壊し続けてきた、あるいは今もそうしているのではないかと、最近思うようになりました。

じわじわと押し寄せてくるものに私たちはなかなか気づかない。
だからこそ、映画のような破壊力でそれを具現化しようとするのではないか。
本当に起きているのは、映画の中ではなく、自分自身の心の中なのではないか。

だったら、いっそのこと、破壊してみたらどうだろう?
というのが、誕生日に思いついた少々危険な?思考です。

で、何を破壊するの?

破壊した先に何があるの?

次なるものをどう構築するの?

というあたりが今年の課題かと思います。
とりあえず、私が今年何歳になったかという「思考」を破壊してみたいと思います。その思考は言葉になり、その言葉は行動にブレーキをかけ、ブレーキのかかった行動は精神を蝕み、やがて実際に年齢通りの生き方をするようになるからです。

マザー・テレサが言っていたように、

 思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
 言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
 行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
 習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
 性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。


今年は、自らの思考に気をつけ、言葉に気をつけ、行動に気をつけ、習慣に気をつけて日々を送るようにしよう。そしたら、私の運命も変わるかもしれない・・
と誕生日の朝、思ったのでした。

ちなみにこの二本の映画を見比べてみて、
「カリフォルニア・ダウン」のほうが面白かった。
「ジオストーム」は今年話題になりましたが、「アルマゲドン」に似てるし「アルマゲドン」のほうがはるかに面白いのでわざわざ見るまでもない。

でも、破壊力のある映画が好きなら両方見るのもいいかもしれない。
両方とも、ハリウッドならではのご都合主義でいかにもエンターテイメントといった感じの映画ですが、こういうのもたまにはいいよ。

コメント
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