お楽しみはこれからだ❣️

本と映画とテレビと鉄道をこよなく愛するブログ

景気の影響!? オフィスに“弁当男子”が急増中

2009年01月10日 | 料理・飲み物・食べ物
独身男子のお弁当はご飯中心というシンプルさが特徴!
最近、オフィスの“お昼事情”にちょっとした異変が起きているという。何でも、お弁当持参の独身男性が増えているというのだ。今までは、OLさんや既婚男性のイメージが強かった「お弁当」。なぜ今になって独身の男性がお弁当を持ち始めたのだろうか。オフィス内で食べる男子(=お弁当派男子)の実態に迫ってみた。



お弁当といえばお弁当箱。最近のお弁当箱の売れ行きに、何か変化はあるのだろうか?

「男性の購入者が目立つようになったのは確かです」と語るのは東急ハンズの広報。また、独身男性が買うお弁当箱には特徴があるという。「ご飯だけでも、もしくはご飯と簡単なおかず1品と考える方が多いようです。ですから女性用のように何段もあるお弁当箱は必要なくて、シンプルなものを選ばれますね。」(同広報)

極端に言えばタッパーでもいいくらいに、男性ユーザーは機能を重視しているようだ。でも、なぜ今になって独身男性がお弁当に目を向け始めたのだろうか?

「やはり、景気の影響が大きいと思います。また、昨年のエコブームも要因の一つでしょうね。お弁当を持つことはカッコ悪いことじゃないというイメージが定着しつつあるのではないでしょうか」(同広報)

たしかに編集部にも、最近になって“お弁当派”に転向した男性がいる。理由を尋ねると、「お金も貯めたいし、健康が気になるから」なのだとか。おかずは、お弁当屋さん等の量り売りなどを利用してやりくりしているのだそう。節約できるところは節約して、趣味に惜しみなくお金をかけるという最近の男子の傾向。ランチ事情にも、如実に現れているようだ。 (【Walkerplus/安藤真梨】より引用)



確かに東京で働いていると、「この味で1000円も取るの?????」という客を馬鹿にした店が多い。弁当の方がいいかも・・・
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中田カウスさん:停車中、金属バットで殴られる 大阪

2009年01月10日 | 笑い
 9日午後8時45分ごろ、大阪市中央区日本橋2の府道(堺筋)で、信号待ちの乗用車に乗っていた漫才師の中田カウス(本名・野間勝道)さん(59)が、近づいてきた男に金属バットで顔を殴られた。男はそのまま逃走した。中田さんは左のほおに打撲の軽傷。大阪府警南署は傷害などの容疑で逃げた男の行方を追っている。

 同署の調べによると、男は中田さんが座る助手席の窓ガラスを金属バットでたたき割り、さらに、中田さん目がけてバットの先端で数回、突いてきた。うち1回が中田さんの左ほおに当たった。男は十数メートル離れたところに止めてあったミニバイクに乗って、南に向かって逃走した。黒色タオルで覆面をした上で、フルフェースのヘルメットをかぶり、黒っぽいダウンジャケットのような上着を着用していた。中田さんは弟子の女性(24)が運転する車に乗って、現場近くの「なんばグランド花月」(中央区)から北に向かう途中だった。

 中田さんが所属する「よしもとクリエイティブ・エージェンシー」は10日、中田さんがなんばグランド花月の出番を12日まで休演すると発表した。けがは頭や顔、肩などの打撲と切り傷で、2週間の治療が必要としている。

 中田さんは07年4月、暴力団と親密な関係にあるとして週刊誌などで報道され、吉本興業の「特別顧問」を退任している。
(毎日新聞より引用)


師匠の中田ダイマル・ラケットの様に漫才だけに専念していれば、こんな事にはならないと思うが・・・
お笑いネットワーク発 漫才の殿堂 中田ダイマル・ラケット [DVD]

ポニーキャニオン

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内容(「キネマ旬報社」データベースより)
よみうりテレビ「お笑いネットワーク」の貴重な映像を中心に、爆笑漫才の数々を収録したDVD。今作は兄弟漫才コンビ“中田ダイマル・ラケット”をピックアップ。実の兄弟ならではの息の合ったコンビネーションから生み出される爆笑漫才が味わえる。

