越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

ロベルト・コッシーのキューバ紀行ーー2015年(11)急速に変化する通信事情

2015年10月14日 | キューバ紀行

(写真:スマホを使って、路上のWi-Fiスポットでネットをする若者たち、ハバナのベダド地区)

急速に変化する通信事情

越川芳明 

 いま、確実に変化していることがある。ネット事情である。

 キューバでは、少し前まで限られたエリートしかインターネットできなかった。しかも、電話回線を使っていたので、すごくのろかった。

 ADLSや光ファイバーが導入されるまでは、日本だって電話回線を使ってネットに入っていたのだが、その時代に戻った感じである。

 と同時に、ここ数年のあいだに、携帯電話が普及していた。アメリカやヨーロッパで使われなくなった旧世代の携帯やスマホを手に入れた若者が、路上でメールをしたりする姿は、ハバナでは当たり前になっていた。だが、それはあくまで携帯電話の回線を使ってのものだった。

 この夏の7月から、キューバ政府も思い切った手を打った。ハバナの各地域の公園でWi-Fi(無線LAN)を利用できるようにしたのだ。全国的には、そうした場所は35カ所あるらしい。人々は「エテクサ」(キューバ電信電話公社)で、1時間2CUCのカードを買う。カードの裏には、それぞれ8桁のIDとパスワードがしるしてある。30日間有効である。

 旧市街の「中央公園」から歩いて五分ほどにある、セントロ地区のサン・ミゲール公園には木が生い茂り、週末には衣類を扱う露店が出て大勢の人でにぎわう。いまは、平日の昼間だが、人々が木陰の下のベンチに腰をおろし、スマホでネットサーフィンに興じている。木や壁にもたれてタブレットをいじっている人もいる。ノートパソコンを膝の上に乗せている人もいるが、それは少数派である。

 キューバでは、国家による情報統制が行なわれている。新聞も政府公認の新聞しかない。新聞は、建前というか政府に都合のよいことしか言わない。だから、市民には本当のところは分からない。だが、Wi-Fiの導入によって、市民はいろいろな情報も手に入れることができるようになっている。

 いま、公園でWi-Fiをしているほとんどの人が、遠距離にいる知り合いや家族とチャットや、「スカイプ」に似た「モノMONO」と呼ばれるアプリを使って無料のテレビ電話をやっているようだ。その気になれば、世界の政治、ファッション、政治経済、スポーツなど、知りたい情報はいくらでも取ることもできる。

 だが、これは、キューバ政府が怖れることではないだろう。というのも、テレビ放送では、海外のニュースばかりを流す専門チャンネルがあり、国民が世界の動向に疎くなるということはない。

 むしろ、足りないのは、国内の動向に対する報道のほうだ。統制されているのはこちらのほうの情報だ。

 これまで政府は新聞やラジオ、テレビという古典的なメディアを使って、国民を啓蒙してきた。いわば、上から下への垂直的な情報の流れである。しかし、携帯やタブレット、パソコンを使った新しいメディアは、その流れを水平にする。それらのツールを使えば、誰でも発信することができるからだ。

 これからは、それまで受け手でしかなかった市民が身近な情報や自分の意見を発信し、双方向的でやり取りをし始めるだろう。

 キューバは、いうまでもなく共産党独裁の政治体制を取っている。中国で市民のデモがツイッターから始まったように、不満分子のツイッターが反政府デモを誘発することもある。キューバ政府が怖れるのは、今年1月に釈放したばかりの少数派の「政治犯」たちが、アメリカの支援を受けておこなう煽動活動ではないだろうか。