(これは2018年7月2日の記事です)
いやあ、毎日暑いですねえ。
こう暑いと映画でも見て過ごすしかない、というわけで、今日は映画
「スリー・ビルボード」を紹介します。
スリー・ビルボード
マーティン・マクドナー監督作品。2017年公開。
これ、すんごく面白くて、見始めたらもうトイレも我慢で最後まで一気見でした。
何しろストーリーが二転三転して、先が全く読めない。
この人はいい人だよね、この人は悪い人ね、という予想が悉く覆されます。非常によく出来たサスペンス映画で、しかも、アメリカという国がよくわかる映画でもあります。
そして、
つくづくカルチャーの違いを思い知らされます。
しかもこの映画、舞台は現代でありながら、さながら西部劇のような様相を呈しています。
クリント・イーストウッドの代わりに、主人公ミルドレッドを演じるのは、フランシス・マクドーマンド。この人、映画「ファーゴ」で女性警察署長を演じた人ですね。すごくカッコいい。
ストーリーはこう。
ミズーリ州のとある田舎町の話。
ミルドレッドが女手一つで育てた娘のアンジェラがレイプされ焼死体で見つかります。
地元警察はろくに捜査もせず、半年以上が経過しても犯人は野放しのまま。
業を煮やしたミルドレッドは、娘の遺体が発見された道端に立つ三枚のビルボード(広告看板)に広告を出します。
「娘はレイプされて焼き殺された(RAPED WHILE DYING)」
「未だに犯人が捕まらない (AND STILL NO ARRESTS)」
「どうして、ウィロビー署長? (HOW COME CHIEF, WILLOUHBY?)」
ウィロビー署長というのは地元の警察署長で、仕事熱心で人々の信頼も熱いと評判です。しかも、彼は末期ガンにかかっていて余命いくばくもない。
自分はできる限りの捜査をしている、しかし、ガンで余命いくばくもないので勘弁してほしい、というウィロビーに対してミルドレッドは、死んだら捜査できないじゃない、と言い放ちます。
このミルドレッドがハンパない。
他人が何といおうと一度決めたことを最後までやり通す強い意思があります。
ミルドレッドはどこまでも強い。
先日紹介した「女神の見えざる手」もそうでしたが、アメリカの女性たちのハンパない強さ、それを今回も感じました。
このハンパない強さの裏には、暴力亭主による酷い仕打ちや酷い家庭環境等が隠されています。女は強くならざるをえない。
彼女を目の仇にする地元警官たちは、非常に差別的で、アメリカ南部には今も色濃くこうした差別がはびこっているのだとわかります。
ウィロビー署長は言います。
「レイシストの警官をクビにしたら、この警察には3人しか残らない、その全員がホモフォビア(ゲイ差別者)だ」
しかし、ミルドレッドにも弱点があり、彼女が正義であるとは断言し難く、登場人物たち全員が一筋縄ではいかない人たちです。
こうだろう、と思うと必ずひっくり返される。いやいや、次はこうでしょ、と思うと、はあ、そうきたか、と思わせられる。その連続ですっかり惹き込まれしまいます。
最後に、差別的な言動で警察をクビになるディクソンが、意外なことにミルドレッドの側につくというオチもあり、人間というのはちょっとしたきっかけで変われるのだという希望も抱かせてくれます。
この辺りは映画「チョコレート」に登場するハンクとも共通しています。非常に差別的で暴力的な人たちが、あることをきっかけに改心し変わっていく、というストーリーで、それが現実的かどうかは別として、大いに考えさせられ、また希望を与えてくれます。
最後のシーンもとてもいい。
一体どういう結末になるのか、ハラハラドキドキして見ていたのですが、なるほど、そうきたか、とここでもうならされました。
一見の価値ありです。
ぜひ、見てみてね。