内容(「Oricon」データベースより)
読売テレビで昭和38年より放送された「お笑いネットワーク」の中から、中田ダイマル・ラケットの貴重な映像を収録。
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冬のソナタ プレミアムBOX カットシーン完全収録 【ミニョン眼鏡付き】 (初回限定生産)

2009年01月10日 | 映画・DVD・ビデオ
冬のソナタ プレミアムBOX カットシーン完全収録 【ミニョン眼鏡付き】 (初回限定生産) [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ

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内容紹介
韓流ドラマの金字塔『冬のソナタ』 幻のカットシーンを完全収録し初DVD化!!
さらに未公開映像を含むメイキング・インタビュー・NG・TV番組等お宝映像満載!

ミニョン・モデルの眼鏡&オリジナル・ブックレットを収納した豪華BOX仕様!3万セット限定生産発売!!


『冬のソナタ』――
純真さ、人を思いやる気持ち、初恋のせつなさ、ピュアな愛、自己犠牲――そんな 私たちが忘れてしまった大切な何かがいっぱいに詰まった宝物のようなあのドラマを、あなたはもちろん覚えていますよね。
この素晴らしき韓国ドラマ『冬のソナタ』は、日本でのTV放映時やDVDでは、1話約10分もの重要なシーンがカットされていました。今回お届けする「プレミアムBOX」には、この幻のカットシーン約200分を全て収録しKBS監修で編集したドラマダイジェストと『冬のソナタ』の舞台裏に迫るメイキングやインタビュー、NGシーンやTV番組などの未公開映像を含むお宝映像特典がたっぷり収録されています。また、KBS公認の「冬のソナタ眼鏡(ミニョン・モデル)」はこのBOXでしか手に入らない貴重なプレミアムアイテムです。オリジナル・ブックレットも封入された超豪華プレミアムBOXを3万セット限定で発売致します。

※DVD 5枚組 オリジナルBOX&デジパック仕様

■本編: ドラマダイジェスト
※約200分に及ぶカットシーンを完全収録
■映像特典:日本未公開映像を含む豪華映像
・新編集厳選NG集 ・インタビュー
・冬のソナタコンサート特選映像 ・メイキング
・厳選TV番組映像(キャストインタビュー、バラエティ番組、NGバトル) ・チンスクの来日記 ・撮りおろしロケ地映像
■封入特典: 1KBS公認 冬のソナタ眼鏡(ミニョン・モデル)
2オリジナル・ブックレット
※DISC1-4の収録内容は全カットシーン(約200分)と名場面映像シーンを合わせてDVD4枚(約455分)に編集した「ドラマダイジェスト」です。 「ノーカット完全版」ではございません。予めご了承下さい。

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
チェ・ジウとペ・ヨンジュンの共演で一大ブームを巻き起こした『冬のソナタ』のダイジェストに、3時間以上にも及ぶカットシーンを収録した5枚組BOX。特典にミニョン・モデルの眼鏡を封入する。


貴重なDVD。売り切れは必至やろなぁ~
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プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル 宮崎 駿の仕事

2009年01月10日 | 映画・DVD・ビデオ
プロフェッショナル 仕事の流儀スペシャル 宮崎 駿の仕事 [DVD]

NHKエンタープライズ

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内容紹介
アニメーション映画の巨匠 宮崎 駿の仕事に迫る!
1対1のガチンコ勝負! カメラがとらえた宮崎 駿の実像

映画監督・宮崎 駿4年ぶりの新作「崖の上のポニョ」が2008年7月19日に公開された。番組は、宮崎が「最後の長編」と語る「ポニョ」の創作現場に300日にわたって密着。宮崎 駿監督の創作の秘密と、知られざる素顔に迫るスペシャル版。2回に分けて放送された番組をDVD化。

○2007年3月27日にNHK総合テレビで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀 スペシャル 映画を創る 宮崎駿・創作の秘密」(59分)と2008年8月5日にNHK総合テレビで放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀 スペシャル 宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日~」 (87分)を収録。

【特典映像】
宮崎 駿 未公開インタビュー

【内容】
「映画を創る 宮崎駿・創作の秘密」
「ハウルの動く城」以来となる新作長編映画の準備作業に、ディレクターが小型デジタルカメラを手に3か月半密着。宮崎アニメはどのようにして生まれてくるのか。宮崎駿監督の創作の秘密と、知られざる素顔に徹底的に迫る。



