「人間がただ一つの人格だけで生きるのは難しいと、私は昔からずっと分かっていたように思う」と言ったのは、アイルランドの鬼才、小説家のコラム・マッキャン。人間には、誰しも多重人格の要素があるようだ。マッキャンの言葉を裏づけるように、私もメキシコをはじめとする中南米やカリブ海では「ロベルト・コッシー」と呼ばれ、2013年にキューバのハバナで、修行をおこない黒人信仰<サンテリア>の司祭<ババラウォ>の資格を取得(ヨルバ協会公認)。2014年9月に明治大学体育会サッカー部副部長就任。2015年4月に部長就任(予定)。前部長・別府昭郎教授と同様、サッカーに関してはまったくのド素人。もっぱら学生諸君の学業成績や生活のサポート、体育会に関連する各種行事や会議、サッカー部と大学とのあいだの橋渡し役、選手の引率および試合観戦などに専念。
3月某日
午後2時からトヨタスタジアムで中京大学との交流戦。前日に名古屋に行き、伏見地区のホテルに泊まる。チェックイン後に、堀川沿いを大須観音まで歩く。つねづね大須観音(弘法大師の真言宗のお寺)に行ってみたいと思っていたが、ようやく念願がかなう。まず、観音さまに、今年の明大サッカー部の活躍を祈る。ここは、東京の浅草、大阪の四天王寺、台北の龍山寺と同様に大きな門前町で、庶民のためのパワースポット。言い換えれば、中世以降、土地を持たない職人、商人、芸人の結集場でもある。若い頃、宗教人類学者の中沢新一さんはここが「名古屋の臍(へそ)」と直感し、通いつめたらしい。* (1) そう言えば、数々のアーケード街が観音様の界隈に碁盤の目のように伸びているが、そのひとつ「東仁王門通」の入口で、パンクで格好いい若い女性3人のチンドン屋さん(伝統を現代風にアレンジしたポストモダンの)を見かける。髪をカラフルに染め着物姿で、鉦と太鼓、大太鼓、トランペットで客引きの演奏を繰り広げている。この地に根ざした職人魂・芸人魂は、いまだ健在といったところか。
伏見駅からトヨタスタジアムのある豊田市駅へは地下鉄と名鉄を乗り継いで45分ほど。豊田市駅からスタジアムまでは、2キロ弱の道のりを歩いていく。アーチ状の豊田大橋の向こうがスタジアムだ。駅や橋やスタジアムのすべてにトヨタの名が冠されている。街並は人工的で、歩道も大きく、歩きやすい。12時すぎにスタジアムに到着。スタジアムは巨大で、すごくきれい。4万5千人収容できるらしい。親切な職員の方に案内されてスタッフ控え室で選手たちの到着を待つ。選手を乗せた貸し切りバスは、朝早く東京を出ることになっていたが、渋滞に巻き込まれたようで、午後1時ちょっと前に到着。6時間の長旅。いつものように、監督が分刻みの指示を選手に伝える。スタッフと選手のミーティング、室内やピッチでの準備運動と、あっという間に時間が過ぎる。こうした悪コンディションのときに、どう選手たちが対処するか。監督やコーチは、これもよい試練と捉えているようだ。栗田監督が、シンプルに、しかも要を得たアドバイスを与える。すなわち、「勝ちにこだわること」「守備の意識」「攻撃の連動」。
試合は、長旅の疲れもみせずに、選手の動きがすばらしい。とくに前のほうでは、FW⑩藤本佳希君(文学部4年)、MF⑦道渕諒平君(農学部3年)、後ろのほうでは、DF②鈴木達也君(商学部4年)、DF③小出悠太君(政経学部3年)、MF⑫早坂龍之介君(法学部3年)がよく動いている。前半13分すぎに、MF⑭柴戸海君(政経学部2年)がセンターサークルあたりから放ったロングシュートが大きく弧を描いて相手ゴールに吸い込まれる。この先取点で試合は動き、怒濤の攻撃で、あっという間にFW⑪木戸皓貴君(文学部2年)がハットトリックを決め、前半は4−0。後半は一転して中京大ペースになるが、失点1点で凌ぎ、4−1で勝利。あとで振り返ると、得点差ほどの戦力の違いがあったようには思えない。やっぱり柴戸君のシュートが大きかったのではないか。相手は想定外の出来事に度肝を抜かれ、浮き足立ってしまったに違いない。つねにどこからでもゴールを狙う気持ちが大事ということを柴戸君が身をもってしめした。
イギリスに亡命したキューバ作家、インファンテは「芸術は(宗教、科学、哲学とともに)、カオスの闇に光と秩序を与える試み」*(2)と述べている。それに倣(なら)えば、「シュート(ゴールを狙う気持ち)は、試合というカオスの闇に光と勝利を与える試み」だと言えそうだ。
註
*(1)中沢新一「やっとかめ名古屋の翁」『すばる』(集英社)2015年3月号、182ページ。
*(2) ギジェルモ・カブレラ・インファンテ『TTT トラのトリオのトラウマトロジー』(現代企画社、2014年)、402ページ。