「ライ麦畑でつかまえて」といえば、私が若かったころ一世を風靡した小説です。
同世代でこの本を知らない人はいないくらい有名。
でも、不思議と作者のJ.D.サリンジャーについては知られていませんでした。隠遁生活をしている、という噂は聞いた気がするけど、「ライ麦畑でつかまえて」以降の作品も少なく、私が持っていたサリンジャー選集(全4巻)がほぼすべての彼の作品だったのではないでしょうか。
謎に満ちた作家でした。
なので、「ライ麦畑でつかまえて」ができるまで、そしてその後のサリンジャーについてを映画化した、
「ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー」(ダニ・ストロング監督 2019年)
は、絶対見てみたいと思っていました。
サリンジャーを演じているのが、ニコラス・ホルト(「ウォーム・ボディーズ」というゾンビ映画に出ていたので、彼を見るとついゾンビを連想してしまうのですが、好演)、サリンジャーを見出し育てた大学教授ウィットにケヴィン・スペイシー(最近スキャンダルであまり評判がよくないようですが彼もまた好演)。
映画によると、サリンジャーの父親はユダヤ人の商人で息子にもチーズと肉を売るよう強要します。でも母親は父親の反対を押し切って彼をコロンビア大学に行かせます。そこで文学の教授であり雑誌の編集者でもあったウィット・バーネットに出会い、彼がサリンジャーの才能を見出します。このウィットがいなければ、私たちはあの名作「ライ麦畑でつかまえて」に出会うことはなかったでしょう。
才能ある作家は有能な編集者を引き寄せる、それは天命と言うべきものかもしれません。でも、それが叶わず埋もれた作家も多くいたことでしょう。人との出会いは何て奇妙で素敵で心そそられることか。
もちろん、サリンジャーも最初からうまくいったわけではありません。例によって行く先々で出版を断られます。断られるたびに、ウィットに「書け」「もっと書け」と叱咤激励されます。
「なぜ書きたい」とウィットに問われて、サリンジャーは「書けば思っていることがはっきりするから」と答えますが、ウィットは更にこう言います。
「一生不採用で終わるかもしれない。君に生涯を賭して物語を語る意志はあるか。何も見返りが得られなくても」
この言葉は最後までサリンジャーを支えます。というか、作家というのはそもそも書かずにはいられない人たちなのですね。
「ある女流作家の罪と罰」「天才作家の妻」「メアリーの総て」「シドニー・ホールの失踪」等を見てもわかる通り、見返りがあろうがなかろうが、書かずにはいられない、それこそが作家たる所以でもあるのでしょう。
まさに、天恵であると同時に呪いでもある。(It's a gift and a curse.)
(ちなみに「名探偵モンク」がよく口にする言葉ですね)
けれども、戦争が始まり、サリンジャーはヨーロッパに派兵されます。ノルマンディー上陸作戦に動員され、深く心に傷を負いますが、その最中でも彼は「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデンと共にあったのでした。
一見、皮肉屋で人を寄せ付けない男のように見えて、実は非常に繊細で傷つきやすい。そうしたサリンジャーをニコラス・ホルトが好演しています。
帰国後、彼はホールデンの物語を完成させます。
「ライ麦畑でつかまえて」です。
世界で6500万部出版され、今もなお売れ続けています。
けれども、売れっ子となったサリンジャーは、彼を追い廻す人たちに辟易して田舎にこもり、外部との接触を絶ち、以後執筆したものを出版することも拒否します。彼の偏屈さもまた偉大な才能の表れなのかもしれません。
今年(2019年)は彼の生誕100年記念の年で、もしかすると彼の遺稿が出版されるかもしれないという噂がネットに流れています。大いに期待したいと思います。
昔、サリンジャーを読んでいた頃がとてもなつかしい。
私もまた怒れる若者の一人でした。私たちの世代は皆自分こそがホールデンだと思ったのでした。
サリンジャーは田舎に引きこもりはしたものの、地域の人達との交流は続け、2010年に91歳で亡くなったとのことです。けっこう最近まで生きてたんですね。
「ライ麦畑でつかまえて」を未読の方はぜひ読んでみてください。若くなくても大丈夫。昔は若者だったのですから。
(ちなみに今上映中の映画「トールキン 旅のはじまり」でJ.R.Rトールキン《「ロード・オブ・ザ・リング」の作者》を演じているのも、ニコラス・ホルトです。こちらもぜひ見てみたいです)
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