「宮崎駿のすべて~“ポニョ”密着300日~」

宮崎が「最後の長編」と語る新作「崖の上のポニョ」の創作現場に300日にわたって密着。宮崎アニメの秘密を徹底的に解明する。映画作りが大詰めを迎える中、宮崎が見せた涙。カメラは映画誕生のドラマを克明にとらえた


とにかく凄い密着度だった・・・放送で観た時は。
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ふりぃ(期間限定生産盤)

2009年01月10日 | 歌・CD
ふりぃ(期間限定生産盤)

PONYCANYON INC.(PC)(M)

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内容紹介
迫力のある圧倒的な歌声を誇る、次世代18歳シンガーソングライター阿部真央のデビューアルバム!!


気になる存在。
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長島☆自演乙☆雄一郎・・・コスプレする格闘家。

2009年01月10日 | 健康・スポーツ
長島☆自演乙☆雄一郎(ながしま じえんおつ ゆういちろう、1984年7月2日 - )は、日本のコスプレイヤー、キックボクサー、総合格闘家。本名長島 雄一郎(ながしま ゆういちろう)。報徳学園高校卒、流通科学大学出身。血液型はA型。

ニュージャパンキックボクシング連盟 (NJKF) 初代スーパーウェルター級チャンピオン。
ブログ→http://ameblo.jp/jienotsu/
長島☆自演乙☆雄一郎vs宮越宗一郎 (ダイジェスト)



人物
兵庫県西宮市出身・在住。大阪市生野区の魁塾に所属。格闘家としてのバックボーンは日本拳法。試合の入場曲は全てアニメの主題歌であり、入場行進中にアニメのコスプレを行うことが恒例となっている。

オフィシャルブログによると、仕事はあくまでコスプレであり、格闘技は趣味としている。もっとも、リングへの入場で初音ミクのコスプレをするなど、仕事が趣味を侵食している感は否めない。

本人の公式サイトでは目標について「皆に認めて貰えるような立派なアニオタになること」、そのついでに「ベルトも目指してる」とし、あくまでコスプレ優先の姿勢を崩していない。夢は「K-1に出てコスプレ応援団席を作ること」としている。


来歴

総合格闘技
2005年8月27日、POWERGATE 2(総合格闘技ルール)に出場し、高田谷悟に腕ひしぎ十字固めで一本負け。この時のリングネームは本名である長島 雄一郎であった。

2006年4月29日、REALRHYTHMの若手育成大会「ダブルアール」で開催されたライト級トーナメントに出場し、2試合を勝ち抜く。セコンドには池本誠知が付いた。

2006年7月30日、REALRHYTHM 4th STAGEで行われたダブルアール・ライト級トーナメント決勝で鍵山雄介にKO勝ちし、優勝を果たした。

2006年10月1日、パンクラスのパンクラスゲート試合に出場し、KO勝ちを収めた。


キックボクシング
2007年4月15日、ニュージャパンキックボクシング連盟でキックボクシングデビューし、深野文仁に右ハイキックでKO勝ち。この試合からリングネームを長島☆自演乙☆雄一郎に変更した。

2008年2月11日、「MARS 11 "2nd ANNIVERSARY"」で開催されたMARSブラスターバウト初代王者決定トーナメントAブロックに出場。1回戦でK・ウォーワンチャイに判定勝ちすると、決勝ではシャイン・スー(韓国、大韓ムエタイ韓国スーパーミドル級王者)にKO勝ちし、優勝を果たした。Bブロック優勝者浦野貴之と6月29日に王者決定戦で対戦予定であったが、大会は開催されず、MARSは消滅した。


NJKF日本王座獲得
2008年11月9日に東京・後楽園ホールで行われた「START OF NEW LEGEND XIII 〜新しい伝説の始まり〜」第10試合NJKFスーパーウェルター級王座決定戦[3]では、前日コメントで対戦相手の古川照明は入場行進中のコスプレに対し「北斗の拳とかのアニメの真似事だと思うが最近のアニメは理解できない」とコメント、対する長島は「練習時間以外は常に入場のことを考えている。てるあきくん、おっつおつにしてやんよ♪」というコメントを残し[4]、翌日の試合では入場行進時に初音ミクコスプレした両手にネギを持ちネギ踊りしつつ入場、リング上でも踊り狂った。

