「不正選挙論」というポスト真実は韓国でも通用するのか
尹錫悦大統領の弾劾審判第4回弁論が行われた23日午後、ソウル鍾路区の憲法裁判所付近で、尹大統領を支持する保守団体の集会が行われている=写真共同取材団//ハンギョレ新聞社
驚くべきファクトだった。目を引くには十分だった。文化放送(MBC)がコリアリサーチに委託して先月29~30日に実施された世論調査での質問の一つだ。「不正選挙があったと思う」という回答が29%を占めたのだ。与党「国民の力」の支持層では実に65%に達した。まさか。
私たちは、事実や真実がありのままに受け入れられない新たな時代を生きている。特に党派性に関する事案であればあるほど、互いに異なる事実が衝突する。2022年の米国の世論調査には「現職のジョー・バイデン大統領が勝利した2020年の大統領選挙は操作され、盗まれた」という主張に同意するか、との問いがあった。実に40%が同意した。2022年の別の世論調査には、1年前にあった議会暴動についての問いがあった。民主党支持者の85%は「政府を転覆するためのデモ」だったと評した一方、共和党支持者の56%は「自由を守るための行為」だったと答えた。異なるトーテムを信じる部族も同然だ。
不正選挙論は全世界において普遍的な極右ポピュリズムの言説だと言える。不正選挙論は敗北した選挙に対する承服の拒否にとどまらず、選挙を歪曲し、選挙外的手段を積極的に用いることで、選挙を通じて作動する代議制民主主義を傷つけ、否定する反体制的言説だ。既成の秩序を拒否して廃止することを目指す極右としては、魅力を感じざるを得ないものだ。今や彼らの汎用兵器となっている。
複数の調査で表れている最近の世論の地形は、国民の力の支持率の上昇、弾劾反対論と政権延長論の拡大だ。大統領が軍を動員して親衛クーデターを試みたという事実に照らしてみれば、到底納得しがたい流れだ。保守系の回答者の割合が増えたせいでもあるだろうが、大きく見れば政治的両極化の効果だ。理念や政策に同意できないからではなく、単に相手を嫌う感情的両極化、ある人のことが好きだからそのライバルを嫌うという肯定的愛着ではなく、相手に反感を抱いているから、その相手と対立する味方を無条件に擁護するという否定的党派主義の作り出した、作られた現実だということだ。
しかし、このような両極化、党派主義は、春に花が咲くように自然に発現したわけではない。意図的で執ような扇動の結果だ。扇動の主体は尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領と政府内の尹一派、国民の力、極右ユーチューバー、プロテスタント右派などの極右カルテルだ。扇動の内容は「ポスト真実キャンペーン」だ。ポスト真実(post-truth)とは、客観的な事実よりも信念と感情に訴えた方が、世論形成に大きな影響を及ぼす現象をいう。「ポスト真実にマニュアルのようなものが存在するとしたら、おそらくこう記されているのではなかろうか。『真実を語る者を攻撃せよ。どのような話題であれ、うそで言い繕え。逆の情報を作り出せ。不信と両極化を助長せよ。混乱と冷笑を誘発せよ。そして独裁者の言葉こそ真実だと主張せよ』」(リー・マッキンタイア『誰が真実を転覆しようとしているのか』、原書は『On Disinformation: How to Fight for Truth and Protect Democracy』、日本語版未刊)
ポスト真実キャンペーンの最も代表的な成功例はトランプだ。2016年の大統領選挙で勝利したのも、4年で華やかに再起したのも、すべてポスト真実キャンペーンを通じて世論を引き付けるのに成功したからだ。だが、成功した米国のプレイブックに従ったからといって、無条件に成功が保障されるわけではない。一見似ているようでも、韓国は米国とはかなり異なる。
トランプの2度の大統領選での勝利は、いずれも挑戦者の時のものだ。挑戦者としての、8年間のオバマ政権、4年間のバイデン政権に対する審判の枠組みにおける勝利だ。一方、2020年に大統領として戦った選挙では敗北している。ポスト真実キャンペーンは、誰かの過ちを指摘したり、過酷な現実から生じる怒りと敵意を動員したりするには、非常に効果的だ。しかし、政権担当者として臨む対決においては異なる。批判の主体ではなく対象となるため、感情的な訴えの効果は限定的にならざるを得ない。
より決定的な違いは、社会経済的弱者の態度にある。米国のトランプは、グローバル化とそれにともなう製造業の空洞化によって生活の質が悪化した労働者の剥奪感と怒りにフォーカスしたことで、彼らを巨大な支持層として動員することができた。低学歴の貧しい白人労働者たち、長きにわたって民主党の主力支持層だった彼らの強い支持は、トランプ連合の最も強力な主軸だ。彼らが民主党に背を向けたのは、同党の無能と無関心がその理由だった。
