反骨のジャーナリストによる待望のノンフィクション
伊藤千尋『反米大陸 中南米がアメリカに突きつけるNO!』(集英社新書、2007年)
越川芳明
いま、中南米ではアメリカ離れが進んでいる。南米十二カ国のうち、九カ国が左派・反米政権だ。ベネズエラのチャベス大統領が国連でアメリカのブッシュ大統領を「悪魔」呼ばわりして話題をまいたのは、まだわれわれの記憶に新しい。だが、なぜそういう「不謹慎な」発言が出てくるのか。
著者はかつて『燃える中南米 特派員報告』(岩波新書)を著し、その中で八〇年代のレーガン政権がCIA(米中央情報局)を使って、ニカラグアをはじめ、中南米の国々を内戦に陥れたことを告発したことがあった。
本書はその続編として位置づけることもでき、二〇〇〇年以降の中南米の動向を知るにはうってつけの書だ。とりわけ、第一章「中南米の新時代」は本書の白眉であり、読み応えがある。
「グロ-バリズムのなか、アメリカはかつて中南米で行ってきたことを、今や世界に広げようとしている。だから、過去の中南米の歴史を見れば、アメリカがこれから世界で何をしようとしているかが見えるのだ」(5頁)と、著者は語る。
そうした言葉がただのハッタリでないのは、著者みずから足しげく現地に赴き、精力的な取材を行ない、しばしば表現手段を持たない最下層の人々の「沈黙」にまで耳を傾けようとするからだ。
十九世紀から二〇世紀にかけてようやく宗主国からの独立を果した中南米の各国は、その後、「民主主義」や「アメリカの権益保護」といった大義を掲げながら侵略と干渉を繰り返すアメリカの餌食になってきた。著者は、その検証を第二章「アメリカ「帝国」への道」、第三章「中南米を勢力下に」、第四章「民主主義より軍事政権」で、丁寧に行なっている。
だから、本書を最後まで読み進めるならば、チャベス大統領のあの「不謹慎な」発言がただの戯言(ざれごと)などではなく、アメリカの「覇権主義」に対する南からの挑戦であり、と同時に、それが世界の流れであることが理解できる。そして、日本の一部の保守系の政治家がお題目のように唱えている「国際貢献」がただの「アメリカ貢献」にすぎず、かれらが世界の流れから取り残されていることも、わかるはずだ。
いま、市場の自由化をもとめるアメリカ主導のグローバリズムの波は郵便から医療まで、日本をも呑みこもうとしている。その波の背後にある政治イディオロギーとアメリカの戦略を知るためにも、本書は必読の書だ。
(『青春と読書』2008年1月号48頁)
伊藤千尋『反米大陸 中南米がアメリカに突きつけるNO!』(集英社新書、2007年)
越川芳明
いま、中南米ではアメリカ離れが進んでいる。南米十二カ国のうち、九カ国が左派・反米政権だ。ベネズエラのチャベス大統領が国連でアメリカのブッシュ大統領を「悪魔」呼ばわりして話題をまいたのは、まだわれわれの記憶に新しい。だが、なぜそういう「不謹慎な」発言が出てくるのか。
著者はかつて『燃える中南米 特派員報告』(岩波新書)を著し、その中で八〇年代のレーガン政権がCIA(米中央情報局)を使って、ニカラグアをはじめ、中南米の国々を内戦に陥れたことを告発したことがあった。
本書はその続編として位置づけることもでき、二〇〇〇年以降の中南米の動向を知るにはうってつけの書だ。とりわけ、第一章「中南米の新時代」は本書の白眉であり、読み応えがある。
「グロ-バリズムのなか、アメリカはかつて中南米で行ってきたことを、今や世界に広げようとしている。だから、過去の中南米の歴史を見れば、アメリカがこれから世界で何をしようとしているかが見えるのだ」(5頁)と、著者は語る。
そうした言葉がただのハッタリでないのは、著者みずから足しげく現地に赴き、精力的な取材を行ない、しばしば表現手段を持たない最下層の人々の「沈黙」にまで耳を傾けようとするからだ。
十九世紀から二〇世紀にかけてようやく宗主国からの独立を果した中南米の各国は、その後、「民主主義」や「アメリカの権益保護」といった大義を掲げながら侵略と干渉を繰り返すアメリカの餌食になってきた。著者は、その検証を第二章「アメリカ「帝国」への道」、第三章「中南米を勢力下に」、第四章「民主主義より軍事政権」で、丁寧に行なっている。
だから、本書を最後まで読み進めるならば、チャベス大統領のあの「不謹慎な」発言がただの戯言(ざれごと)などではなく、アメリカの「覇権主義」に対する南からの挑戦であり、と同時に、それが世界の流れであることが理解できる。そして、日本の一部の保守系の政治家がお題目のように唱えている「国際貢献」がただの「アメリカ貢献」にすぎず、かれらが世界の流れから取り残されていることも、わかるはずだ。
いま、市場の自由化をもとめるアメリカ主導のグローバリズムの波は郵便から医療まで、日本をも呑みこもうとしている。その波の背後にある政治イディオロギーとアメリカの戦略を知るためにも、本書は必読の書だ。
(『青春と読書』2008年1月号48頁)