試合そのものは1ラウンド開始直後から長島が攻め込んでパンチの連打で古川からダウンを奪う。古川は立ち上がったものの左目が腫れて足下がおぼつかず、再開直後から再び仕掛けてきた長島のラッシュに抵抗出来ずスタンディングダウンを取られレフェリーストップ。1ラウンド1分4秒TKO、試合開始64秒、パンチのみでの勝利だった。試合後、応援客が応援の小道具として持っていたネギをリングに投げ込む中、長島はコーナーポストに登って歓喜の雄叫びを上げ、NJKFスーパーウェルター級初代王者となった。

2008年12月22日、DEEP PROTECT IMPACT 2008で初代M-1フェザー級王者サクシー・ケイ・リバーと対戦し、TKO勝ち。試合後には谷川貞治がリングサイドで観戦する中、「全勝でK-1MAXの舞台に上がりたいと思っています。アニヲタによるK-1制圧作戦が実行に移されようとしています」とK-1参戦をアピールした。



なんでもありだーっ!!!!!
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天使になりたい・・・マクロスFの声優が歌うCD。

2009年01月10日 | 歌・CD
天使になりたい
春行,MaluMalu,Ryo,藤澤慶昌,川口圭太,宮下浩司
flying DOG

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「マクロスF」の人気はどうして・・・僕には分からない。



『マクロスfrontier』(『マクロスF』とも表記、マクロスフロンティア、MACROSS Frontier)は、日本のテレビアニメ作品。およびそれを原作としたメディアミックス作品。2008年4月から2008年9月までMBS・TBS系列で放送された。全25話。


概要
コンセプト
マクロスシリーズ生誕25周年記念作品として、河森正治を総監督に迎え制作されたテレビアニメ版マクロスの第3作目。物語の舞台は、超長距離移民船団「マクロス・フロンティア」である。(『マクロスF』の「F」は「FRONTIER」の略である) 物語の年代は『超時空要塞マクロス』から50年後、『マクロス7』から14年後の西暦2059年。シリーズの伝統である主要男女キャラクターの三角関係は本作でも健在で、更に軍人・歌手としての生活を送る一方で、日常では普通の学生として日々を過ごす「学園物」を基本コンセプトに据えている。
河森正治は同じことを繰り返さないことをモットーとしているが(河森正治#人物を参照)、本作では原点回帰として各種設定やエピソードなどに過去のマクロスシリーズからのセルフオマージュが多数見られる他、深夜枠ならではの描写も多い。また、本作ではOVA『マクロス ゼロ』に続いて、メカニックや敵生物バジュラの描写などに3DCGが全面的に導入されている。
制作スタッフ
これまで同シリーズの映画、OVAには、バルキリー(可変戦闘機)のデザインのみならず監督としても名を連ねた河森であるが、テレビシリーズにおいては本作が初であった。なお、「総監督」である河森の他に、「監督」として菊地康仁も起用されている。
『マクロスプラス』をはじめとして、『天空のエスカフローネ』や『創聖のアクエリオン』など、河森作品に縁の深い菅野よう子が本作でも音楽を担当する他、河森に馴染み深いスタッフが多数参加している。
歌唱シーン
同じくシリーズの伝統である歌姫については、1980年代の清純派アイドル風のランカ・リーと、現代の洋楽アイドル風のシェリル・ノームがダブルヒロインとして登場する。ランカ・リー役は、約5000通の応募からオーディションで選ばれた新人・中島愛が演じており[2]、歌唱シーンも中島本人が担当している。シェリル・ノーム役は、声優とシンガーがそれぞれのパートを担当する『マクロス7』と同様の手法が採られており、「歌シェリル」を女性歌手のMay'nが担当している。
楽曲の多彩さに加え、作中の随所で歌唱シーンを演じていることの影響から、主題歌・挿入歌のシングルやサウンドトラックがオリコンチャート5位以内に飛び込み、さらに映像ソフト第1巻がBlu-ray Discとしては異例の2万枚を突破するなどDVDより普及率が少ないにも関わらず好調なセールスを記録している。また、放送内容とリンクする形でヒロイン2人のオフィシャルブログ(外部リンク参照)が掲載されていた。放送終了後から更新は途絶えていたが、12月4日に更新があったことから現在も続いているものと思われる。
製作には「マクロスシリーズ」を伝統的に担当するビックウエストおよび毎日放送(MBS)が関わっている。劇場版の製作が公式に発表された。


あらすじ
西暦2009年2月。地球統合軍と異星巨人種族「ゼントラーディ」とのファースト・コンタクトを機に勃発した第一次星間大戦。1年余りに渡る戦いは、地球を死の星へと変貌させ、そこに住まう生命の99%以上を死滅に追いやった。西暦2010年3月、第一次星間大戦は終結。同年4月、旧統合軍及び旧ゼントラーディの将官達を取り込み新地球統合政府が樹立。荒廃した地球環境の再生と共に、来たるべき全人類規模の危機に備え、全宇宙への種の保存・拡散を目的とした「銀河播種計画」を立案、実行へと移した。やがて、新統合軍の護衛戦闘艦と一体化した巨大な居住艦を中心に大規模移民船団が次々と結成され、人の住める惑星を探して銀河の方々へと旅立っていった。

西暦2059年。旗艦アイランド1を中心に大小数千隻の宇宙船で構成された第25次新マクロス級移民船団マクロス・フロンティアは、1,000万人規模もの居住民を乗せて銀河の中心を目指す航海の中にあった。

ある日、近隣宙域を航行中の第21次新マクロス級移民船団マクロス・ギャラクシーより、コンサートツアー中のトップシンガーシェリル・ノームがフロンティアに来訪する。彼女のコンサートの演出であるエア・アクロバットへの参加依頼を受けた美星学園航宙科の高校生早乙女アルトは、ステージ裏手での準備の最中、コンサートに訪れた女子高生ランカ・リーと出会う。そして始まったシェリルのコンサートに人々は熱狂するが、一方その頃、謎の巨大異星生命体バジュラがフロンティアへと迫っていた。新統合軍の迎撃が奏効せぬ事態を受けて、フロンティア行政府は民間軍事プロバイダーS.M.S.に出動を要請。最新鋭可変戦闘機VF-25を擁するスカル小隊が迎撃に向かうが、バジュラはついにアイランド1居住区にまで侵入し破壊の限りを尽くす。混乱の中アルトは逃げ遅れたランカを救うべく、バジュラに殺されたパイロットに代わりVF-25へ乗り込みバジュラに立ち向かう。

ランカを救ったアルトは紆余曲折を経てS.M.S.に入り、スカル小隊に配属される。ランカはアルトに励まされて歌手への道を歩みだし、コンサートでのアクシデントをきっかけにアルトと知り合ったシェリルは自分を特別扱いしないアルトに惹かれてゆく。三人はそれぞれの道で互いに影響されながら成長してゆくが、その裏ではバジュラの持つ力を利用しようとするさまざまな陰謀が絡み合っていた。

マクロスF(フロンティア) 6 (Blu-ray Disc)

バンダイビジュアル

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魔法びん浴槽

2009年01月10日 | 健康・スポーツ
詳しくは→http://www.toto.co.jp/products/bath/b00025/function/comfort_eco/index.htm

試しに入りたい。お湯に・・・
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サザエさん第1話

2009年01月10日 | テレビ番組
サザエさん第1話


バイオレンスサザエさん


呪われたサザエさん


サザエさん 逆再生


[遊戯王&サザエさんMAD]タラちゃんがデスノートを拾ったようです


タラオとイクラのお便りコーナー




面白い。
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牟田悌三さん死去=「ケンちゃん」シリーズのパパ役

2009年01月10日 | テレビ番組
 テレビドラマ「ケンちゃん」シリーズのパパ役で知られ、ボランティア活動にも熱心に取り組んでいた俳優の牟田悌三(むた・ていぞう)さんが8日午後11時33分、東京都世田谷区の病院で死去した。80歳だった。東京都出身。自宅は東京都世田谷区深沢8の13の32。葬儀の日取り、喪主は未定。
 北海道大在学中から俳優活動を始め、温かみのある脇役としてテレビや映画、舞台で幅広く活躍。その傍ら、子供の悩みを聞く電話相談「チャイルドライン」の開設に尽力し、全国に広げた。中央教育審議会専門委員も務めた。
 8日夜、自宅で倒れているのを家族が見つけたといい、死因は不明。昨年8月放送のNHKドラマ「帽子」が、俳優として最後の出演作となった。(了)
(時事通信より引用)
すし屋のケンちゃん