アンガス・ディートンとアン・ケースが指摘するとおり、1999~2017年に白人中年は自殺率が上昇し、健康が悪化し、期待寿命が縮んだ。仕事を失い、実質賃金も下がった。45~54歳の大卒以上の学歴を持つ人の死亡率は40%も下落したのに対し、高卒以下の白人の死亡率は25%上昇した。絶望、剥奪感、疎外感などに押しつぶされたことによる自殺、薬物の過剰摂取、アルコール性肝疾患による「絶望死」が増加したからだ(『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』)。このように民主党は、白人労働者の暮らしの改善に対して無能であったし、ある意味では関心すら傾けなかった。
人種民族主義も強く作用した。白人の地位が揺らいでいるという危機感、移民の大量流入と雇用の喪失によって、かつて内戦まで引き起こした人種政治が再び活性化したのだ。「トランプの人種民族主義は常に階級的視点を内包していた。トランプは、グローバル化に乗ったエリートたちによって周辺へと追いやられた米国の内陸地方に住む庶民(白人)男性を自分は代弁していると考えた。彼のみるところ、これらのエリートが自由貿易を追求した結果、米国は製造業の雇用をすっかり奪われ、わずかに残されたブルーカラーの労働者たちは賃金を削減されなければならなかったということだ」(ゲイリー・ガーストル『新自由主義の終焉』)
トランプの成功を生んだ労働者たちの社会経済的な不満と怒りは、韓国では尹錫悦政権へと向かっている。発足以降、緊縮財政、研究・開発予算の削減などで「民乱」直前にまで至り、彼らはあきれたことに民生ではなく戒厳を選択した。引き継ぎ委時代の大統領室の移転から戒厳に至るまで、彼らは終始一貫して民意に抗った。そのうえ国民の力は金持ちの政党、強者の代表だという、強く鮮明な認識がある。食べていくこともままならない社会経済的弱者が尹大統領と国民の力を支持する理由はない。
戒厳賛成や弾劾反対の世論は、60代以上の高齢層で最も強い。1月21~23日に実施された韓国ギャラップの世論調査における国民の力の支持率は、38%だった。世代別に見ると、60代で55%、70代以上で61%だった。残りの世代では27~31%にとどまった。60代と70代以上の年齢層では弾劾賛成より反対の方が、政権交代より延長世論の方が強かった。世論調査で確認できる国民の力の主力基盤は、世代では60代以上の高齢層、地域では嶺南(ヨンナム:慶尚道)、政治傾向では保守だ。彼らをこのように動かしているのは「地位脅威(status threat)」だ。追いやられ、衰えることに対する恐怖だ。彼らがポスト真実キャンペーンに呼応する理由でもある。
このところオーバーサンプリングが物議を醸していることを考慮すると、自らを保守または進歩だとする回答層を除いて中道だけを見るのも、よい読解法だ。中道層における政党支持率は44%対24%で、民主党の方がはるかに高い。次の大統領選挙についても、27%対60%で政権交代論の方がはるかに強く支持されている。弾劾についても、賛成が71%で反対の21%を圧倒している。保守が結集するかどうかはおくとして、ポスト真実キャンペーンが世論を逆流させたり、情勢を根本的に再編したりしているとは考えられない。反対側にいる人々を敵と感じさせる感情的な訴えと偽りの語りを無限に繰り返すキャンペーンに、国民の力の伝統的支持層が呼応し、動員されている局面にある。そう考えるのが適切だ。
よって立つ社会経済的な支持基盤の狭さ、米国のような人種や移民をめぐる争点の不在、民生失敗の責任が自分たちにあることを考慮すれば、ポスト真実極右キャンペーンの成功は容易ではない。直ちに極右によって大統領選挙で勝利すると主張するとしたら、それもまた妄想だ。もちろん、それでも変数はある。それは何だろうか。
//ハンギョレ新聞社
イ・チョルヒ|放送での政治評論を経て政界入り。第20代国会議員、文在寅(ムン・ジェイン)政権における最後の政務首席を務める。2020年「大統領弾劾の決定要因の分析:盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領と朴槿恵(パク・クネ)大統領の弾劾過程の比較」で政治学の博士号を取得。著書に『第一人者を作った参謀たち』、『政治は私の人生を変えられるのか』など、訳書に『進歩はどのように多数派となるのか』などがある。韓国政治はどうしてこのように悪化したのか、何が問題なのか、どうすれば良くなるのか、などについて率直に語りたい。 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )