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世界と日本のボーダー文化

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書評 今福龍太『ジェロニモたちの方舟』

2015年04月23日 | 書評

反逆者が精神を解放する 今福龍太『ジェロニモたちの方舟』

 越川芳明

砂漠の小さな茂みが人目につかないところで地下茎を伸ばしているように、世界には「抵抗思想」の見えない鉱脈が広がっている。著者は、世界の大海にうかぶ数々の小さな孤島をそうした鉱脈の一部(まさに、「氷山の一角」)と見たて、それらが海でつながっていると発想する。本書は、いわば抵抗思想の考古学的発掘作業だ。  

著者は一九世紀に米国が関わった二つの歴史的事件に着目する。「インディアン強制移住法」(一八三〇年)と「米西戦争」(一八九八年)だ。前者はジャクソン大統領ら民族浄化主義者たちが先住民という「内なる他者」を征服した後、「外なる他者」への侵略行為に踏み出した。米国の「欲望」の起源をそれらの事件が規定することになったという。  

「国家の天命」として、領土を拡張しようと米国のゆがんだ深層心理が繰り出す「暴力」の触手はハワイ、キューバ、中南米へと伸び、フィリピンやベトナムで殺戮(さつりく)を引き起こす。そして、今世紀のイラク戦争へとつづく。著者によれば、「インディアン戦争」は、まだ終わっていない。  だが、圧政に立ち向かうジェロニモたちも「群島」のようにあちこちに存在する。書名のジェロニモとは、米国政府軍に抵抗した先住民アパッチ族の勇敢な戦士。本書の試みは、そうした反逆者たちの亡霊を召喚し、それによって非人間的な経済的効率主義や軍事的な欲望(大陸的な縄張り意識)に対抗する、多様性の「海」や「群島」の思想を鼓舞することだ。  

まさにキューバの思想家ホセ・マルティの言葉、「思想は他者に奉仕するためにある」の実践だ。  

米国の諸制度に反対し、正しい人間のいる場所は「牢獄」であると言いきった19世紀の思想家H・D・ソローをはじめ、太平洋の思想家ハウオファ、フィリピンの詩人フランシアらが召喚される。これらの反逆者たちは、本書によって新たな生命を獲得し、私たちの硬直した精神を解放してくれる。

(『共同通信』2015.3)


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