宮脇 健(みやわき けん、本名・宮脇 康之(みやわき やすゆき)、1961年6月13日 - )は東京都出身の俳優。子役時代は「ケンちゃん」としてお茶の間の人気者だった。 旧芸名は、本名の宮脇康之。


経歴
1964年 、山田洋次監督の映画『運がよけりゃ』で芸能界デビュー。
1966年 、テレビドラマ『チャコねえちゃん』(四方晴美主演)に出演。以後1976年の『フルーツケンちゃん』までケンちゃんシリーズに出演。しかし、テレビでの活躍とは裏腹に家庭の崩壊、兄の自殺未遂、そして保証人になったことによる多額の借金と苦難に満ちた人生を送った。
1980年 、テレビドラマで共演した三原順子との交際が芸能誌に報じられる。
1982年、子役からの脱却を目的ににっかつロマンポルノ『マル本噂のストリッパー』に出演。その後は、結城哲也に弟子入りしてチャンバラトリオの付き人を務めたり(その際、吉本新喜劇にもチョイ役で出演)、沖縄ローカルのタレント活動をするなどしたが、芸能の仕事が途絶える状態となる。
1990年、豊川誕らと共にロックバンド『豊川誕とケンちゃんバンド』を結成した。
1996年に結婚。
1997年、子役時代の家庭崩壊などの内情を綴った『名子役の虚構 ケンちゃんの真実』を出版し話題となる。この頃はガス検針の仕事をしながら、「あの人は今」といった企画の常連となり、芸能界復帰への意欲を語る。
2000年、芸名を宮脇健に改名。
2004年1月、自叙伝『ケンちゃんの101回信じてよかった』(講談社)を発表。2007年現在は2001年から始めた還元水生成器ビジネスで成功を収め、講演活動で全国をまわる傍ら、芸能活動も行っている。

出演作品

テレビドラマ
『チャコねえちゃん』(1967年4月6日~1968年3月28日放送)
『チャコとケンちゃん』(1968年4月4日~1969年3月27日放送・全52話)
ケンちゃんシリーズ

『ジャンケンケンちゃん』(1969年4月3日~1970年2月26日放送)
『ケンちゃんトコちゃん』(1970年3月5日~1971年3月4日放送)
『すし屋のケンちゃん』(1971年3月11日~1972年3月2日放送・全52話)
『ケーキ屋ケンちゃん』(1972年3月9日~1973年3月1日放送・全52話)
『まんまる四角』(京マチ子主演 1973年1.5~6.29 全26回)
『おもちゃ屋ケンちゃん』(1973年3月8日~1974年2月28日放送)
『ケンにいちゃん』(1974年3月7日~1975年2月27日放送・全52話)
『おそば屋ケンちゃん』(1975年3月6日~1976年2月26日放送・全52話)
『フルーツケンちゃん』(1976年3月4日~1977年2月24日放送・全52話)
『刑事犬カール』(1977年9月12日~1978年6月5日放送)(以上東京放送)
『ナッキーはつむじ風』(1978年10月11日~1980年3月12日放送、東京放送)
『翔んだカップル』(1980年10月3日~1981年4月10日放送、フジテレビ)
『ときめき十字星』(1980年10月6日~1981年3月3日放送、東京12チャンネル)
『愛LOVEナッキー』(1980年3月19日~1980年10月29日放送、東京放送)
『GOGO! チアガール』(1980年11月5日~1981年10月21日放送、東京放送)

映画
『チャコとケンちゃん』(1969年3月18日公開、東映)
『おもちゃ屋ケンちゃん よそではいい子』(1973年8月1日公開、東映)
『お嫁にゆきます』(1978年7月22日公開、東宝)
『大恐竜時代』(アニメ) (1979年10月7日公開、日本テレビ)
『(本)噂のストリッパー』(1982年9月15日公開、日活)
『銀玉マサやん』(1992年12月12日公開、竜企画)

オリジナルビデオ
『銀玉マサやん 琉球パチンコ決戦』(1993年9月17日発売、ポニーキャニオン)
『Zero WOMAN 危ない遊戯(ゲーム)』(1998年5月1日発売、マグザム)
『闇の天使 DREAM ANGEL』(2001年発売)

テレビ番組
『ビバ!フィッシング』(司会、東京12チャンネル)
『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(出場者、日本テレビ)

著書
『名子役の虚構 ケンちゃんの真実』バラス、1997年
『ケンちゃんの101回信じてよかった』講談社、2004年 - ISBN 406212226X

エピソード
こぼれ話
自叙伝で宮脇は次のように述べている。

「ドラマの中では、宮脇康之でいる事は許されなかった。ケンちゃんにならなければならず、必ず半ズボンを穿いていなければならなかった。6年生にもなったら、半ズボンがたまらなく嫌になり、やめさせてくれなければ役を下りるとプロデューサーに申し入れたら、聞き入れてくれたが、その代わりケンちゃん役は下ろされ、たまに登場するだけの中学生のお兄さん役に回された。」

当時、子どもの象徴としていかに大人が小学生に半ズボンを押し付けていたかをよく物語る逸話だが、このエピソードは必ずしも事実と同じものではない。宮脇康之は中学校卒業までケンちゃんを演じていたからである。

後年の自叙伝「ケンちゃんの101回信じてよかった」では、冬に夏の海水浴シーンを演じさせられることなどの苦労が書かれている。

「ケンちゃんの101回信じてよかった」では、自身が大人の俳優となれなかった主因を、高校生のとき俳優になるための勉強を怠り大金を使って遊んでいたためと、自らの責任としている。しかし、一方では1980年代におけるTBSなどの扱いに関する不満(1982年以降、テレビ局に行っても仕事の話をしようともしなかったこと)も正直に述べている。

ケンちゃん役を降板した後3年ほどは大いに仕事があったが、その後は仕事はほとんどなくなった。原因の一つは三原じゅん子との熱愛疑惑とされる(自叙伝「ケンちゃんの101回信じてよかった」より)。しかしこれについては20年後いつみても波瀾万丈の三原じゅん子の回で、三原本人の口から「熱愛報道は宮脇さんの事務所の意向ではなかったか」と踏み込んだ発言があった(この番組はゲスト芸能人の自叙伝的番組であり、個々のスキャンダルにゲスト本人がここまで言及するのは異例である)。
一方で宮脇は、近年この件に関して「真剣に交際していたが、ある日彼女(三原)から沖田浩之を紹介され『私はこの人と付き合うことになった』と一方的に別れを告げられてしまった」「なぜ別れることになったかはいまだに僕も分からない。でも付き合っていたのは事実ですから」といった旨をインタビューで語っている。

俳優としての仕事がなくなってからは、いくつか仕事を転々としている。


四方晴美(チャコちゃん)は元気かなぁ・・・彼女のお母さんは黒澤明監督の『生きる』に出ていた小田切みき。数年前、亡くなられたが。


四方 晴美(よも はるみ、1957年5月19日 - )は、日本の元女優、元子役。東京都大田区田園調布出身。愛称はチャコ。俳優である父・安井昌二、母・小田切みきの娘。二人姉妹の妹で、姉の四方正美も子役出身の俳優であった。


来歴
1962年、映画『僕チン放浪記』にて、主役の少年役でデビュー。1962年、安井昌二、小田切みきと親子で共演したTBSのテレビドラマ『パパの育児手帳』にチャコちゃんとして主演。「チャコちゃんシリーズ」はその後、『チャコちゃん社長』、『チャコちゃんハーイ!』などと5作続く平均24%の視聴率を誇る人気シリーズとなり、さらに「ケンちゃんシリーズ」に引き継がれた。ケンちゃんは宮脇康之(のちに宮脇健)が演じた。

1971年に『金メダルへのターン』、1974年に『高校教師』に出演し、1975年に引退を宣言。母親の経営する小料理屋を手伝っていたが、1979年に一時復帰。80年代に入り再度引退した。引退の理由は、グラビアアイドルとしてプレイボーイに登場したところ、当時交際していた男性に「ファンレターなどがたくさん来て、仕事が忙しくなったらどうするんだ」と問われ、それなら芸能界を辞めると決断したためである。現在はファーストフード店の店長をしている。


主な出演作品

映画
僕チン放浪記(1962年、大槻義一監督)
チャコとケンちゃん(1969年、窪川健造監督)
卒業旅行 Little Adventure(1973年、出目昌伸監督)

テレビドラマ
榎物語(1962年3月、TBS)
パパの育児手帳(1962年10月-1963年5月、TBS)
チャコちゃん社長(1964年7月-10月、TBS)- 主演
チャコちゃんハーイ!(1965年2月-1966年1月、TBS)- 主演
チャコちゃん(1966年2月-1967年3月、TBS)- 主演
チャコねえちゃん(1967年4月-1968年3月、TBS)- 主演
チャコとケンちゃん(1968年4月-1969年3月、TBS)- 主演
渥美清の父ちゃんがゆく(1969年4-6月、フジテレビ)
金メダルへのターン(1971年、フジテレビ)
朝の連続テレビ小説「繭子ひとり」(1971年、NHK)
高校教師(1974年、東京12チャンネル)
ザ・サスペンス「もう一人の乗客」(1982年、TBS)

http://www.geocities.jp/kindanhm/ken.html
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藤原竜也、小栗旬が舞台で共演!

2009年01月10日 | エッセイ・日記・意見
剣豪・宮本武蔵の人生を描いた舞台「ムサシ」の制作発表が8日、都内のホテルで行われ、俳優の藤原竜也さん、小栗旬さんら出演者のほか、作者の井上ひさしさん、演出家の蜷川幸雄さんが出席した。

 「ムサシ」は20数年前から井上さんが構想を温めていたという音楽劇。宮本武蔵役を藤原さんが、佐々木小次郎役を小栗さんが演じる。

 藤原さんは「作者の井上さん、演出家の蜷川さんという大きな2人の壁に最強のキャストで挑みます。僕は準備ができているので、あとは台本と演出次第かな」と余裕をみせると、小栗さんは「僕は何でも大丈夫です。スポンジでいようと思っているので」と笑顔で話した。

 台本を作成中という井上さんは「(武蔵役と小次郎役が)入れ替わるということもありますよね。演劇ですから。今ははっきり申し上げられない。是非ご覧になって確認いただきたい」とPRした。

 舞台は3月4日~4月19日まで埼玉・彩の国さいたま芸術劇場で、4月25日~5月10日まで大阪・梅田芸術劇場で上演される。
(読売新聞より引用)


「宮本武蔵」は面白い小説だった。舞台はどうだろう。

宮本武蔵 全8冊 吉川英治歴史時代文庫
吉川 英治
講談社

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宮本武蔵 DVD-BOX

東宝

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アドルフに告ぐ

2009年01月10日 | 本・雑誌・漫画
アドルフに告ぐ (5) (文春文庫―ビジュアル版)
手塚 治虫
文芸春秋

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出版社/著者からの内容紹介
ナチス・ドイツの敗勢は日とともに明らかとなった。ヒットラーは自殺し、残る二人のアドルフの対決する時が来た……全五巻完結!


「アドルフに告ぐ」を描いておられる時、手塚先生の取材をした。1985年3月の事。1989年2月9日、手塚先生は天に召された。
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スンギ少年のダイエット日記

2009年01月10日 | 写真・カメラ
スンギ少年のダイエット日記
加瀬 健太郎
リトル・モア

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内容紹介
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走れ、スンギ
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写真を勉強するためロンドン郊外に住むことになったケンターロゥ。
ふとしたことから仲良くなったご近所のスンギ少年が、
スリムになりたいからダイエットを手伝ってほしいと言ってきた。
翌日からジョギングの伴走をすることに。


服部一成のアートワークが光る、絵本のような新しい写真集!

黒人少年「スンギ」の奮闘ぶりと、大好きなケンターロゥに見せる最高の笑顔。
その愛らしさに、思わず笑みがこぼれてしまう。
そして、スンギは痩せたのか!?

内容(「BOOK」データベースより)
極東からやってきた青年と、マラウイを母国とするスンギ少年の友情。かつてないフォトブック。


面白い写真集だよ~
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